幕間 別邸での語らい
別邸の様子です。テリアの腰はぎっくりしています。
【フロリアサイド】
「テリア、痛みはどう?」
「ありがとうございます、奥様。大分良くなりましたが、年は取りたくないものですね。昔ならあれくらいの鹿、持ち上げて運んでいたものです」
ベッドに横たわり悔しそうに言うテリアにフロリアは笑った。
「レオンがアンドレアさんの為に張り切ったのだもの。普通の大きさではなかったわよ」
「ご立派になって……」
大袈裟に目頭を押さえるテリアに、フロリアはそうね、と頷き記憶を辿っていた。
初めて歩き出した時、初めて剣を持った時、馬に乗った時――。そして、ヴォルフラムの葛藤を知った時。
その度にレオンハルトは目覚ましく成長してきた。
鍛練を欠かさず、清廉潔白であろうとする息子を誇りに思うと同時に、張り詰めた弓のような緊張感を孕む瞳を心配もしていた。
それが、アンドレアと交流を持ち始めた頃から少しずつ柔軟な思考をするようになり、楽しそうにブラックリッジに通う姿が見られていた。
「レオンはいい方向に変わったのね……」
「えぇ、若奥様が嫁いで来られる日を楽しみにしてましたね。ドレス姿が少ししか見られないと落ち込んでおられました」
「王都でのお披露目は盛大に行いましょうね。……重い荷物を減らせる日がくるなんて、想像もしていなかったわ。貴女にも、苦労をかけたわね」
フロリアは苦労を重ねてきたテリアを労わった。
伯爵家の騎士団に所属していたテリアは、フロリアの憧れだった。
同じく伯爵家の騎士団に所属していたフロリアの父親は、テリアの上官だった。
碌な後ろ盾のない娘を心配する上官の姿を見たテリアが、フロリアの専属になることを申し出たのだった。
家政婦長としてメイド達の動きに目を光らせながら、同時に侍女長としてフロリアを支えたのはテリアだった。
周りが信用できないメイドしかいない屋敷の中で、テリアの存在にどれだけ助けられたことか。
しかしそれは同時に、テリアには相当な負担だったはずだ。
「私は平気でございますよ。体力には自信がありましたから」
伯爵家に仕える騎士の娘でしかなかったフロリアが、ヴォルフラムと結婚できたことは彼女にとっては幸運だったが、夫と息子に苦労をさせる原因になったとも思っていた。
結婚したことを後悔はしていないと言いきれるが、もっと家族で落ち着いて過ごす時間が欲しかったことも事実だった。
そして、本来ならば騎士として伯爵家を支えるつもりだったテリアを傍に置いた申し訳なさもあった。
そんなフロリアの心の動きは、長年仕えているテリアにはよく分かった。
「これからは、旦那様とゆっくり過ごすのもよろしいでしょうね」
「そうね。新婚夫婦の邪魔をしないように、ゆっくり旅行でもしようかしら。テリアもね。私の身の回りの世話は貴女以外に任せられないわ」
テリアの長年の働きを労わるように、フロリアはテリアの手を握り、テリアはその手をしっかりと握り返した。
穏やかな語らいが続いていたが、フロリアの顔にすっと影が差した。
「ゼルキンは、ヘレン達をどう処罰するのかしら」
屋敷で起こり得る問題の予測は、伯爵夫妻もレオンハルトも、テリアも共通していた。
――アンドレアを追い出そうとするだろう、と。
『大体彼女達がやりそうなことは些細な嫌がらせくらいでしょう。レオンハルト様が戻る前に一度ゼルキンに任せようと思います。私に対する嫌がらせの処罰が軽くとも、採取所の問題とは別ですから』
結婚式前日、フロリアにそう言い切ったアンドレアの瞳は好戦的に輝いていた。
「見ていない場所での鍛錬はサボる、仕事も遅い。もし、アンドレアさんに嫌がらせをして、それでも彼女達を伯爵家で引き続き雇う判断をするかしらね」
テリアは少し考えて、フロリアを見つめた。
そして、少し迷いながら口を開いた。
「彼はヘレン達を伯爵家の親族にも該当すると捉えているかもしれません。そうであれば恐らく――」
「レオンハルトの帰りを待つ?」
テリアの言葉を引き継いだフロリアの台詞に、テリアは頷いたが、動いた拍子に痛みが走り顔を歪めた。
「……っはぁ……。はい。ヘレン達の家柄も分かっておりますのでね。自分の手に余ると判断する可能性は高いです」
「レオンハルトの処分は甘くなるとヘレン達は思うでしょうね。――採取所で何が起こっているかも知らないで」
テリアは痛みを逃がすように深く息を吐くと、再び口を開いた。
「恐らく、若奥様は私達から聞いたゼルキンの性格を判断して、一度はゼルキンに任せる、と言ったのでしょうね」
真面目だが伯爵家に忠誠を誓う彼は、伯爵家の血筋を尊重する傾向がある。
これまではヴォルフラムやフロリアの指示を前提に動いていたが、今回は嫁いだばかりのアンドレアからの指示になる。
レオンハルトの帰りを待つ方がいい、と判断するだろう、とテリアは思っていた。
「アンドレアさんは、そこまで考えていたのかしらね……」
「私にはわかりかねますが、若旦那様と仲睦まじいご夫婦になってくださるといいですね」
「そうね。きっと、なってくれると思うわ。若い二人を信じましょう」
「左様でございますね」
フロリアは窓の外を眺めてから、再びテリアに視線を落とした。
「貴女は、剣を捨てたことを後悔しなかった?」
聞きたくて、ずっと聞けなかったことを、フロリアは小さく呟いた。
テリアは思いがけない質問に目を丸くすると堪えきれないように笑い出した。
痛みに呻きつつも、テリアの声は明るかった。
「っいたた……。捨てたつもりなんてありませんよ。きっと奥様ならやり遂げてくださると信じてましたし、今も鍛錬は欠かしておりません。――剣を持つだけが、戦いではございません。戦った奥様ならお分かりでしょう?」
「……そうよ、私達にしかできない戦い方で、私達は戦ったのよね」
フロリアの瞳から涙が溢れるが、フロリアはその涙を拭うことなく、背筋を伸ばして窓の外をしっかりと見つめた。
「ええ、旅先でも鍛錬は欠かさず行うつもりです。先ずは腰を何とかしなくては……」
「もう少し、ゆっくり休んでちょうだい。そうしたら、手合わせをお願い。私も、最近鍛錬は欠かしていないのよ」
フロリアの手はテリアよりも柔らかく、ヘレン達よりも固い。
その手の固さを知っているテリアは、まだ外を見つめるフロリアに微笑んだ。
「ええ、存じております。よく、頑張ってこられましたね」
別邸の時間はゆっくりと流れていった。
続
実はテリアは侍女長兼家政婦長です。
あんまり社交界に出ないからわざわざ侍女長いらないし、信用できる人少ないし、だったら兼任でいいじゃん、とフロリアが判断しました。
必要なときはテリアを侍女長として扱うので、貴族のアンドレアに紹介したときは無意識に侍女長として紹介していました、という裏話を書きたかったのです。
ゼルキンさんの出自ちょろっと書いたのでテリアの出自も書いてみました。
因みにレディ達の手が固い順は↓の通りです。
アンドレア(バリ固)>スマラグダ、テリア(固)>ジョアンナ(やや固)>フロリア(まぁ固)>リズ(ちょい固←剣ではなく水運んだりしてるから)>ヘレンとその仲間(柔柔)




