第8話 本物を知らない子どもたち
神殿に飛び込んだセラスを、若者たちが驚愕の表情で見据える。
「お……お前、誰だ!?」
「誰だっていいでしょ! とにかく、中途半端な覚悟で火なんて持ち出したらダメ!」
後から追いついてきたオニロがセラスの背後に立つ。わずかに魔力の気配を漂わせ、警戒するように眼前の若者たちを睨んだ。
飛び込んだ瞬間はざわざわと動揺している様子だったが、混乱が収まると徐々に敵意が向けられるようになる。
指示を出していた青年が一歩前に出て、他のメンバーはやや後ろで警戒するようにセラスたちを見る。たいまつを持っているのはリーダーらしき青年を含め三人。少年、少女、それに小さな子どもまで。全部で十二人が身を寄せ合ってセラスを睨み付けている。
「お前、外の人間だな?」
「そうよ。だからなに?」
「どこでこの計画のことを知った」
「どこでもなにも、食堂で普通に話してたんだから、聞こえるに決まってるでしょ」
「そんなわけないだろ! 食堂では大事なことは言わなかった。それに、あんな小さな声、聞こえるわけない!」
青年が断言する。それに対して、セラスには「そうだね」としか言えない。そもそも魔術を使って盗み聞きしていたのだ。が、魔術を見たことがないであろう人間に向かってそれを言っても理解されないだろう。
どう返事をするべきか――迷っていると、オニロがセラスの肩を叩きながら一歩前に出る。
「気をつけたほうがいいぞー。聞こえないように話してると思ってても、案外聞こえてるんだから」
「嘘をつくな!」
「じゃあなんで俺たちはお前らの企みを知ってるんだ? このタイミングで飛び込んで来たってことは、全部筒抜けだったってことなのはわかるだろ?」
淡々としたオニロの言葉に、若者はぐっと押し黙る。強引な理論ではあったが、隠していたはずの情報が知られている現実は変わらない。反論のしようがなかったのだろう。
その様子を見てオニロは続けた。
「魔王への供物に火をつけて、どうするんだ?」
「聞いてたなら知ってるんだろ。魔王なんかいないって証明するんだよ!」
「どうやって」
「もしも魔王が本当にいるなら、供物を燃やせば怒って出てくるだろ!? でももしも出てこなかったとしたら、魔王はいないって証明になる」
「ええー……?」
と、セラスは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。脳裏にエザフォスの何を考えているのかわからない無表情が浮かび――いやあ、と肩をすくめる。
「そういうタイプじゃないと思うけどなあ、魔王って」
「は? どういう意味だ?」
「供物が燃やされたからって、燃えてるなあ、で終わるような気がするんだけど」
「はああああ!?」
今度はその場にいた若者たち全員が声をあげる。驚き、呆れ、理解不能、色々な感情が混ざり合っているように感じたが、いずれにしてもセラスの言い分が予想外だったのだろう。こっちは本物の魔王を知ってるからね――とは言えないが、やはり想像と現実の差は大きいということなのだろう。
「というか、あなたたちって魔王そのものはいると思ってるんだ?」
「そりゃそうだろ。ついこの間だって、村がひとつ焼かれたんだから」
当然のように飛び出した言葉にセラスは思わず息を止める。言ってはいけないことが口から飛び出しそうになって慌てて口を閉ざした。
胸が苦しい。そんなセラスに変わってオニロが口を開く。
「魔王がいるのは知ってるけど、魔王が助けてくれるとは思っていないっていうことか」
「当たり前だろ! 長く平和な時代が続いてるとか村の大人たちは言うけど、つい最近村が滅んでるってことは、この村だっていつどうなるかわからないんだから!」
セラスは思わず目を逸らす。オニロはもう一歩前に出て、セラスを隠すように背中に回してくれた。
「んー……だとすると、お前たちが心配してるのって、魔王に村が滅ぼされるんじゃないか、っていうことだよな?」
「そうだよ! だからなんだって言うんだよ!?」
「いや……だとしたら、魔王様ばんざーい、ってやってたほうが助けてもらえる可能性上がらないかな、と思って」
「……え?」
虚を突かれたように青年が言葉を失う。じっくりと考え込んで、眉を寄せ、それなりに長く黙り込んでから、唸るように頷いた。
「確かに……」
「あのね、お兄ちゃん」
それまで後ろのほうで黙っていた女の子が、青年のシャツをちょんちょんと引っ張る。十歳くらいだろうか。セラスよりは少し幼い雰囲気の少女が、リーダーの青年を見上げた。
「パパがね、言ってたの。良い子だね、って言われてると、ホントに良い子になるんだって」
「……だから襲ってくるって言ってたら、本当に襲ってくるかもって?」
「うん。マキナ、そう思う」
マキナの言葉に青年は再び黙り込む。その表情にはもはや敵意のようなものは見られなかった。恐らく納得してしまったのだろう。少なくとも魔王が存在するということは認めているのだから。
「あ……あの、さ。これは、私の想像だけど……」
セラスは心を落ち着けてから、口を開く。
「魔王って、別に人間のこと、そんなに気にしてないと思う。好きとか、嫌いとか、あんまりないっていうか……」
「突然、何もしていない村を滅ぼしたりするのにか?」
「そ……れは、そういうことも、あるけど……」
「そういうことがあるんだよ! 俺はそれが怖い。だから魔王を頭っから信じるなんてダメだと思ってるんだ!」
ハッとしたように青年は息を呑む。そうだ、そうだった、と、独りごちてから顔を上げた。
「そうだよ! 俺が危険だと思ってるのはそこなんだ! もしも気まぐれで魔王が襲ってきたときに、魔王を信じ込んでたら絶対めちゃくちゃ傷つくだろ! だから依存するみたいな今の村はよくない!」
「ああ、なるほど」
オニロは納得したとばかりに頷く。
「それなら言い分は正しいんじゃないか? 全面的に信じてたものに突然裏切られたら、そりゃ絶望する。それを和らげる意味でも、依存しないようにするのは大事かもな」
「え……?」
青年が再び虚を突かれたように脱力する。それに対してオニロはクックと笑う。
「ひとつの視点しか持たないと、だいたいドツボにハマっていくんだよ。それで滅亡した国ってうのは歴史上には割とあるんだ」
「物知りだな……」
「本とか読むの好きなんで。でもまあ、全部本の知識だよ。魔王信仰の村のことも知ってたけど、どこまで依存してるかとか、それを疑問に思う者がいるのかとか、そういうのはあんまり考えたことなかった」
オニロは妙に楽しそうに目を細める。
「世界を見るって、やっぱ必要なことだよな」
「……そうかもな」
青年は完全に気を許したように笑っていた。その変化に、セラスはぽかんと口を開けることしか出来ない。ただ会話をしていただけなのに、いつの間にか、相手を味方につけてしまっている。セラスはただ、困惑したり迷ったりすることしか出来なかったのに。
「その話、大人たちにしてみたらいいんじゃないか?」
「聞いてくれないんだよ、あいつら。完全に魔王様は素晴らしいって信じてるから。魔王に滅ぼされた村のことも何かの間違いだとか言い出すし」
「何かの間違い?」
「ちょっと魔術に失敗しただけだとか。そんなことあるわけないっていうのに」
セラスは「うっ」と思わず声を上げる。魔王ではなく魔王の娘が原因だが、実際魔術に失敗したのだ。苦い顔でオニロの背中に額を寄せる。その背中がプッと吹き出すように震えた。
「ま、まあ……大人のほうが積み重ねてきたものが多い分、あんまり違うことを考えられないものなんだよな」
オニロの声は若干震えている。だがひとつ咳払いすると、すぐに真面目な声になった。
「それでも、話をちゃんとしたほうがいい。それも、できるだけ早く。まあ、多少実力行使に出てもいいと思うけどさ」
「だから実力行使に出ようとしてるんだろ」
「それはダメだよ!」
セラスは顔を上げ、オニロの背中から飛び出して青年に向かう。
「火は、ダメ。ちょっとしたことって思ってても、予想したよりもずっと怖い結果になっちゃう」
「怖い結果って」
「――村が滅ぶよ」
青年は馬鹿にするように小さく笑った。だが、すぐに真剣な表情になる。
セラスが泣きそうな顔をしていたからだ。
「……ダメ。絶対、ダメ。これくらいなら大丈夫って思ったって……こんなつもりじゃなかったのに、って、なっちゃう」
掠れた声しか出なかった。涙が溢れるのを堪えるので精一杯だったのだ。そんなセラスを、青年がじっと見つめている。他の仲間たちも同じだ。そんなセラスの頭を、オニロがポンと撫でてくれた。
「……訳アリか?」
青年に尋ねられる。何も言えないセラスの代わりに、オニロが返事をしてくれた。
「まあ、ちょっとね。だから旅をしてる」
「ふぅん……」
そう呟いて、再び考え込んで――それから、頷いた。
「わかった。火を使うのはやめるよ」
「……ッ! ホント!?」
「お前が何したのかは知らないけど、ヤバそうなのは伝わったからな」
リーダーの青年が仲間たちのほうへ振り返る。
「そういうことでもいいよな?」
「お前が言うなら……」
「マキナは、それがいい!」
「そっか。じゃあ、一旦家に戻って、改めて大人たちを説得する方法を考えよう」
うん、と全員が頷いた。どうにか彼らを止められた。万が一のことはきっともう起こらない――セラスはそう安堵した。だが。
「……え、待って」
少女のひとりが声を上げる。
「ねえ、これ! 壺に火がついてる!」
悲鳴のような声に、全員が振り返る。供物の中の壺のひとつが燃えている。
「火の粉が落ちたんだ!」
「まずい、全員今すぐここを出ろ!」
リーダーの青年が声を上げる。
「それは火薬の入った壺――」
――瞬間。
爆風と爆音がセラスたちを吹き飛ばした――




