第7話 誰が村を壊すのか
聖堂や神殿があるという村の外れは、広場の喧噪とは裏腹に、静謐な空気が流れている。魔王信仰の人々が宿泊しているはずだからここにはそれなりの人数がいるはずだった。だが、まるで誰もいないかのように静まり返っていた。
ほのかに灯る窓を見つめながら、オニロは呟く。
「信仰、ってこんな感じなんだろうな」
「こんな感じ?」
「誰かに縋る、ってこと。ほら、聖堂って祈るための場所だろ? 今日は宿泊施設にしてるとはいえ、基本的には祈りを捧げるって意識があると思うんだよ。で、そういうとこではなんとなく騒がしくできないっていうか」
「え、なんで?」
「だって、なんか酒盛りとかしながら『魔王様~、助けてくださいよぉ~』とか言われて、助けたいと思うか?」
「……ウザい、やだ」
「だろ? それは人間から見てもたぶん一緒なんだよ。だからこういう場所では静かに、礼儀正しくしたくなる」
「へえ……」
セラスは不思議な気持ちのまま、オニロと同じ灯りを見つめる。
「っていうか、そもそもなんで縋るわけ? 祈ったところでパパは何もしてくれないじゃん」
「あー……うん。そう、そうなんだけど……」
オニロは複雑そうに眉を寄せ、うーん、と唸って、しばらく考え込んで――それでも結局「おてあげ」とばかりに両手を挙げた。
「悪い、俺に説明するのは無理だ」
「えー、なにそれ。もうちょっと頑張ってよ」
「無理なもんは無理だって。つーか、たぶん俺もわかってないし」
「そうなの?」
「だって、俺は誰かに頼む必要なんかないからさ。たいがいのことは自分でなんとかできるし、父さんも母さんも、エザフォス様だってそうだ。お前も、なんとかしてよ、なんて思ったことないだろ?」
「ちゃんと魔王っぽいこと教えてよ、っていつも言ってるけど」
「それはお前が動くってのが前提でじゃん。そうじゃなくて、もうどうしようもないからどっかから誰かがやってきてなんとかしてくれないかなって思ってるわけ」
「……なんかそれ、無責任じゃない?」
「だよなー。って、思っちゃうからたぶん俺らには絶対理解できないんだよ」
「ふぅん……」
としか、セラスには言えなかった。まったくピンとこない。他人に縋って、なんとかしてくれるのをひたすらに待って。そんなやり方が正しいとはほんのわずかも思えない。それでも、目の前にそういう人たちがいる。
そういうものなんだな、と思うよりほか、方法はなかった。オニロにすら理解出来ないものを自分が理解できるわけがないのだ。それなら、諦めるしかない。かといって、飲み込めるわけでもない。人の父親に勝手に縋って――もしも魔王が助けてくれなかったら、彼らはどうするつもりなのだろう。
――バタバタと足音が聞こえたのはそのときだった。
「セラス、いたぞ」
オニロに声をかけられ、振り返る。と、薄暗い細道を草木に隠れながら歩いていく人影が見えた。恰幅のいい人もいるが、細身の人や小柄な人もいた。恐らく、男性も女性もどちらもいる。もしかしたら子どもも交じっているのかもしれない。十人程度だろうか。街中で見た人数と比較すればごく少数ではあるが、闇夜に紛れるようにして静謐な空間をざわつかせるというのはどう考えても普通の集団ではない。
「さっきの人たちだよね?」
「ああ。コソコソと隠れて歩いてるっていうのは、明らかに何か企んでる感じだよなあ」
「あっちって、神殿があるほう?」
「そう。神殿に仕込んだって言ってたからな……セラス、とりあえずこっち」
オニロはセラスの手を引くと、倉庫のような建物の影に身を潜める。そうして再び魔術を使う。
「風よ」
ささやかに吹いた風は人影のほうへと吹いていく。ほんのかすかに木の葉が揺れ、次の瞬間、声が聞こえた。
「火薬はもう仕掛けたんだろ?」
唐突に過激な言葉が聞こえてセラスは目を瞠る。思わず声を上げそうになって、慌てて口を両手で押さえた。
「仕掛けた。ちゃんと量は調整したから大丈夫だ」
「本当に大丈夫なの? 大爆発して森が燃えちゃうとかなったら、本当に危ないよ?」
女性の声もした。やはり先ほど食堂で見た男たちだけが仲間というわけではないのだ。
「危なくないようにやるって約束しただろ。魔王への供物をちょっと燃やすだけだって」
「それ見たら、お父さんたちちゃんとわかってくれるかな? 魔王はこの村のことなんて見てないって」
子どもの言葉にセラスは思わずオニロと顔を見合わせた。そうだよ、と言ってやりたい気持ちをぐっと抑え込む。実際、エザフォスはこの村をたまたま一度護ったというだけで、それだってたぶん成り行きだったのだ。それが信仰になってしまったから、ラティオが細工をして魔王が守護していると思わせていただけで、エザフォス本人はそれ以降ここには来ていない。
それなのに聖堂を建てて、神殿を建てて、護られていると思い込んで――奇妙ではある。
「兄ちゃんは嘘言わないから。だからお前は黙ってついてこい」
「うん! 魔王なんて来ないもんね!」
彼らがそう言うのも、理解はできる。だが。
「……そこまでして、信じてる人を黙らせなきゃダメなのかな」
呟いたセラスに、オニロは苦笑する。
「その辺は、たぶんお前の気持ちと一緒だよ」
「私と?」
「大人はなんでも勝手にやって、みたいなやつ」
「あー……」
そう言われると納得ができる。エザフォスもラティオもトゥルマリナも、セラスがやっていいこととダメなことを勝手に決めて押しつけてきた。やりたいと言っても聞いてくれなかった。だからセラスは禁術を使って――
……胸の奥で、唐突にザワリと嫌な感覚が蠢いた。
「……ねえ、オニロ。あの子たち、止めたほうがよくない?」
だがオニロの返事を待つ前に、若者たちの言葉が再び聞こえてくる。
「水は用意してあるよな? ちょっと燃やして、大人が騒ぎ出したらすぐに消すからな」
「うん。騒いでも魔王は来ないもんね」
「村が護られてないってわかれば、大人たちも今度こそ、新しいことをしようって認めてくれるよ」
「信仰派の目を覚まさせてやらないと、それこそこの村滅んじゃうからな」
まるで自分たちに言い聞かせるように、若者たちは言葉を交わす。信仰するとかしないとか、そういうことはセラスにはまるで理解ができないことだった。けれどこれは違う。彼らが今どうにかしようとしている気持ちは、セラスには痛いほどよくわかる。
セラスは立ち上がり建物の影から飛び出した。
「ちょっと待て! お前、あいつらのところに行く気か!?」
「そうだよ!」
セラスを止めようとするオニロに、真正面から向かい合う。
「止めなきゃダメだよ。じゃなきゃあの子たち、絶対私と同じことする!」
「同じ、って……」
「ちょっと火をつけてすぐに消せばいいとか、そんなの絶対失敗する!」
手を伸ばしてきたオニロからするりと逃げて、セラスは神殿のほうへと走る。要するに彼らは、セラスと同じだ。大人を認めさせようとして実力行使に出てしまった。けれどそんなことをして導かれる結果はろくなものになるはずがない。
――焦げた匂いが今もまだセラスの鼻の奥で燻っている。
どうやって止めるかなんていうことは、まるで考えてもいない。そもそも言っていること自体は、あの若者たちのほうが正しいようにすら感じる。
それでもこのやり方だけはダメだということだけは、セラスは身をもって知っている。だから――
「あんたたち、ちょっと待ったあ!」
神殿の扉を大きく開け放ち、声を張り上げる。
火の付いたたいまつを手に持った若者が一斉にセラスのほうへと視線を向けた。




