第6話 虚構、崇拝、そして――
村で唯一の宿の食堂には、宿泊者以外も訪れる。というよりも、基本的には食堂として営業している店が、たまたま二階が広くて大きかったからついでに宿もやっている、というほうが正確なのだろう。年に一度の「魔王祭」の時期以外にはほんの時々旅人がやってくる程度だから、そもそも宿というものが不要なのだと女将は言う。
「でも、この時期だけは特別なのよ! なんたって、世界中にいる魔王様を慕う旅人が一斉にやってくるんだから!」
なぜか興奮した様子の女将に、セラスは苦笑いする。もしも自分が魔王の娘だと知ったら、この人はどういう反応を示すのだろうか――などと、決して言えない言葉を必死で飲み込みながら「そうなんだ」と頷く。
「っていうか、宿ってホントにここしかないの? 旅の人、結構多いような気がしたけど」
「ああ、ずっと宿をやってるのがうちだけっていうことよ。あとは街外れに魔王様の聖堂があってね、そこで寝泊まりできるようになってるから、ほとんどの人はそっちに泊まってるわね」
「聖堂まであるんだ……」
「そりゃそーよ! うちの村を守護してくださる大事な魔王様なんだから、失礼のないようにお祀りしなきゃね」
女将は誇らしげに胸を張るが、その姿を見るにつけ、セラスは乾いた笑いが込み上げてきてしまう。この人たちの目には、パパがどう映っているんだろう。聞いてみたくなる衝動をぐっと堪える。
だというのに、女将は嬉しそうに話を続けた。
「今回の魔王祭もね、特別なお供え物をたくさん用意しているの! 聖堂の奥に神殿があってね、そこにお祀りしてあるから、あなたたちもよかったら見に行ってみなさい」
そういえば――と、セラスは記憶を辿る。確かに年に一度、城に何やら大量の貢ぎ物が運ばれて来ていた。ラティオが面倒臭そうに出かけて行って、城の倉庫に収めた末にこれは食べ物、あれは像、と分類していたのを見かけた記憶がある。
女将はひとしきり「いかに魔王が素晴らしいか」を語り尽くすと、注文した料理を置いて厨房へと戻っていく。それを見送ってから、セラスは身を乗り出して小声でオニロに話しかける。
「たまにラティオが持ち帰ってきたのって、魔王祭の貢ぎ物だったんだ?」
「そう。俺も運ぶの手伝わされてたやつ」
「ちゃんとも持ち帰ってきてたんだ?」
「じゃなきゃ魔王がちゃんといるって雰囲気にならないだろ? 用意した供物がいつの間にかなくなってたら『あ、魔王いるんだな』ってなるし」
「……演出?」
「そう。くだらなく見えるかもしれないけど、こういうのは大事なんだよ」
真剣な顔でそう言うオニロに、わかるようなわからないような、セラスは苦笑いするしかできなかった。
「魔王様って、割と地味なんだね」
「だな。結局は認知してもらうのが目的みたいなところあるからなあ。ただまあ、過激化してくると生活を削ってでも貢ぎ物をしようとかそういうことになってくるんだよな」
「え、そこまでされても困る……」
「うん。だからたまに『託宣』とかいって貢ぎ物の量を制限したりしてた」
「……それ、パパが?」
「いや、父さんが。そういう細かいことが出来るのは父さんしかいないから。似たパターンで『魔王様の呪い』みたいなのも色々細工してたよ」
「地味~……」
セラスは半眼で呟いた。魔王といえば、崇拝されたり恐怖されたり忙しいことはなんとなくわかってきたが、その裏でこんなにも地味な調整が行われていたとは。だがオニロは眉間に皺を寄せる。
「くだらないと思うかもしれないけど、これ結構重要なんだからな? 世界の均衡を図るってのはそういう地道な作業で成り立ってるんだから」
「そうなのかもしれないけど、地味すぎるって……」
セラスは唇を尖らせながら豚肉の角煮を切り分ける。しっかりと煮込まれたそれは柔らかく、ナイフで少し刺激しただけで解けるように一口大にすることができた。口に含めば一瞬で溶けるように舌に広がって、セラスは思わず目を見開く。
「おいしい!」
「おや、お嬢ちゃん。気に入ってくれたかい?」
思わず声を上げたセラスに、先ほどの女将が別の大皿を手に持ったまま話しかけてきた。
「それはねえ、あたしの大得意な料理なんだよ! ひいばあさんから作り方もずーっと変わってない。もはや村の名物だね!」
「ひいばあさんから……」
「ふふふ、他のも美味しいから、しっかり堪能してっておくれよ!」
先ほど魔王様について語っていたよりも得意気に言って、再び女将は仕事に戻っていく。その背中を見送りながら、セラスは何かが喉の奥に引っかかった。
「どうした?」
まるで何かを察したように、オニロが柔らかく目を細める。昔からそうだ。彼はセラスが黙り込んでしまうようなとき、すぐにこうやって声をかける。だからつい、自分の気持ちを押しつけてしまう。
「ひいばあさん、って、なんだろうって思って」
「そりゃ、母さんの母さんの母さん――っていう話が聞きたいわけじゃないよな」
「……私には、ママもいないのにな、って話」
だよな、と同意してから、オニロは静かに口を閉ざした。彼は少し考えてから、まあでも……と呟く。
「そもそも俺たちの場合、基本の寿命が長すぎるじゃん?」
「……まあね」
「俺はかろうじて父さんと母さんが揃ってるからそこまではわかるけど、お前はエザフォス様しかわかんないわけだし……その上の代とかってなると、俺もお前もまったくわかんないわけでさ」
オニロはゆっくりと食堂の中を見渡す。若干この村よりも外の服装のほうが多いけれど、皆同じように賑やかに盛り上がっている。家族連れの姿もあった。小さな子どもが嬉しそうに母親や父親、それよりも年をとった男性や女性と食事をとっている。
その様子をしばらく眺めてから、オニロは呟く。
「……ホント、知らないことばっかだな」
どこか寂しそうな言葉に、セラスは「そうだね」と頷くことしか出来なかった。と――
「おい、ケイジ――」
突然駆け込んできた男が、入口近くに座っていた男たちに駆け寄っていく。その姿には見覚えがあった。
「ねえオニロ、あの人って……」
「さっきじいさんと揉めてたヤツだな。魔王信仰否定派の」
やっぱりそうだった。セラスはオニロと共に、注意深く男達を見る。さすがに声は聞こえないか――と、思ったときだった。
「――風よ」
オニロが呟くと同時に魔力がふわりと広がる。それは柔らかな風となって辺りを包み込み――男たちの声が、耳元で聞こえてくる。
「アルバートのやつがやっちまったんだよ」
「は? やっちまったって……」
「ここじゃ誰が聞いてるかわかんねーだろ。けど、前にほら、言ってた……」
「まさか、実力行使するって――」
「それ! さっき、神殿に行ってきたって」
「じゃあマジで仕込んだのか?」
「らしい。あとは火をつけるだけだって」
何のことなのか、根本的な部分はまだわからない。ただ、火をつけるだの、神殿に仕込んだだの、それが最悪な結果を招きそうな単語であることは想像がついた。
「……まあでも、それくらい必要か?」
「信仰派はそれくらいしないと納得しないかもしれないしな」
「なら……」
「ああ」
彼らはしっかりと頷き合って食堂から出て行った。その瞬間、風もフッと消滅する。
オニロは苦々しい顔で頭を抱えた。
「これ、聞いちゃったからには阻止しなきゃヤバいやつだよな?」
「そりゃそうでしょ! ろくでもないことしようとしてるんだろうし……まずいでしょ。世界中から人が来てるときに、変なことが起こるとか」
もしかしたら、それがまた魔王への悪評を産むことになるかもしれない。先日村を焼いたのは明らかにセラスなのだから悪く言われても仕方がない。だが今回は形はどうあれ魔王に好意を抱いてくれている人たちがいる村で、魔王と縁のゆかりもない人が暴れようとしているのだ。
「そんなこと、誰が赦すかっていうのよ」
セラスは角煮を全部食べ終えてから、立ち上がる。
「行こう、オニロ。あの人たちを追いかけるよ」
頷いたオニロも、どこか好戦的な笑みを浮かべていた。




