第54話 信じるべきもの
オゲーラの街に王都騎士団からの徴発命令が届いたのは、三日前のことだった。
鍛冶職人には、結晶兵器に使う金属部品の製造が命じられた。商人たちは食料や布、薬を決められた価格で差し出し、馬や荷車を持つ者は物資の運搬に協力させられている。
街の中央にある広場には、王都から届いた荷箱が積み上げられていた。その周りを騎士たちが行き交い、街の外から運ばれてきた物資を仕分けている。その様子をやや離れた場所から、ルビアは見つめる。
セラスとオニロがこの街を離れて以来、ルビアは少しずつ街で過ごす時間が増えていた。火の精霊の暴走は抑えられ、精霊の結晶を使った機械の使用も控えるようにはなった。それでも、いつどこで機械が入ってくるかもわからない。再び暴走するということもないとは言えず、それを恐れた街の住人がルビアを頼ってきたのだ。
――魔族にこんなことを頼んで、嫌がられるとは思う。だが、あんたの力を借りたいんだ。
街を救ってくれた人だからこそ頼めるのだ、と。街の長たちがわざわざ街外れのルビアの家までやってきたのだ。複雑な思いがないわけではない。ずっと敵視されていたのに何を今更と、考えてしまう気持ちはある。それでも、今の人間たちとルビアの間にわだかまりがあるわけではない。彼らが一歩踏み出してくるなら、ルビアもまた、距離を変えればいい。
だから街がまた燃やされたりしないように、ルビアは定期的に街に来るようになっていた――そういう日々が唐突に破られたのは、精霊の暴走が原因ではなく、騎士団の徴発が理由だったのだ。
「これじゃ、まるで戦争の準備じゃないか」
広場に面した鍛冶場で、職人の男が吐き捨てるように言う。
ルビアは、その隣で作業台に並べられた金属部品を見つめていた。形の違う板や筒が、決められた数だけ揃えられている。個々の部品を見ても何に使われるのかはわからない。だが、王都騎士団が精霊の結晶を使った兵器を製造していることは知っていた。
「納期は今日までだったわね」
「ああ。遅れれば、魔王の手先として処罰するそうだ」
「そんなことまで言われたの?」
「魔王から街を守ってやるんだから、黙って従えってさ。代金だって、普段の半分にもならない。これじゃ材料代すら出ないよ」
男が忌々しげに金槌を置く。
同じような不満は、街の至るところで聞こえていた。騎士団はオゲーラを物資輸送の中継地に定め、倉庫や宿を次々と接収している。表立って逆らう者はいなかったが、住民たちの間には不安が広がっていた。
騎士団は、本当に自分たちを守ろうとしているのか。
その疑問を口に出せば、王都への反逆を疑われる。それでも誰もが、同じことを考え始めていた。
「ルビア。例のもの、見つけたぞ」
声を潜めて呼んだのは、荷運びをしている青年だった。周囲に騎士がいないことを確かめてから、折り畳んだ紙を差し出してくる。
「倉庫にあった輸送記録を書き写した。すぐ返さないと気づかれるから、急いで書いたんだけど……読めるか?」
「十分よ。ありがとう」
ルビアは紙を開き、並んでいる文字を目で追った。
エザーレ村北部へ、結晶砲三門。東西の街道へ小型砲を二門ずつ。結晶式の甲冑は二十、魔術を放つ小型武器は五十。兵士のための食料と水も、既に数日分が運び出されている。
そして、村を包囲する日時まで記されていた。
「……明日の夜」
ルビアの呟きに、青年が息を呑んだ。
「そんなに早いのか?」
「ええ。もう大半の兵器はオゲーラを通過しているわ。街に残っている物資も、今日中に出発するみたい」
「三日前に徴発が始まったばかりだぞ。それなのに、もう攻め込むっていうのかよ」
「騎士団は、ずっと前から準備していたのよ」
おそらく、エザーレ村への侵攻は、急に決まったことではない。オゲーラの人々に命令が届くより前から、騎士団は兵器を整え、必要な物資を計算し、軍を動かしていたのだろう。そうでなければこれほどスムーズに事を進められるはずがない。
だがそれを、魔王側は恐らく掴んでいなかった。
ルビアは書き写された数字を頭に入れると、紙を細かく破って炉へ投げ入れた。証拠を残せば、青年まで罪に問われてしまう。
「すぐに、この情報を――」
「いたぞ!」
鋭い声が鍛冶場に響いた。
振り返ると、数人の騎士が入口を塞いでいた。先頭の男はルビアを睨み、腰の剣に手をかけている。
「その女を捕らえろ! 魔族の疑いがある!」
鍛冶場の空気が凍りついた。
ルビアは無意識に指先へ力を込める。騎士たちを退けることは難しくない。だが、ここで魔術を使えば自分派魔族だと自白するようなものだ。もしもそうなれば、鍛冶場の男たちまで魔族に協力したと疑われる。
どうにかして誤魔化さなければいけない。だが、魔族では「ない」ということを証明する方法など存在するのだろうか――
思案する。そのときだった。
「魔族? 誰がです?」
鍛冶職人の男がルビアを庇うように騎士たちの前へ立った。
「そこにいる女だ。この街に現れた経緯が不明で、身元を証明する者もいないと聞いた」
「何言ってるんだ。こいつは俺の姪ですよ」
「……姪?」
「そうだよ」
今度は、部品を運んできた商人が口を挟んだ。
「小さい頃からこの街にいる。俺もよく知ってるよ」
「嘘をつくな。我々の調査では、千年以上も前からこの街にいる女だと――」
「それは別の娘だろう?」
「ルビアって名前なら、南門の近くにもいるぞ」
「いや、あっちはルビナだ」
「そうだったか?」
鍛冶場にいた者たちが、次々と話に加わってくる。誰もがもっともらしい顔をしているが、内容は見事なほど食い違っていた。
「黙れ!」
騎士が声を荒らげる。
「とにかく、その女の身元を調べる。詰め所まで同行しろ」
「困りますねえ。今日中に部品を仕上げろと命じたのは騎士団でしょう?」
鍛冶職人が作業台を指す。
「こいつに仕事を抜けられたら、納期に間に合いませんよ。魔王から街を守るために必要な兵器なんでしょう? それとも、製造を遅らせても構わないんですか?」
騎士は言葉を詰まらせた。
命令を優先しろと迫れば、部品の納品が遅れる。製造を急がせれば、ルビアを連行できない。自分たちが押しつけた無理な命令を逆手に取られ、騎士たちは顔をしかめた。
一歩も引く様子を見せず、どんどん集まってくる職人たちに、騎士はついに後ずさり始めた。騎士団も鍛えてはいるだろうが、こちらも日々肉体労働をしている屈強な職人たちなのだ。鎚を手にしたまま集まってくれば、それなりに圧がある。
しばらく睨み合いが続いた。だが。
「……監視をつける。勝手に街を出るな」
それだけを言い残し、騎士たちは鍛冶場から立ち去った。
足音が遠ざかった途端、街の者たちは顔を見合わせ、一斉に息を吐いた。
「ふう……咄嗟の出任せだったが、うまくいったな」
「ありがとう。でも、どうして……」
ルビアが尋ねると、鍛冶職人は当然のように答えた。
「騎士団より、あんたのほうが信用できるからだよ」
男は声を落とした。
「この街がおかしくなったとき、命懸けで助けてくれたのは誰だった? 王都騎士団じゃない。あんたや、セラスやオニロって子たち――魔族だよ」
商人も頷く。
「騎士団は突然やってきて、倉庫を寄越せ、食料を出せ、安く売れって命令するだけだ。文句を言えば、魔王から守ってやるんだから従えと言う。そんな連中を、どう信じろっていうんだ」
「人間か魔族かなんて関係ない。何をしたかで判断すれば、答えは簡単だろ」
彼らは無防備に笑っている。交流を始めた当初こそ、恐る恐るこちらの様子を伺っていた。機嫌を損ねれば殺される、と思っていたのだろう。魔族の持つ圧倒的な力が――特に、何でも焼き尽くしてしまう火の属性の力は、人間からすれば脅威でしかないはずだ。
それでも、彼らは信じてくれた。信用して、受け入れてくれた。
ルビアはふっと目を細めた。
「人間と魔族でも、わかり合えることがあるのね」
「そりゃあ、何を考えてるかわからない奴もいるけどな。けどそれは、人間同士だって同じだ」
鍛冶職人が笑った直後、一人の女が慌ただしく駆け込んできた。
「ルビアさん! ルビアさん!」
息を切らして駆け込んできたその女性をルビアは受け止める。
「どうしたの、まさか、またあいつらが無茶を言ってるんじゃ……」
「いや、違うんだ。連中が、恐ろしいことを言ってたから」
二度、三度、呼吸を整えてから、彼女はルビアの顔を見上げた。
「エザーレ村を包囲して支配下に置いたら、そこを足がかりに魔王城へ攻め込むんだって!」
「魔王城へ……」
だろうな、と、ルビアは息を吐く。当然だ。エザーレ村だけでは終わらない。騎士団は魔王城を制圧し、魔族そのものを滅ぼそうとしている。
ルビアは、集まった街の人々を見回した。
「みんなに、お願いがあるの。騎士団には、このまま従うふりをしてほしい。そして、何をどれだけ集めているのか、どこへ運ぼうとしているのかを探って。エザーレ村へ知らせることができれば、対抗する準備ができる」
「なるほど。秘密の任務ってわけだ」
青年が楽しそうに口元を歪める。
「商人を甘く見るなよ。荷物の行き先と数を調べるくらい、朝飯前だ」
「こっちは部品から、兵器の数を探ってやる」
街の者たちは互いに頷き、それぞれの持ち場へ戻っていく。王都騎士団には従順な顔を見せながら、その目と耳で情報を集めるために。
あとはその集めた情報をどうやって伝えるか、だが――
ハッと息を呑み、ルビアは鍛冶場を出て空を見上げる。頭上から微かな魔力を感じたからだ。
一羽の鳥が、風に逆らうように旋回していた。その内側に宿る穏やかで懐かしい気配を、ルビアは知っている。
「ラティオ……」
呼びかけに応えるように、鳥は一度大きく羽ばたいた。




