第52話 「反乱軍」の村
「王都への反逆の意志ありとみなし、騎士団は武力をもってエザーレ村を制圧する!」
突きつけられた剣を前に、村人たちは言葉を失った。
三日以内に魔王への信仰を捨て、ローカ村から逃げてきた者たちを引き渡せ、拒絶すればこの村は王都に反逆する軍事拠点とみなされる。
そんな一方的な布告を、すぐに受け入れられる者などいない。
「それから――」
布告を読み上げた騎士が、村人たちの間にいるセラスへと目を向けた。
ラティオにも視線を移し、その目を細める。
「現在、エザーレ村が魔王の娘、および魔族を匿っていることは確認済みだ。両名については猶予を与えない。直ちに王都騎士団へ身柄を引き渡せ」
「は……?」
セラスは呆然と騎士を見返した。そんなセラスを庇うように、ラティオが一歩前に出る。その背中を見ながら、セラスは混乱するのを抑えられない。
自分たちは、つい先ほど村に到着したばかりだ。それなのに騎士は、まるでセラスたちがずっとこの村にいたかのように告げた。事実がねじ曲げられている。そもそも、彼らは――
「ちょっと待って!」
ミリーがセラスの前へ出る。
「なにを根拠に私たちが魔族を匿っているなんて言うの!?」
――そうだ。セラスは、騎士団と顔を合わせたことはない。生まれてから今日までの間に、騎士団から狙われるようなことなどしていないのだ。魔族は見た目は人間と差がない。ならば、魔術を使っているところを見られない限り、気づかれるわけがないのに。
だが騎士団は真っ直ぐに、セラスとラティオを指差した。
「騎士団の情報を甘く見るな。その娘が魔王の娘、隣にいるのが魔王の右腕だということは、既に掴んでいる」
「……ッ!」
やはり、知られていたのか。セラスは思わず息を吐く。しかしラティオは「そうか」と小さく呟いただけだった。
「ローカ村で、俺たちは顔を見せているからね。把握されていたとしてもおかしくはない」
「そんな……じゃあ、私たちのせいで……?」
ミリーが呆然と呟く。そんなことはない。そんなはずはない。セラスは必死で首を横に振った。
「大丈夫だよ、ミリー。ミリーは関係ないから」
「でも――」
「そうだよ。あいつらは別に、魔王の娘を匿ってるとかそういうことはどうだっていいんだ」
ラティオはうっすらと笑いながら、騎士団を挑発しようとするように肩をすくめた。
「向こうの目的は、俺たちを捕らえることじゃない。この村を反乱軍に仕立て上げることだ」
冷めた言葉に、騎士団の甲冑がわずかにカチャンと音を立てる。
「何を根拠にそのような――」
「俺たちが来た直後に、何の確認もせず『匿っている』と断定したことが根拠だよ」
騎士の言葉を遮り、ラティオはいつも通りの穏やかな表情を浮かべる。
ただし、目は全く笑っていなかった。
「王都が布告を出したのは、俺たちが村に来るよりも前だろ? 最初から結論は決まってる。エザーレ村が何を言おうと、魔王に味方する反乱軍として攻撃するつもりなんだ。つまり、冤罪でもなんでもいい。建前さえ作れれば、ね」
「黙れ、魔族!」
騎士たちが一斉に剣を構え直す。村人たちの間から、悲鳴が上がった。
「待ってくれ!」
一人の男が声を張り上げる。
「俺たちは反乱軍なんかじゃない! 魔王の娘が来ることだって知らなかったんだ! 本当に、俺たちは何も――」
「だったら、魔王の娘とそこの魔族を引き渡せ」
「……それは」
「ローカ村の反逆者についても同様だ。王都に忠誠を誓うというのなら、三日以内に全員を引き渡せ」
騎士が告げると、村人たちの視線が揺れた。
セラスに。ラティオに。そして、ローカ村から避難してきた人々へと向けられる。
「……俺たちを、引き渡すのか?」
ローカ村の男が、掠れた声で尋ねた。
「そんなことするわけないだろう!」
真っ先に否定したのは、進み出てきた宿屋の女将だった。
「みんな、ローカ村の人たちがどんな思いでここに来たかしってるだろう? 家も仕事もなくなって、殺されそうになって、やっとここまで逃げてきたんだよ!? それに、ここに来てから十日以上、一緒に暮らしてきたじゃないか!」
「だからって、この村まで滅ぼされていいわけじゃないだろ!」
村人の一人が叫ぶ。
「俺たちには関係ない! ローカ村が王都と何を揉めたのか知らないし、魔王の娘が何をしたのかも知らない! なんで俺たちまで巻き込まれなきゃならないんだ!」
「魔王祭なんてやってるからだ!」
別の声が上がる。
「昔から言ってたんだ。魔王なんてものを信じて、あんな大騒ぎをするのはおかしいって。魔王がこの村を守ったなんて、何百年も前の話だろ!」
「何言ってるんだよ! 今まで魔王様がいたから、この村は騎士団に奪われずに済んだんじゃないか!」
「その魔王のせいで、今まさに攻撃されようとしてるんだろうが!」
怒鳴り声が重なる。魔王を信じてきた者も、信じてこなかった者も、誰一人として戦争を望んではいない。昨日までと同じように働き、食事をして、家族と共に眠りたいだけだ。
けれど、王都に従うためには、ここにいる誰かを差し出さなければならない。
「……ねえ」
ミリーが、震える声を上げる。
「王都は、ローカ村が大変なときに何かしてくれた?」
言い争っていた村人たちが、口を閉ざす。
「鉱山が崩れて、水がなくなって、みんなが暮らせなくなっても、王都は何もしてくれなかった。機械を持ってきた人たちは、村に人が残ってるって知ってるのに、殺そうとした」
「それは、王都の命令だったとは――」
「じゃあ今は?」
ミリーは食い下がる。
「今は王都の騎士団が来て、私たちを反乱軍だって言ってる。何もしてないのに、みんなを殺すって言ってる!」
「だからって、魔王に味方して人間と戦えるわけじゃないだろ!」
「王都に従って、ローカ村のみんなやセラスを差し出すの!?」
「そんなことは言ってない!」
「じゃあどうするの!?」
「それがわからないから困ってるんだ!」
男が頭を抱える。
「こっちには子どもだっているんだぞ! 戦えるわけがない。王都にも逆らえない。だからって、知ってる人間を差し出すなんて……そんなこと、すぐに決められるわけないだろ!」
その言葉を最後に、再び沈黙が落ちた。
誰も、答えを出すことができない。逃げるのか。戦うのか。誰かを差し出して、王都に従うのか。
三日という時間で、自分たちと家族の命を左右する選択をしなければならないのだ。
「決断できないというのなら、それも王都への反逆とみなす」
騎士が一歩、前へ出る。
「まずはそこにいる魔王の娘と魔族を拘束する。抵抗する者は――」
その瞬間。
大地が激しく揺れた。
「うわっ……!」
騎士たちの馬が嘶き、前脚を大きく持ち上げる。振り落とされそうになった騎士たちが、慌てて手綱を引いた。
空が、暗くなる。
雲が渦を巻き、村の上空へと集まっていく。
セラスは、その気配が誰のものなのか、すぐに理解した。
「パパ……」
見上げた空に、人影がある。
それは、圧倒的な気配を纏った「魔王」そのものだった――




