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【完結済み長編】魔王の娘、世界を統べる  作者: 木原梨花
第七章 対立

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第45話 闇の中の道標

 ――それは、今から千五百年ほど前のこと。

 ラティオの意識は朦朧としていた。確か、村の大人たちに攻撃されたのだ。身体に力が入らない。寒い。それに、痛い。この世にある全ての悪い感情が一気に襲い掛かってくるような、最悪な感覚で気を失ってしまいたかった。それなのに、ギリギリのところで意識が保たれてしまっている。だからラティオは、自分が今、誰かに運ばれているということに気づいていた。目を開けられないから、どこにいるのかはわからないけれど、

 サク、サク、と草を踏む音がする。ならば、森の中だ。身体を撫でる風の中に、風の精霊の気配がある。どうやらラティオを心配してくれているようだ。生まれたときからそうだったが、ラティオはどうやら風の精霊に好かれやすい体質らしい。おかげで村の大人たちの噂話を届けてもらうことができて、自分が他の魔族より強く、強いということが命を奪われる危険を孕んでいるということも教えてもらえた。

 だからずっと黙っていたのに、失敗したなあ、と、ラティオは思う。精霊たちが心配してくれていたのもこういうことだったのかと、身に染みる。実際、死にかけているのだから、染みるどころの話ではないのだが。

 それにしても、自分を運んでいるのは一体誰なのだろう――と、考えて、すぐに気づく。誰もなにも、ラティオが二属性の魔力を持つと知られた以上、自分の味方をしてくれるのはたった一人、エザフォスだけだ。

 サク、サク、と草を踏む音が続いていた。だが、やがてその音が途切れる。直後、扉が開く音がした。再び足音。コツ、コツ、と。硬い床を踏む音がして、ラティオはどこかに寝かされた。

「……癒しよ」

 拙い声が聞こえると同時に、柔らかな魔力が流れ込んでくる。温かくて、心地良くて、痛みも吐き気も不快感も、何もかもが消え去っていく。

 ああ、助かったのか――そう確信してラティオはゆっくりと目を開いた。

 その瞬間、ラティオの瞳が捕らえたのは、顔をぐしゃぐしゃにして泣いているエザフォスの姿だった。

「はは……なんで、泣いてるんだよ……」

 そう言いながら、彼の頭をそっと撫でる。エザフォスは唇をギュッと噛みしめ、ラティオの手を強く握った。

「……全部、壊した」

 拙い言葉が紡がれる。

「お前が、死ぬのは……嫌だ。だから……」

「……うん」

 ラティオは目を細める。確かに、記憶にある。村に地震が起き、雷鳴が轟き、炎が吹き出して――焼け焦げ、崩れ落ち、燃え尽きるその瞬間。

 その炎の真ん中に立つエザフォスは、ラティオよりも年上なのに、少しだけ幼く見えた気がした。

 生まれた直後に石室に押し込められ、ラティオ以外とは会話すらせずに生きてきたのだ。言葉の拙さも、背丈の低さも、性格の幼さも、当然だと思っていた。

 ――その幼さが、村を、焼いた。ラティオを傷つけられたからという、それだけの理由で。

 まだエザフォスは十三年しか生きていない。ラティオだって、十二年しか生きていない。それなのに、自分たちは世界でたった二人きりになってしまった。

 石室の中しか知らないエザフォスと、村の中しか知らないラティオ。それでももう、帰る場所は焼け落ちてしまった。

 だからこれからは、この森の外に出るしかないのだ。


***


 世界も何も知らなかった幼い二人で旅をするには、世界はあまりにも広すぎた。広くて混沌としていて、気が狂いそうだった。

 魔族の集落はあちらこちらに存在していたが、魔力の強い子どもが生まれる度に恐怖に支配された村人がその子どもを殺そうとし、返り討ちに遭い、集落は消滅した。その度に魔族は数を減らしていき、魔族がいなくなれば人間たちが勢力を増し、人口は増え、より住みやすい土地を奪い合い争いが起きる。結局のところ、人間も魔族も、なんらかの理由で争わずにはいられないものなのだ。

「色々調べてみたんだけどさ、今のところ、人間か魔族かどっちかがいれば必ず争いになってる、っていう感じだな」

 ラティオは風の精霊の力を借りて、世界中の情報を集めてまとめた手帳を手に、ため息を吐いた。その争いに巻き込まれるのが嫌で、ラティオとエザフォスは闇の精霊が守護する土地に居を構えていた。故郷の村を出てから百年、世界の状況がどんどん悪化していく中で、落ち着いて生活できるのは、他の魔族も人間も近づけない場所なのだとわかってきたからだ。

「……争うのは、恐怖からなのか?」

「魔族は、だいたいそうだね。色々と調べてみたけど、世界中には地水火風、大きく分けて四つの属性の精霊がいて、それぞれが魔族に魔力を与えている。けど、人の形をした器に入るのはたいていひとつの属性だけなんだ。俺やお前みたいに、二つ以上の属性の魔力を持つ魔族はそうそう生まれないみたいだ」

 なるほど、と、エザフォスは納得したように頷いた。自分の力が稀少なものだと理解はしていたのだろうが、改めて調べた情報を読み解いて、ようやく納得がいったというところだろうか。ラティオとしても、これまでイマイチよくわからなかった魔力と属性の仕組みが理解できたのは大きい。それだけのために百年も時間を費やしたのは誤算ではあったが。

「人間は、なぜ争う?」

「住む場所がないから。俺たちはお前のおかげで闇の精霊っていう特殊な精霊の守護する地域に住むことができてる。でも、ほとんどの人間たちは四大精霊のいる場所じゃないと生活ができない」

「……闇の精霊は、特殊なのか?」

「特殊だね。闇と、あと光の精霊っていうのもいる。どっちも特別な存在で、土地を護るんじゃなくて人を護る存在なんだ。ほら、お前が冥界の王を召喚して自分の身体に宿しただろ? ああいう風に、召喚の儀式をしてはじめて人の住む世界にやってきて守護する地域を持つことができる。まあ、魔族は光の精霊を召喚できないらしいから、俺たちは闇の精霊にしか出会えないけど」

 それも精霊たちから情報を集めてようやく知れたことだった。昼と夜を司る、光と闇の精霊たち。彼らはどちらかといえば概念のような存在で、召喚術を使うことで実体を持つことができるのだ。ただ、魔族の魔力は闇としか親和性がなく、召喚術を使えるのも四大精霊の全てを従えることができる者――つまり、エザフォスだけだった。だからこそ、闇の精霊を召喚してエザフォスの住まう土地を守護してもらい、安住の地を手に入れることができたのだが。

「よくできてるよな。たぶん、強すぎる力が争いを生むから、こういう仕組みができたんだよ」

「こういう……?」

「静かに暮らす場所を手に入れられるようになってる、っていうこと」

「……なるほど」

「闇の精霊を召喚出来るまで大変だったもんな。どこに住んでても誰かに見つけられて、怯えられて、攻撃仕掛けられて。うっかりやり返しそうになるこっちの身にもなってくれって感じだよ」

 うんざりとしながらテーブルに突っ伏すラティオを、エザフォスは少しだけ笑った。だがすぐに笑顔は消える。今でもエザフォスは、勢いで村の同胞たちを殺したことを悔やんでいる。年端もいかない頃のことなのだから仕方がない、人を護るためだったのだから不可抗力だ――とは、彼は思えないのだ。そんな風に割りきるには、彼はあまりにも純粋だったし、善良すぎた。誰にも手を出されなければ、虫さえ殺せないような性格の人なのに。

 いや、エザフォスの不幸はそれだけではない。

「……皆、争わずに平穏に生きることは出来ないのか?」

 彼は見知らぬ者の平穏でさえも、願わずにはいられない。

「私だけが、静かに暮らしていることは、正しいのか?」

 自分だけが穏やかな生活を送ることを許容できない。

「……私だけに力があるのなら、何かできることはないのか?」

 自らに宿る力の特殊性を理解して、やるべきことを探してしまう。

 因果なものだ、と、ラティオは思う。彼がもっと傲慢だったら、下々の者どもの醜い争いを高みの見物できただろうに。今も今後も、闇の精霊に護られる限りはエザフォスの平穏が脅かされることはない、と、ふんぞり返ることだってできただろうに。

 それなのに彼は、特別な力を持ったことを、誰かの役に立てようと考えてしまうのだ。

 ラティオは静かに息を吐く。ラティオの身に宿っているのは風と水の魔力だ。中でも風の精霊の守護する土地で生まれたせいなのか、風の魔力が特別に強い。風の精霊は癒しの力と知る力を与えてくれた。風の吹く場所ならば、どこへでも魔力を飛ばして見聞きすることができる。遠くなればなるほど魔力の消耗は激しく、正確に見たり聞いたりすることは難しいが、それでも必要な情報は全て手に入れられた。

 手に入れられた。だから、ひとつだけ思いつけたのだ。エザフォスの望みを叶える方法を。

「……なあ、これは、お前が本気でやりたいって思うなら、っていう前提の提案なんだけどさ」

 うだうだと前提を話すラティオに、エザフォスは興味を持ったように首をかしげる。

「あるんだ、ひとつだけ。世界中に平穏をもたらす方法が」

 そう告げると、驚いたように目を見開いてから、エザフォスは少し身を乗り出した。

「どうすればいい?」

「……いや、そんなに良い話じゃないよ。特にお前は、この作戦を実行すれば、めちゃくちゃ重たいものを背負う羽目になると思う」

「それでも、この混沌が、終わるなら」

 エザフォスは真っ直ぐにラティオを見る。まるで、縋り付くように。方法があるならなんでもいいから試したいとでも言うように。

 エザフォスが今も、悪夢にうなされて飛び起きることがあるというのを、ラティオは知っていた。自分が殺した者たちのことを忘れられずにいることも。その罪滅ぼしを、どうにかしたいと思っていることも。

 だから大勢を救いたいと思っているのだということも、わかっていた。――だからこれは、エザフォスを救うことにもなるし、安易な方法でかえって彼に重荷を背負わせることになる可能性も孕んでいる。

 だとしても、可能性があるなら、提示してやるべきだろう。ラティオは覚悟を決めて、エザフォスの目を真っ直ぐに見返した。

「お前が、この世界を統べる者になるんだよ」

 その瞬間、エザフォスの瞳に光が灯った。

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