第44話 護るべきもの、識るべきこと
「なんで帰ってきたセラスが部屋から出てこなくなったんだよ」
――と、オニロがラティオに詰め寄ってくる。ラティオはそんな息子の尋問に、さてどう答えたものか、と頭を掻く。無理かとは思いつつもフォローしてもらえないかとトゥルマリナに視線を向けたものの、あっさりと目を逸らされた。彼女も城に残していったわけだから、当然と言えば当然だが。
ラティオは息子には気づかれないように嘆息してから、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「言っておくけど、俺もあの子が何を思ってるのかまではわからないからな?」
そう前置きをしてから、ラティオはソファに腰を下ろした。普段はエザフォスやセラスもこの広間にいるのだが、今は二人とも自室に引きこもったまま、出てくる気配もない。結果として親子三人だけがここにいるということにはなったが、それも久しぶりにことだなと、まるで逃避でもするように、ラティオは頭の片隅で考えていた。
「……ローカ村を襲っていたのは、エレギア村の生き残りだった」
「え……?」
「自分が滅ぼした村の生き残りが、友達の住んでいる村を襲って焼き払ったんだよ。それでセラスが何を感じたのかは、想像出来るだろう?」
オニロは言葉を失った。衝撃を受けたように息を呑んで、そのまま目を泳がせる。あらゆる本を読み、経験していないことでも想像する力をつけた彼のことだから、理屈ではもうわかったのだろう。今のセラスが、どういう感情でいるかということが。
黙り込んだままのオニロを、ラティオもまた、じっと押し黙って見つめる。トゥルマリナだけは何か言いたげにしていたが、それでも沈黙の重さに口を開くことはできないようだった。
三人分の呼吸の音だけが響く広間の中で、ラティオは立ち上がり、魔力を集中させる。次の瞬間ガシャンと音を立ててテーブルの上に黒焦げの甲冑が現れた。
「俺はこれからこの甲冑を調べる。これも含めて、人間側は兵器の開発だけじゃなく、実験も繰り返しているらしいことがわかってきたから。技術力とその規模も多少は類推できるかもしれないけど……恐らく、俺たちが検知できない場所にもっと威力のある兵器を隠していると読んでる」
オニロは甲冑に視線を向けた。だが、まだ黙ったままだった。昔からそうだ。この子は何かを考え続けているときには、言葉を発することを忘れる。今はまだ経験の差があるから、ラティオのほうが調査も研究も分析も上手だ。しかし恐らく、潜在能力で言えばオニロのほうが遥かに高い。そう遠くないうちに、息子に追い抜かされるだろう。
だからラティオは、じっとオニロに視線を向ける。
「オニロ」
名前を呼ばれ、オニロはこちらに顔を向けた
「お前には、セラスの気持ちは理解できないよ。だから余計なことを考えても無駄だ。それよりも、今目の前に迫った問題を考えなさい」
淡々と、普段と変わらない口調のまま、ラティオは告げる。その言葉にオニロは返事を返さなかった。眉間に皺を寄せ、俯いて、ゆるゆると首を振る。
「……少し、考える」
それだけをかろうじて吐き捨てると、オニロはきびすを返して広間から出て行った。
トゥルマリナが嘆息する。
「あなた、本当に残酷なことを淡々と言うのが得意よね」
「それは褒めてる? 貶してる?」
「どっちも。……少しだけ、責める気持ちもあるかも」
「怒るのはわかるけど、多少は許してよ。どうしても必要なことなんだから」
「そういう意味じゃないわよ。必要なことなのはわかってるし、あの子に自覚してもらわないと困るっていうのは私も同意見だもの。けど、わざわざあの子に嫌われそうな言い方をしなくてもいいでしょ、っていうこと」
「それは――」
「あなただけで何もかも背負わないでよ」
言い訳をするよりも前に、トゥルマリナは逃げ場を塞いでくる。できるだけそういうところは見せないように気をつけてきたのだけれど。惚れた弱みもある。できるだけ情けないところは見せないでいたい。それでも無意識に甘えている部分があるのだろう。
だからラティオは言い訳はしない。
「……背負うって、決めてるんだ。エザフォスに世界征服をさせることにしたときから」
「わかってるわよ。もしもエザフォスがいなかったら、世界はとっくに滅びてた。それくらい、昔の人間は酷かったもの。でも――」
「君にはちゃんと背負ってもらってるよ。本当に。……君に出会う前の三百年は、正直結構、キツかったから」
今度はトゥルマリナが言葉を失う。別に黙らせたかったわけではないのだけれど、少しだけ申し訳ないと思いながら、ラティオは頬を緩めた。
「人間たちの進化の速度が想定以上に速いんだ。だからオニロにも予定より早く成長してもらわないといけなくなった。……だからあの子には色々と言わなきゃいけない。それは、これからも変える気はないよ」
誰を排除して、誰を救うのか。どうやって力を示し、世界を平定し続けるのか。そのために不穏分子は取り除き、強すぎる力は奪い去る。この研究に関する記述が残されているなら、根こそぎ焼き払って後世には残させない。――ここまでやって、ようやく世界の平和が保たれるものなのだ。それは千年以上にわたる世界平定の時間の中で、身をもって体験してきた。
この先も、その平穏を護らなければならない。だからラティオは、息子にも全てを背負わせると決めているのだ。
「……兵器の隠し場所はやっぱり首都だ。精霊が死に果てたあの土地なら、俺たちの目を欺ける。だからもう少し絞り込んで――エザフォスを、連れて行く」
トゥルマリナが息を呑む。魔王が人間の首都に降臨するということ。それはもはや、宣戦布告と大差ない。だが、精霊の死に果てた地で魔術を平然と使えるのは、今はまだ、エザフォスだけだ。
だから事は慎重に運ばなければならない。ほんのわずかも、失敗は許されないことなのだから。
ラティオは黒焦げの甲冑に手を置いた。死んだ精霊の気配がする。その醜悪さに眉根を寄せながら、それでも、誓った。必ず全てを終わらせる――時間切れに、なる前に。
***
魔王とはどんな存在なのか、世界を旅してわかったつもりになっていた。信仰されたり、恐れられたり、勝手な反応をされることがほとんどで――しかし、圧倒的な力を前にして、人々が伏したことが原因だということは、わかってきた。わかっていて、父がどんな存在なのか――その立場を継ぐというのがどういうことなのか、理解して魔王になることを考えようとしていた。
――けれど思い知らされた。自分は、父とは全く違う。何の罪もない人の命を奪ってしまった。
そしてそれが、初めてできた友人の大切な思い出の場所を、奪った。
その事実を、一体どうやってミリーに伝えたらいいのだろう。
助けに行ったのは本当だ。救ったのも事実だ。けれど、元を正せばセラスがいなければ起こらなかったことだ。
そんな自分が、世界を統べるなんて許されるのだろうか。
……けれど魔王になれるのは自分だけ。オニロでさえ、その力は持っていない。
「私は……魔王になるべきなの……?」
わからない。
判断がつかない。
そもそも、エザフォスはどうやって魔王になろうと決心したのだろう。ラティオが糸を引いていたとは聞かされているけれど、だとしても、エザフォスの意志に反しているとは思えない。知りたい。そのときのことを、もっと、ちゃんと――
「あ、そうだ!」
セラスはハッとして旅の最中に使っていた鞄を引っ張り出す。その鞄の中に、しまってあったはずだ。服を取りだし、地図を取りだし、あれこれと旅の途中で手に入れたものを取りだし――その一番下に、眠っていた。
受け取ったもののずっと慌ただしくて読む暇がなかった、ラティオの手記。ローカ村を出るときに、オニロから受け取っていたものだ。
ラティオがわざわざ書き残していたものを、オニロに渡し、更にセラスの手元にやってきた。それはきっと、ラティオの意志のはずだった。
だとしたら、自分が知るべき内容が、必ずここに書かれている。
心臓が早鐘のように鳴っている。知りたくないことも書かれているかもしれないのだ。それでも知らなければいけない。だからセラスは、思いきって手帳を開く。
そこにはラティオの几帳面な文字が並んでいる。
――エザフォスとラティオが、初めて旅に出た日のことから始まっていた。




