第43話 力を持つということ
首都には結晶をエネルギーとする最新式の機械が溢れ、人々は世界のどこよりも便利に暮らしている。王族の暮らす宮殿には更に最新の道具を取りそろえ――防御を固めるための兵器も、徐々に開発を進めていた。
騎士団の団長室で、ルーナ・カムエルはその最新の兵器の実験データをじっくりと眺める。先日行った実験の結果だ。
悪くはない。ただ、期待した成果だとも言えない。魔王を討伐するためには、これで足りるとはとうてい思えないのだ。ならば、他に必要なのは――
「カムエル将軍」
声が聞こえ、ルーナは顔を上げた。扉の向こうに気配が二つ。
「入れ」
その声を合図に扉が開き、顔立ちのよく似た男が二人入ってくる。どちらも同じ緑の瞳を持ち、赤髪の短髪で背筋のしっかりと伸びた男と、同じく赤髪で長髪のひょろりとした不健康そうな男。相変わらず両極端だなと思いながら、ルーナは書類を置き、彼らのほうへと向き直った。
二人の男のうち短髪のほうが一歩前に踏みだし、しっかりと静止した上で敬礼する。
「ダスク・ノーヴァ、および、タルデ・ノーヴァ。先日の実験結果につきまして分析結果が出ましたので、ご報告にあがりました」
「ご苦労。聞かせてもらおうか」
ルーナが告げると、今度は長髪のほうが一歩前に踏み出した。ダスク・ノーヴァとタルデ・ノーヴァ――生真面目な騎士団の兄ダスクと、変人として知られる研究者の弟タルデ。カムエル家が何代も前から付き合いのある武門ノーヴァ家出身の兄弟。そして、特殊な結晶を機械の動力に使うことを提案し、開発してきたのがタルデだった。
そのタルデが、爛々とした目で報告書をルーナの前に差し出す。
「甲冑型の装着式結晶兵器の実験結果についての報告でが……先日、エレギア村、ローカ村、ザリーフ村の三カ所において、出力調整実験を実施。エレギア村は既に魔王により滅ぼされ、廃村。生き残りは撤退済みのため、被害なし。ザリーフ村には住民が十名ほどおりましたが皆老人であり魔王信仰であったため、実験と同時に排除。ローカ村もこの一ヵ月ほどの間に魔王信仰に鞍替えしたとの情報を得たため住人九名を実験と同時に排除……の、予定でした」
さらさらとそこまで告げて、タルデは一度言葉を止めた。彼が何を言わんとしているのかは、ルーナも既に報告を受けているため知っている。だからひとつだけ頷いて、続きを促す。
タルデはなぜかニヤリと口角を上げた。
「ローカ村実験場にて、予定通りの出力を達成したと報告を受けた直後、魔王が出現。甲冑型装着式結晶兵器二号を身に付けていたアルバ・サヴァートが魔王との戦闘を開始。結果、既にエネルギーを消費していたこともあり、装着型兵器では魔王にまるで歯が立たなかった、とのこと」
「だろうな。だが、装着型兵器はもとより魔王の討伐が目的ではなく、攪乱が目的だ。建造物の破壊に関してはどうだった?」
「建造物の破壊という点では、威力は申し分ないものではありました。が……装着者の耐久性と合わせて考えると、もう少し出力を上げて初手で木っ端微塵にできるようにしたほうが都合がいいでしょう」
タルデは笑みを浮かべたまま平然と告げる。この男は、どこまでもスタンスがブレない。人間も機械も、いずれも同じ「道具」としか見ていないのだ。だから装着型兵器が少なからず装着者の身体に負担をかけるものであったとしても、彼は全く気にしない。それすらも彼の目には消耗品としてしか映っていないのだ。
だからこそ、魔王討伐に関わる重要な兵器の開発を任せられるのだが。長年の悲願を――魔王による支配の終焉を実現するには、多少の犠牲はやむを得ない。
息を吐くルーナの前に、今度はダスクが資料を差し出した。
「こちらは、ローカ村の村人の現在の居場所です。住人九名は全員が生存、近隣のエザーレ村へと移住したようです」
「エザーレ村……魔王信仰の総本山か」
ルーナはゆっくりと立ち上がる。壁には世界地図が貼り出されていた。首都があるのは南東の端。そこから世界の半分ほどが王都の領土となり、様々な大都市を内包している。水の都シムラクルム、温泉街でもあるオゲーラ。この二つの都市は生活用の結晶式機械の普及も進み、様々な環境下でも機械が安全に動くということを証明している。
だが、王都の領土の外にある村々は違う。
「……ローカ村は、機械の動力とするための石炭を掘り出させるために結晶式機械を配置したのだったな?」
地図上の北部に存在するローカ村を指で示しながら、ルーナは尋ねる。ダスクは背筋を真っ直ぐに伸ばしたままルーナのほうへと身体を向け、頷いた。
「はい。実際、結晶式機械は能力を発揮し、従来の三倍の速度での採掘を可能としました。しかし、坑道の落下事故が発生し、土地が痩せ、住民は逃げ出した……まだ採掘可能な鉱山はあったにも関わらず」
「それは、王都への反逆と捉えて構わない。貴族のお歴々もそう言っていたからな。それと――エレギア村」
ローカ村から真東に大きく指を移動させる。王都からも魔王城からも最も遠い位置にある村の上で、その指を止めた。
「元は魔王信仰の土地だったな?」
「はい。しかし、騎士団による丁寧な説明の結果、魔王が人間を制御するために定期的に攻撃を仕掛けてくるということに納得している様子でした」
「王都が領土を広げるために進軍すれば、必ずやってきてその進路を塞ぐ――その繰り返しだと説明して、魔王が王都の侵略を恐れているという事実に気づかぬものはいませんからねえ」
クック、と喉を鳴らしながらタルデも言う。まったくもってその通りだ。王都の命を受け、騎士団は幾度も領土を広げようとしてきた。人間が魔王に勝利するには、まずは人間が一丸となる必要がある。支配下に入るのは断ると抵抗されることもあるが、それは彼らが無知な故なのだ。それでも、騎士団の叡智と能力を見ればたいていの街や村は配下に降る。
だというのに、一体幾度魔王に邪魔をされたのか――
「……実際、魔王は人間による現状の変更を恐れている傾向はあります」
ダスクが強い意志を感じさせる眼差しで、エレギア村のあった場所を見据える。
「エレギア村は、魔王信仰から目を覚ました直後に魔王による攻撃を受け、滅びた……それがその証左です」
それもまた真実だ。魔王信仰から目覚めた者は、殺される。もっとも、その事実は騎士団にとっては厄介でもある。
「既に魔王信仰を行っている地にその事実を告げれば、魔王による襲撃を恐れ、より強固な信仰心を生んでしまうかもな」
「だからこその、兵器ですよ」
クックと喉を鳴らしながら、タルデは設計図を取り出す。
「この機械式兵器が完成すれば、魔王の攻撃すらも弾き飛ばし、魔王城を破壊することも可能となる。魔王信仰の総本山、エザーレ村も同時にね」
「先日のローカ村での魔王との遭遇に際し、記録係が魔王の攻撃の強度を計測して戻りました。このことから、魔王といえど距離をとって潜んでいる人間の気配を感じ取ることが出来ないということ、そして、どれくらいの出力があれば魔王の攻撃をはじき返すことができるのかということがわかりました」
そう補足したダスクに、ルーナは頷いた。そして、地図上の北西の端へ――魔王城の所在地へ、指を移動させる。
「ついにこの場所を更地にする日がきたか」
「ええ。最終調整は必要ではありますが、貴重なデータのおかげで、開発は大詰めです」
「タルデ、あとどれほどで兵器は完成する?」
「長く見積もっても、ひと月あれば」
「そうか。兵力を集めるのにちょうどいい。ダスク」
「はっ。すぐに召集令状を各地に送ります」
「頼んだぞ。これは、魔王との全面戦争だ」
指先にグッと力を込める。その瞬間、ビリ、と音を立てた。魔王城が引き裂かれ、床へと落下していく。
――これが、一ヵ月後の魔王城の姿だ。
そうなることを、強く、誓った。
***
一方、その魔王城では。
ラティオとオニロが一触即発の状態で、にらみ合っていた――




