第42話 敵か、味方か
ローカ村の人々を連れてやってきたのはエザーレ村だった。魔王信仰が根深く、年に一度「魔王様」称える祭も行っている。そういう村だから王都からは危険視されているものの、魔王城に最も近い場所にあるから容易には手を出してこない。だから、最適だったのだ。
もっとも、唐突に現れた余所の人間と魔族たちに、エザーレ村は騒然としたが。
「お、おい! なんで何もないところから人間が大量に……!」
「瞬間移動!? っていうことは……魔族か!」
村の広間に唐突に現れた自分たちに気づいたエザーレ村の人々がわらわらと集まってくる。ただ、その空気感は決して悪いものではなかった。
「すごい、魔術って初めて見た!」
「ああ、魔族っていうのはやっぱり存在したんだねえ……!」
「するよ! 魔王様の祭の日に助けてくれた魔族のお姉ちゃんがいたもん!」
「……っていうか、あいつ! あの女だよ、祭の日にいた魔族!」
唐突に矛先を向けられて、セラスは思わず目を見開く。ローカ村の人々も、ラティオも、エザフォスも。皆がセラスに注目していた。
これだけ注目されると、少し気まずい。だが、恐らく今この場所で両方の村と魔族たちと、全てと関わりがあるのはセラスだけだ。
「あ、あの……ちょっと、お願いしたいことがあるんだけど……」
おずおずと口を開くと、一人の女性が一歩前に踏み出してくる。
「あなた、前にうちに泊まってくれた子だよね?」
「あーっ! 宿屋の女将さん!」
セラスがパッと笑顔になると、女将も表情を綻ばせた。
「やっぱりそうだ! おやおや、どうしたんだい? こんなにたくさん引き連れて。というか、魔術でパッと現れたんだろう? すごいねえ、やっぱり魔術っていうのは大したもんだよ!」
セラスの肩を叩きながら女将はまるで弾丸のように言葉を続ける。以前この村に来た時もそうだった。次から次へ、流れるように言葉をかけてくれた。魔族のことを怖がらない、誰に対しても態度が変わらない。魔王信仰の見本のような人だというのは目の前で空間転移の魔術を見ても、どうやら全く変わらないらしい。
それが少しおかしくて、おかげで肩の力が抜けた。その後ろで、ラティオもおかしそうに笑い、エザフォスも安堵したように小さく息を吐いていた。
「えーっと……ねえ、ラティオ、どこから説明しよう」
「そうだな。エザーレ村の人にもローカ村の人にも、色々説明しなきゃいけないんだけど……」
と、ラティオは少しだけ考えて、エザフォスの方に振り返る。
「俺はこれからここの人たちに説明しようと思うんだけど、エザフォス、お前はどうする?」
「……私は、城に戻る」
「だよね。セラスは――」
「私は残る。まだミリーともちゃんと話できてないし」
そう告げてミリーのほうへ振り向けば、彼女は嬉しそうに笑った。
「そっか、わかった。じゃあ、セラスは俺が連れて帰るよ。その頃には、俺の魔力も回復してるだろうし」
ラティオの言葉を聞いて、エザフォスは静かに頷いた。次の瞬間、父の姿は霞のように消えている。
その様子に、一瞬わずかにどよめいた村の人々だったが、不意に誰かが呟いた。
「エザフォスって……魔王様の名前じゃないのか?」
「あ、気づいたか」
仕掛けたいたずらが成功して満足する子どものように、ラティオは口角を上げて笑う。
「あいつが、君たちがいつも祀ってくれてる魔王だよ」
――その瞬間、地面が揺れるほどの大絶叫が響き渡った。
***
ひとまずうちに来なさい、と言ってくれたのは宿屋の女将だった。ローカ村からやってきたのは全部で九人。その程度なら宿屋に部屋があるからと、受け入れてくれたのだ。
その食堂で、温かい料理を用意してもらって、ずっと緊張状態だった村の人たちもやっと落ち着いた様子だった。
「なるほどねえ……まさか、ローカ村が王都の連中に襲われるなんて」
女将から温かいお茶の入ったカップを受け取りながら、ラティオがゆっくりと頷いた。
「王都では『兵器の実験場としてローカ村を選んだ』という認識らしいけどね。だが、人が住んでいる村で、そのことを認識しながら攻撃したということは事実だ」
「なんでまた、そんなことを……」
「だよね……わざわざ意味も無く人を殺すなんて……」
セラスは自らの手を見つめながら奥歯を噛む。人の命を奪うなんて、そんなこと――二度と、したくないと思ったのに。
だがそうやって人が生きる場所を奪ったのは、セラスが灰にした村の生き残りだった。……その事実をまだ、どう受け止めればいいのか、わからない。
ラティオは少し考えてから、口を開く。
「ひとまず、王都の動きについては調査しておくよ。情報も色々と集まって来たところだから、もう少し何かわかると思う。それで、その間のローカ村の人たちの避難先についてなんだけど――」
「それは私らに任せてください、ラティオ様。うちの村は小さいけれど、魔王祭のときに山ほど人を受け入れるだけの宿所があります。しばらくはうちの宿を使ってもらって、その間に宿所を滞在できるように整えたらいい」
「ありがとう、助かるよ」
「私からも……本当に、ありがとうございます。滞在中、お手伝い出来ることがあったらやりますから! 私の家、宿屋だったんです!」
ミリーが立ち上がる。他のローカ村の人々も、深く、深く頷いた。
「こうして居場所を作ってもらえて、本当にありがたい」
「あの村を捨てたくないと、鉱山がダメになっちまってからも留まってたが……もう、無理だしな」
「ええ……もう、帰れないわよねえ……」
安堵、感謝、悲哀、絶望――色々な感情が、村の人達から伝わってくる。たった一日で突然全てが消え去ってしまったのだ。色々な感情が入り乱れていて当然だった。
「けど……まさか、人間が俺たちを襲って、魔王が俺たちを助けてくれるなんてな……」
ミリーの父親の言葉だった。そうだよ、パパは、自分から人を襲ったりなんかしないんだから――
うっかり襲ってしまうのは、私のほうだから。
そう口にしかけて、セラスはパッと口元を押さえた。なんだか、気持ちが悪い。
大人たちは今後のことを話し合っている。その間に、セラスはそっと外に出た。
***
外はすっかり夜になっている。前にこの村に来たときには祭の最中で、広場には櫓が組まれていた。魔王様――という名のオオカミの像を祀った祭壇もそこにはあった。世界中のあちこちから人がやってきて、色々な種類の服装や、持ち物や、笑顔があった。
でも今は、家から漏れ出るわずかな灯りが広場をうっすらと照らしているだけ。
静かで薄暗い広場で、じっと空を見上げる。けれど、空には星すら見えなかった。
「セラス!」
声をかけられ、セラスは弾かれたように振り返る。
「ミリー……」
パタパタと駆け寄ってきたミリーは、セラスの隣で足を止める。真っ直ぐにセラスの瞳を見つめ、やがてふと、微笑んだ。
「久しぶりだね、セラス」
「……うん。ミリー、無事でよかった」
「セラスが……魔王様が、助けに来てくれたからだよ」
魔王様――という言葉にセラスは静かに笑うことしか出来なかった。あの人ね、私のパパなんだよ。もしそう言ったら、ミリーはどういう反応をするだろうか。いや、それよりも。
――あなたの村を襲った人は、私が滅ぼした村の生き残りなんだよ。
そう言ったとしたら、ミリーは、許してくれるのだろうか。
……許されるはずがない。
「ねえ、セラス――」
「ッ!」
ミリーが手を伸ばしてきたのを、思わず振り払ってしまった。
触れないで。
私は――何をしてしまうか、わからないから。
けれどその気持ちを口には出せない。だからミリーは、寂しそうな顔をして手を引っ込めた。それなのに、わずかに微笑む。
「大丈夫だよ。私は、セラスのこと、怖くないから」
「ミリー……」
「魔王様のことも。だって、殺さなかったじゃない。あんなに全力で攻撃を仕掛けてきた人間を、怪我はさせたけど、生きたまま仲間のところに返したでしょう?」
「……うん。パパって、そういう人だから」
「パパ?」
問い返され、初めてセラスは自分が無意識にいつもの呼び方をしていたことに気づいた。そうだった、と、思わず目を見開く。けれど、ミリーに嘘や誤魔化しの言葉は言いたくなかった。
「……私ね、魔王の娘なの」
ミリーが息を呑む。何を言われたのかわからない、とばかりにしばらく言葉を失って――やがて、彼女は笑った。
まるで希望の光を見出したかのように、ミリーは、笑った。
「すごい! そうなんだ、そうだったんだ……!」
「こ……怖くないの……?」
「怖くないよ! だって、魔王様がどれだけ優しい人かわかったし……それに、セラスだって私のことを助けてくれたじゃない! 村に来たときに、お母さんとの思い出を、護ってくれた」
ミリーは温かい手のひらで、ギュッと、強く、セラスの手を握った。
「本当に、本当にありがとう……セラスに出会えて、私、本当によかった……」
その声は、温かい涙ににじんでいた。
だからセラスは怖くなった。パパは人を守るためにしか傷つけないけど、私は違うよ、と。――それがいつか、彼女に知られてしまったらどうしよう、と。
全てを背負うということはそういうことなのだ、と。気づいたら、指先が震えた。
***
王都は非常に大きな領土を抱えている。その全てを一度に把握し、統治することは容易なことではない。
だから首都を設け、そこに情報と技術を集約しているのだ。統治機構の集中は、支配を安定させることに繋がる。それを提案したのは王都の騎士団長ルーナ・カムエルの先祖にあたる最初の騎士団長だった。王族たちを護るためには、強固な地盤が必要となる。なにしろ魔王という大いなる脅威に加えて、機会があればその立場を奪ってやろうと構えている人間たちがうようよいるような世の中だったのだ。
故に統治をシステム化し、王都に降った領主たちを守護し、逆に従わない者たちは冷遇するという形が成立させたのだ。それは魔王による統治が為されるようになってから六百年が過ぎてからのことだった。だが、それから五百年間、人間は確かに同一の方向を向き、王都としての勢力を確固たるものにしてた。
にもかかわらず、魔王には今だ歯が立たない。精霊の結晶という強大なエネルギーを手に入れ、ようやく勝機が見えたかと思ったが――
「カムエル騎士団長。先ほど突如現れた、ローカ村実験場にて機械式の甲冑の使用実験を行っていた者ですが」
騎士の一人が駆け込んでくる。ルーナが振り返ると、彼は恭しく頭を下げ、報告を続けた。
「意識を取り戻しました。命に別状はなく……ただ、甲冑を魔王に持ち去られた、と」
「……そうか。目撃者は?」
「魔王とその身内の者とおぼしき者が二人……また、ローカ村にしつこく残っていた村人が九名ほど」
「殺せなかったのか?」
「……残念ながら、全員無事、とのことです」
「そうか」
目撃者が生き残ったとなれば、騎士団が兵器の開発を行っているという噂は早晩広まっていくだろう。それは少々厄介なことではある。
だが、既に兵器は最終実験の段階に入っている。故に、機械式甲冑に関しては気づかれても問題はないだろう。
「兵器の実験を行うと同時に小さな村は排除してしまおうかと考えていたが……まあ、容易ではないか。しかし、性能は確認できたな?」
「はい。このたび、予定外に対魔王戦となったため、より正確な情報が」
「そうか。ならば、問題ない。……最大の兵器は、まだ秘されたままだからな」
ルーナは静かに微笑んだ。間もなく、悲願が果たされる。脅威に怯えずに済む、人間の世界を創ることができる。
そのためにも、犠牲は最小限に留めながら、早急に兵器の開発を行わねばならない。
――そう誓いながら、ルーナはかすかに口角を上げた。




