第41話 分断される世界
セラスは両手を前に伸ばし、地の精霊の力を借りて、堅牢な壁で人間達が避難する倉庫をぐるりと囲む。
その壁を丁寧に包み込むように、ラティオもまた、風の精霊を呼び寄せてセラスの作った壁を取り囲み、防御力を強化してくれる。
――閃光が放たれたのはその瞬間だった。
おぞましい。
全身にピリピリとした、嫌な気配がぶつかってくる。精霊たちが浮き足立つ。
「お願い、落ち着いて」
セラスが囁く。と、地の精霊たちは暴れたいのを押さえ込むように息を呑み、ゆっくりとセラスの近くに身を寄せてくれた。
閃光が勢いよく押し寄せてくる。だが。
「消えろ」
エザフォスが片手を前に出し、ひとこと、告げる。
魔術を使っているようにも感じなかった。ただ、命じただけ。たったそれだけ。それなのに。
閃光がエザフォスの眼前で、まばゆい光を放ちながら、消滅する。
エザフォスの力と閃光とがぶつかり合い、エザフォスに飲み込まれて消えたのだ。
ただ――
「セラス、衝撃が来る、構えろ!」
「うん……!」
ラティオに指示され、セラスはぐっと意識を集中させる。
直後、暴風がセラスの作った壁を襲う。一瞬でも気を抜けば押し返されてしまうような――そんな風の強さにセラスは耐える。
おぞましいドロドロとした機械の気配と、圧倒的なエザフォスの気配。奥歯を噛んで、両足に力を入れて、爆風に負けないように、必死で耐える。
背後で人間たちの悲鳴が聞こえた。彼らに爆風は届いていない。それでも、目の前で起こっている常軌を逸した状況に、悲鳴が上がるのは当然だ。
だから、護る。
必ず、ミリーとの約束を守る。
もう二度と自分の目の前で人を殺したくないから――
「絶対に……負けないから!」
叫ぶ。地の精霊たちがセラスに応える。ラティオが呼び寄せた風の精霊たちも、共に。
「これは……!」
ラティオが目を瞠る。
――どくん、と、心音が鳴った。腹の底から、強烈な熱が沸き上がってくるのを感じる。
勢いを増してセラスのそばに集結した精霊たちにその熱が吸い上げられていく。その気配は勢いを増し、膨れあがり、甲冑とエザフォス、二つの気配が入り交じった爆風を――跳ね返した。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をし、足元がふらつく。そんなセラスを、ラティオはそっと支えてくれた。
「大丈夫?」
「う、うん……」
「すごいな。これがセラスの力か……」
呟き、わずかに考え込む。だがラティオはすぐに顔を上げ、セラスを座らせると、エザフォスのほうへ視線を向けた。
エザフォスは静かに甲冑を見据え、口を開く。
「人間よ。なぜそのようなものを身に纏う」
重く、静かな言葉に、しかし甲冑は返事を返さない。ガシャン、と。わずかに身じろぎした故か、金属のぶつかる乾いた音が響き渡る。
轟々と音を立て燃える炎と、遠くでまた、建物が崩れ落ちる地響き。その音に身を包みながら、エザフォスはただひたすらに一点を見つめ続けていた。
沈黙。通り過ぎて行く、風の音。
やがてガシャンと音を立てた甲冑が、静かに問う。
「お前は、魔王だな?」
質問には答えず、新たな問いが投げかけられた。しかしエザフォスは動じることなく口を開く。
「ならば、どうする?」
「……殺すまでだ!」
甲冑が両手を前方に突き出す。五本の指の先がカラカラと落下すると、次の瞬間、禍々しい気配が一気に膨れあがった。
セラスは再び防御の壁を構築する。同時に、エザフォスが高く右手を掲げた。
「雷よ!」
一瞬にして、空に暗雲が立ちこめる。甲冑の頭上で激しい稲光が瞬いたかと思うと、稲妻が勢いよく降り注ぐ。
「ぐああああああっ!」
雷鳴。断末魔。焦げる匂い――セラスは思わず口元を押さえる。
「大丈夫、殺してはいないよ」
うずくまりそうになるセラスの背中を撫でながら、ラティオが柔らかく告げる。それでも、本当にそれが「大丈夫」だとは思えなかった。
確かに甲冑はまだ動いている。
しかし――風に乗って、感じたことのない匂いが、漂ってくる。
「……お前はなぜ、この村を襲った」
エザフォスが問う。甲冑が砕け、中から男が現れた。全身火傷を負っているように見えるが、確かに、生きてはいた。
男はふらりと立ち上がる。
「……襲った、わけではない」
風に乗って声が聞こえてくる。その瞬間、セラスの後ろにいた村人たちが一斉に声を上げた。
「嘘をつけ!」
「突然攻撃をしかけておいて、襲っていないなんて!」
「俺たちの住む場所を奪ったくせに!」
「この村は――」
焦点も合わず、朦朧としたまま、男は続ける。
「……選ばれた。王都の、実験の場に」
実験。
その意味がわからず、セラスは眉間に皺を寄せる。実験、というのは、何を意味する言葉だっただろうか。聞き慣れない。
しかし、ラティオはよく知っているようだった。
「なるほどね……」
何もかもを察したように息を吐く。
「人口も少なく……自然も、朽ちた。ならば、都合がいい」
「……兵器の実験、か」
「ハッ……そうだ」
エザフォスの問いに、男は嘲るように笑った。
「俺の村は一ヵ月前、魔王、貴様に滅ぼされた! だから俺は、王都の開発する兵器の実験に協力すると誓った。そうすればいつか、必ず、俺の村を再建すると、騎士団長が言ったんだ! だから! 俺は!」
声を張っていた男が、急に力を失って崩れ落ちる。俺は……と。弱々しい声で、呟く。
「俺が死んでも……いつか、誰かが、村を――」
そのまま、男は倒れ、沈黙した。
「……そうか」
エザフォスは静かに頷き、男に手をかざす。次の瞬間、その姿は消えていた。
「え……?」
「王都に送ったんだよ。まあ、たぶん、医務室あたりに」
「し……死んだんじゃ、ないの……?」
「力尽きて意識を失っただけだ。あれくらいなら、死にはしないよ」
「そう……なん、だ……」
セラスは心音が高鳴っていることにも、呼吸が浅くなっていることにも、今になってようやく気づいた。
だが、それだけ自分の身体の変化に気づけるようになったとき、不意に男の言葉の内容が脳裏に甦る。
――一ヵ月前、魔王に滅ぼされた。
……それは、自分が滅ぼした村だ。
「ねえ、ラティオ、さっきの人が、言ってた、村……」
声が震える。
否定してほしかった。気のせいだよ、違うよ、と。セラスは悪くないのだと、言って欲しかった。
けれどラティオは甘やかしてはくれない。
「エレギア村の生き残りだね、彼は」
「……」
「俺が調査していた、王都所属騎士団の兵器。その人体実験に、彼は協力していた――この村を攻撃したのも、その威力を確かめるためだ」
「なんで……?」
問うたのは、ミリーだった。
「なんでこの村でそんなことしたの!? 私たちがここに住んでるのに……それなのに、なんで!?」
「ごめんね。まだそこまではわかっていない。でも……」
足音が近づいてきて、セラスは振り返った。
エザフォスが、壊れてボロボロになった甲冑を手に、こちらに歩み寄ってくる。村人たちが息を呑むのが聞こえた。けれど誰も、逃げ出したりはしなかった。
「これを、調べるのだろう?」
甲冑の残骸をラティオに手渡す。エザフォスからそれを受け取り、ラティオは蓋のようなものをパカリと開いた。
七色に輝く結晶が、その美しさを損なわないまま、もの悲しく光っていた。
「……調査すれば、騎士団の思惑はある程度わかるだろうね」
「帰るか?」
「いや、その前に」
ラティオは目を細めて、村人のほうへと視線を向けた。ここに住んでいるのは、今はミリーも含めて八人。その人々に、彼は柔らかい笑みを向ける。
「彼らをどこか、一時的に避難できる場所に連れて行こう」
ミリーたちは、不安そうに視線を彷徨わせている。大丈夫、ラティオやパパなら必ず安心できる場所に連れて行ってくれるよ。そう声をかけたかった。
でもセラスの頭の内を支配するのは、エレギア村が燃える光景。
だから言葉が発せないまま、セラスはその場でうずくまった。




