第39話 立ちこめる暗雲
魔王城の広間に、城で暮らす全員が集まった。エザフォス、ラティオ、トゥルマリナ、そしてオニロとセラス。その広間のテーブルの真ん中に、大きな世界地図が置かれている。
空気が重い。だが、セラスも今日ばかりは明るい気持ちではいられなかった。
「一度、色々整理するよ。ここ一ヵ月くらいでわかったことと――さっき、俺たちが見たものを」
ラティオが眉間に皺を刻みながらそう告げる。そして、コトン、と印をひとつ地図上に置く。
「ついさっき、俺たちはエレギア村に行ってきた。……セラスが、自分の焼いた村をちゃんと見に行くって言ったから」
「…………」
セラスは押し黙って唇を噛む。エザフォスが一瞬口を開こうとしたが、ラティオがそれを手で制した。
「エレギア村は既に廃墟になってて、誰も住んでいる気配がなかった。生活しているような様子も全く見られなかった。なのに、人間がいた……精霊の結晶を使った機械で駆動する甲冑を身につけて」
「機械の、甲冑……?」
トゥルマリナが眉を寄せる。
「兵器を開発しているというのは、首都に調査に行ったでしょう? でも、そのときにはそれらしいものはなかったわ」
「うん、首都には、見つからなかった」
「含みのある言い方するわね」
「実際含みがあるからね。っと……その前に、セラスとオニロに事情を説明しておくけど」
そう言いながらラティオが取り出したのは、オニロが書いた手紙だった。
「機械のことを父さんに報告したときのやつか」
「そう。そこに精霊の結晶のことが書かれてたから、慌てて首都に調査をしに行ったんだ。話が違うぞ、って思ってね」
「話が違うって?」
首をかしげるセラスに、ラティオはフッと笑ってから魔力を手のひらに集中させる。
次の瞬間、その手のひらに乗っていたのは小さな箱形の鉄の塊だった。
「なにそれ?」
「機械だよ。最も、動力は精霊の結晶じゃなくて石炭だけど」
ラティオがその鉄の箱をセラスの手のひらに載せる。隣からオニロも覗き込んできた。いまいちどんな風に扱うものなのか理解が出来ないけれど、直接機械に触れるのは、そういえば始めてかもしれない。
「これ、何に使うものなの?」
「平たく言えば爆弾かな」
「は!?」
思わず機械を落としかけて、落としたらまずいということに気づいて慌てて押しとどめる。
「おい、父さん! なんてものを……!」
「あはは、安心して、火薬は抜いてある。石炭も入ってないから、それはただの箱だよ」
「な……なんだぁ……びっくりした……」
「ごめんごめん、実物を見せたほうが早いと思ったんだけど、説明を先にするべきだった」
呑気に笑うラティオに、セラスやオニロだけでなく、トゥルマリナやエザフォスまで冷たい視線を向ける。そのことに苦笑いして肩をすくめてから、ラティオは話を続けた。
「人間たちの間で石炭を使う機械が生まれたのは百年くらい前のことだ。目的はもちろん、魔王を倒すことだった」
「そんなのが『もちろん』になるの、すごく嫌なんだけど……」
「俺もだよ。でも、人間が魔王に反旗を翻そうとしたのは一度や二度じゃない。それでも千年以上もの間、人間が魔王を倒せなかったのは魔王を超える戦力を持てなかったからだ。だから彼らは、常に強い兵器を求め続けた」
「それで生まれたのが、これ……?」
「そう、機械の兵器だよ。ただ、結構作りが難しくてね。人間から奪ったそれを色々と弄ってみたけど、正直、何がどうなっているのかはよくわからない……悔しいけど、良くできてるよ」
ラティオはため息を吐きながら眉間に皺を寄せる。
「でも、そんなすごい機械ができたのに、結局パパには勝てなかったんでしょ?」
「まあね。だから人間たちは、これよりももっと強い兵器を開発しようとした――そして、俺たちはそれをずっと警戒して見張ってたんだよ。なのに、知らないうちに精霊の結晶なんていうものを動力に使う新しい機械が開発されていた」
ラティオは苦い顔をしながら世界地図にコトンと印を置く。
「お前たちから連絡を受けて、まず調べたのはここ――首都だ。広い王都の領土内の中心部にある。たいていの指示はここから出てくるからね。石炭を動力にした機械が最初に作られたのも首都だ。それから――」
コトン、コトン、と次から次へと印を置いていく。まずは首都から比較的近い位置にあるシムラクルム、オゲーラ。しかしそこからは急に首都から距離が離れた。ローカ村と、エレギア村から比較的近い場所にある村が四カ所。
「精霊の結晶を使った機械が見つかったのはこの辺りだ。人口の多いシムラクルムとオゲーラは王都の意向が働きやすいから機械の普及が早いのもわかる。でも、辺境の小さな村に最新型の機械が普及しているのは違和感があった」
「そうなの?」
「基本的に、王都じゃ小さな村の面倒までは見ないんだ。ある程度まとまった人口のいる都市に手をかける余裕しかないから。エザーレ村が一番わかりやすいかもしれないな。機械なんてひとつもなかっただろ?」
言われてみて、セラスは初めて気づく。ラティオの言う通り、エザーレ村では機械は全く見かけなかった。けれど、機械というのがそもそも魔王に対抗するために作られた兵器なのだとしたら、エザーレ村に機械がないのは納得できる。
「エザーレ村は、もともと王都から嫌われてる場所だったんだよね?」
「そう。割と小さな村はそういうところが多いんだ。王都に逆らっていたか、護る価値のない土地だからって放置されたか……」
「でもローカ村には機械があったのに……」
「……うん。だからお前たちが家出してる間に、どこに機械が分布しているかを調べたんだよ。そして大きな都市の他に、いくつか小さな村にも分布していることがわかって、もしかしたら首都ではない場所にも拠点があるんじゃないかってところまで考えていたんだよね」
「首都にも兵器があるのは確実なのだけど……それだけでは説明がつかなかったのよね。精霊の結晶の研究をするのだったらある程度広い場所がないと難しいはずなのに、それらしい場所が全くないのはおかしいってラティオが言ってて……」
「私たちがいない間にそんなことしてたんだ……」
呟くセラスに、ラティオが笑う。
「そういうことを頑張るのが俺の役割だからね。ただ、人間のほうが先手先手に回ってるな……首都に隠されているはずの兵器の倉庫も見つからない、その上――また新手の武器を、人間が作ってる」
ラティオの声がわずかに沈んだ。エザフォスも、ゆっくりと息を吐く。
「やはり、これは……」
深く、重い声音に、セラスは違和感を覚えた。何か、見逃してはいけないものがよぎっていったような気がする。
ねえ、パパ――セラスがそう口を開こうとした瞬間だった。
――ゴンゴン! ゴンゴン!
けたたましい音がして、セラスは思わず息を呑む。バサバサと激しい羽根の音。慌てて振り返ると、窓の外に巨大な鳥がいる。大人の男とほとんど同じくらいのサイズの怪鳥だ。
「何あれ!?」
「父さんの魔術で作られた鳥だよ。ほら、俺が連絡に使ってるのと同じ」
「え、あんなデカいの!?」
「まあね。これくらいデカいと色々情報を積めるから便利なんだよ」
ラティオが窓辺に歩み寄り、窓を開く。鳥はするりと窓から室内に入ると、次の瞬間には紙の束に変化していた。
「紙に絵が描いてある……?」
「そう。この鳥が見たものを紙に写し取ってある。怪しいと思った村の様子を写してきてもらったんだよ」
「そんな便利なこと出来るんだ……」
「魔力をめちゃくちゃ消耗するからあんまり連発は出来ないんだけどね」
苦笑いしながらラティオはその紙をテーブルに広げていく。どこもあまり裕福そうではないし、エレギア村ほど酷いわけではないけれど、とてもではないが人が住むような場所には見えなくて――
「……え? これ、って……」
広げられた絵のうちの一枚を見て、セラスは息を呑んだ。そこに描かれていたのは、エレギア村で見たのと同じ、精霊の結晶を使った機械の甲冑。そして――
「ミリー……?」
ローカ村で出会った少女が、機械の甲冑と対峙する、その瞬間だった。
***
――ミリーはその巨大な甲冑を見上げ、祈っていた。
背後では家が焼かれ、わずかに残った村の人々が逃げ惑っている。その狂乱の声を聞きながら、ただただ、祈っていた。
今見ている光景が、幻であれ、と。
突然現れた甲冑から閃光が放たれ、家々を薙ぎ払い燃やしたその光景が嘘であれ、と。
「お願い……助けて、精霊さん――」
その存在を教えてもらっただけの、姿すら見えないものに、ひたすら祈っていた。
……応える声など、ないのに。




