第38話 崩れた村の中で
その村にはもう人影はない。
人間が暮らしていた木造の家はことごとく焼け落ち、瓦礫となって転がっている。石造りだった井戸や倉庫はかろうじて焼け残っているものの、その村に一ヵ月前まで人が暮らしていたのだという気配は感じられない。ただの廃墟だ。
上空から燃えているのを眺めただけのその村は、エレギア村というのだと、ラティオに教えてもらった。その名前が、セラスの胸の内にしっかりと刻まれる。
その土地に足を下ろして、セラスは真っ直ぐに前を見る。自分のせいで滅びた村。あの時はとんでもないことをしてしまったとは思ったものの、それ以上深く考えることはなかった。
その光景を見たエザフォスやラティオがどう思っていたか――とか。
セラスは振り返る。この場所に来ようと思ったときに、セラスが頼ったのはラティオだった。空間移動の魔術を使えるのはエザフォスかラティオだけ。だが、エザフォスに頼む気には、とうていなれなかった。
だからラティオに頼んだ。それから、オニロにも。この場所に一緒に来て欲しいと呼んで、今、三人でこの場所に立っている。
「ねえ、ラティオ」
「なに?」
「……ラティオは、私が魔王になるべきだと思ってるんだよね?」
尋ねると、ラティオは苦い顔をして、頷く。
「何度も言うけど、世界には魔王が必要だ。世界っていうのは善良には出来ていない。監視の目がなければすぐにでも混沌に陥る。その先にあるのは暴力だ。だから頭を押さえつける支配者がいる。魔王っていうのは、そういう存在だよ」
「けど、父さん」
迷いのない目で言い放つラティオに、オニロは険しい表情を向ける。
「俺も人のことを言えた立場じゃないけど……それを背負うのはエザフォス様だし、セラスだ。あんたじゃない」
「……わかってるよ」
ラティオは笑った。けれど、そこに明るい色はなかった。苛立ちなのか、焦りなのか。そこにある感情の意味や温度を、セラスはまだ、知らないままだ。
「わかってて、俺はエザフォスに魔王という立ち位置を強要している。セラスにもだ。俺は、セラスが魔王になりたくないと言っても必ず全うして貰うつもりでいる。……それを、覚悟してるよ」
「それは――」
「オニロ、大丈夫。私もそれはわかってるから。パパがどう思ってるのかも、ちゃんと聞いた」
セラスが止める。それでもオニロは納得していない様子だったが、セラスは笑った。
「私も、背負わなきゃいけないと思ってるの。この力が――ここを、滅ぼしたから」
瓦礫だけになった村をじっと見据え、セラスが告げる。
オニロはハッと息を呑んで、目を逸らした。
「……私のほうが、パパよりもずっと魔王なんだよ。だから、ちゃんと考えないといけないって、やっと、わかった。私の力は、簡単に人を滅ぼすんだから」
風が吹く。そこには微かに風の精霊の気配が漂っていた。優しく、穏やかに、滅びた村を悼むように。
もしも――と、セラスは考えても詮無いことを考え続けてしまう。もしも自分が、もっと早くに自分の力を自覚していたら。自分の無知を、未熟さを、技量のなさを自覚していれば。そんな「たられば」を、一体どれだけ考えただろうか。
それもこれも、ここ数日のことだけれど。
「パパは、ずっと優しかったでしょ。生まれたときからずっと、誰かのために自分が苦しくても我慢するような人だった。私みたいなわがままは言わないし、世界を安定させるためだからって、本当はやりたくもないような支配者のフリを千年以上続けてて」
「……だからって、別に、セラスまでそれを背負う必要はないだろ」
オニロは言う。けれど、セラスは首を振った。
「私は……背負いたい」
「なんで……」
「だって、私が魔王になれば、パパはもう魔王をやらなくてよくなるじゃない」
セラスは笑った。笑って、オニロとラティオのほうへ振り返る。
オニロは言葉をなくしたままこちらをじっと見つめていて、ラティオは泣きそうな顔をして笑っていた。
「……エザフォスは嫌がりそうだけどな」
「かもね。でも、もうパパの順番は終わりにしようよ。今の私じゃ、すぐには無理だと思うけど……でも、勉強する。魔術も練習する。ちゃんと強くなれるようにするから。そうしたら――」
強く拳を握って、セラスは真っ直ぐ、村を見る。
「この村を滅ぼしたのも私だって、言うから」
オニロは俯き、その表情はもう見えない。
ゆっくりとラティオが歩み寄ってきた。そうしてその大きな手のひらを、セラスの頭にポンと乗せる。
「俺が手伝うよ。魔術の使い方や知識は、責任を持って君に叩き込む……君に責任を負わせる準備を、エザフォスにはさせたくないからね」
「うん……それと――」
――ドォン、と。
爆発音が響いたのは、その瞬間だった。
「な、なに!?」
地響きと、爆風。風の精霊たちが狂乱するようにざわめく気配。それをセラスは既に知っていた。地の精霊が土地を見捨て、水の精霊が背中を向け、火の精霊が激怒し暴走した、それは――
「精霊の結晶の気配……!」
「結晶を動力にした機械だ! セラス、父さん!」
「ああ、しかも、これは――」
爆風が収まり、土煙が落ち着きを取り戻す。
その向こう側には、巨大な甲冑が佇んでいた。
「なに、あれ……」
「王都所属の騎士団だよ。あの甲冑、紋章が入ってるだろう?」
ラティオが甲冑の胸元を指差す。それが騎士団のものなのかは、知識のないセラスには判断が出来ない。けれど、その甲冑の形にはなんとなく覚えがあった。
「そういえば、私がこの村をボロボロにしたとき、あの甲冑の人たち、いたかも……でも、もっと小さくなかった?」
「ああ、人間が着るにしては、ひとまわり大きい」
「……っていうか、父さん。なんでこんなところに騎士団がいるんだ?」
オニロの疑問の理由がわからず、セラスは首をかしげる。
「なんか変なことなの?」
「変だよ。だってここは、首都からずっと離れてる。騎士団にはそこまでの余裕がないからだと思うけど、騎士団は王都に近い場所か、シムラクルムやオゲーラみたいな主要都市じゃないといちいち護ってなんてくれないんだ」
「え? でも、前のときは、私が燃やした直後にいたよね、騎士団」
「……ああ、そうだ。クソ、なんで気づかなかったんだ」
ラティオは苛立ったように頭を掻きむしる。それはどういう意味なの――と、尋ねる時間はなかった。
甲冑が、セラスたちのほうに向き直る。その腕がゆっくりと持ち上がり、人差し指の先に穴が空いているのが見えて――
「セラス! オニロ! 伏せろ!」
ラティオが叫ぶ。言われるがまま、セラスとオニロはその場に伏せた。前に飛び出したラティオが手のひらを前に突きだして、魔力を集中させる。
「風の盾よ!」
風の精霊がラティオの前に集中し、盾となる。直後、甲冑から閃光が放たれた。
光が盾にぶつかる。
爆風。爆音。飛び散る火花。その全てを、ラティオの作った風の盾が受け止め、やがて消滅する。
「ちょっと、なに!? 今の、まるで、魔術みたいな……」
「兵器だ」
ラティオが呟く。
「兵器、って、なに……?」
「人間が今、開発してるんだよ。ただ――」
その言葉が終わる前に、甲冑から再び閃光が放たれた。ラティオの盾が防いではくれるものの、のんびりと話を聞いている場合ではない。
「とにかく、一度城に戻る! 話はそれからだ!」
「う、うん!」
閃光が収まったその瞬間、ラティオは風の盾を消した。そのままセラスを小脇に抱え、オニロの腕を引き、魔力を集中させる。
空間が歪むような感覚に、セラスはぎゅっと目を閉じる。
その直前に見た甲冑は、不気味な気配を身に纏ったまま、うっすらと光を放ちこちらをじっと、見据えていた。




