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【毎週金曜更新】魔王の娘、世界を統べる  作者: 木原梨花
第四章 火の章―相棒

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第31話 識る覚悟

 ――短い夢を見た。

 見慣れた部屋なのは、そこが魔王城のセラスの部屋だからだ。しかし、セラスの姿はどこにもない。

 代わりに、リーリエがベッドにいた。顔色は悪く、お腹が大きい。

 なら、あのお腹の中にセラスがいるのだろう。

 扉が開き、エザフォスがゆっくりと入ってくる。まるで、泣きそうな顔をして。対してリーリエは穏やかに微笑んでいる。

 横たわったまま起き上がらないリーリエの元にエザフォスが近づく。青白い頬にエザフォスがそっと触れた。何かを話しかけている。けれど顔が見えないし声も聞こえないから、エザフォスが何を言ったのかは全くわからなかった。

 代わりに、リーリエの表情は見える。

 ――だいじょうぶ。

 ……確かに口が、そう動いた。

 それがどういう意味で、どういう風にエザフォスに向けられた言葉なのかはわからない。ただ、決して明るい話をしているわけではないのだろうなということは伝わってきた。

 エザフォスがリーリエを抱き締める。両腕で、しっかりと。

 それに応えるように、リーリエの両腕もエザフォスの背中にしっかりと回された。


***


 フッと、目を覚ます。

「セラス! 目が覚めたか……?」

「オニロ……」

 身を乗り出してきたオニロを見てから、セラスは周囲を見回す。今度は、見慣れない部屋の中にセラスはいた。

 ベッドから起き上がろうとする。が、身体が重すぎて起き上がるどころか腕を上げることすらもできない。

「なにこれ、身体、重……」

「魔力を完全に使い果たしたせいよ」

 オニロの向こうから、ルビアも覗き込んできた。

「魔力を……?」

「そう。あなた、とんでもないことをしたじゃない。池の水を媒介にしたとはいえ、この土地にいない水の精霊を召還して、従わせて、雨を降らせるだなんて。おかげで火は一気に消えて助かったけど、持ってる魔力を全部空っぽにしちゃったでしょ」

「こいつ、まだ力の制御ができてないからなあ。全部ぶっ放すか使わないかのどっちかしか出来ない」

「そ、そこまで極端じゃないよ……! でも、今回のはどうしたって、一気にばーんってしなきゃダメだったから……」

 ごにょごにょと言い訳をすると、オニロもルビアも笑っていた。ただ、安堵したように笑っていてくれたから、セラスもまた、肩の力が抜けた。

「……ねえ、オニロ」

「ん?」

「私、ちゃんと、護れたんだよね……?」

「そうだな。まあ、精霊に燃やされた分はもうどうしようもないけど、それでも、全部が灰にならなかったのはお前のおかげだ」

「そっか。そっかあ……」

 セラスはなんとも言えない気持ちで天井を見つめる。この手で村を燃やしたことがある自分が、今度は燃える街を守り抜いた。だからといって、焼けた村が元に戻るわけではないのはわかっている。だからこそ、セラスは思う。

「……怖いね、魔王の力って」

 呟いた言葉に、オニロもルビアも何も言わない。否定も、肯定も。きっと、それこそが答えなのだ。

「ねえ、街は、大丈夫?」

「どうかな。ひとまず、街があんなことになったのは機械のせいだっていうのは理解できたみたい。でも、不良品だったからだと思っている人のほうが多そう」

「じゃあ、新しい機械を買ってくるとか、そういうこともあり得る……?」

「でしょうね。なにしろ、あれは温泉を汲み上げるために必要なものだから。今更不便だった頃に戻れるわけもないでしょうし」

「そう、だよね……」

「少なくとも、私たち魔族が街を燃やしたと思われなかったのはよかったわ。あなたが火を消してくれたおかげよ」

「とはいえ、あの後の街を見た感じだと、今度は魔族が必ず火を消してくれるもんだと思ってそうではあるんだよなあ……」

 オニロは呆れたようにため息を吐く。セラスも思わず笑ってしまった。

 何が原因で火事が起こって、誰がそれを落ち着かせて、これから何が起こる可能性があるのか。人間はその根っこにある精霊の存在がわからないから、ひとつも理解出来ないのだろう。でも、きっとそんなものなのだ。セラスだって、知らないことは知らないし、どうしたらいいのかもわからない。

 ただひとつだけ、気になっていることがある。

「本当に何も知らない人たちがいるのはわかるけどさ……機械を作った人たちも、精霊のこと知らないのかな」

 ずっと不思議に思っていたことだった。機械というのが人間の生活を便利にするものだというのはわかった。そのことに対して悪いことだとは思わない。たとえばローカ村で出会ったミリーの母親のように、それがなければ叶わなかった夢を叶えることができる装置でもあるのだ。それに、最初から精霊を怒らせるようなものでもなかった。精霊が怒り、姿を消したり暴走したりするようになったのは精霊の結晶を使った機械が現れてから――

「もしかしたらさ、機械を作った人たちは、精霊のこと知ってるんじゃないの?」

 セラスが告げると、オニロは嫌そうな顔をして頷いた。

「そうなんだよな……あんまり考えたくはなかったけど、あの結晶が何なのか、わかった上で動力にしてる人間がいる可能性はある」

「ラティオならこのこと知ってるのかな?」

「いや……多分、知らなかった。今は調べてるところかもしれない。俺が報告しなかったら、精霊の結晶を人間に使われてたなんて、気づかなかったんじゃないかな」

「ねえ、それって本当なの?」

 口を挟んだのはルビアだった。信じられないとばかりに首を振って、息を吐く。

「精霊の結晶で機械を動かして、そのせいで精霊を怒らせて……って、そんなことが世界中で起こっているなら、さすがにエザフォス様に気づかれてもおかしくないでしょう?」

「……あ」

 今まで思いもしなかった視点に、セラスは虚を突かれて目を見開く。セラスだって、精霊の暴走に気づくのはいつも街や村に入ってからだ。だからそれくらい近くまで行かなければ異変はわからないものだと思っていた。

 でも、エザフォスほど力が強く、使いこなすこともできるのだったら、魔王城にいるままでも気づけるのではないか。

「どうなんだろう……」

 セラスはオニロに視線を向ける。しかし、オニロは首を振り、肩をすくめただけで、何も言わなかった。

 魔王城の外に出て、色々なことを知った。体験もした。セラスのできることそのものも増えてきた。けれど、やはり一番肝心なことを、セラスは知らない。

 エザフォスが、一体どういう人なのか。

「ねえ、オニロ……オニロって、パパがどこで産まれたのか、知ってる?」

「知ってる。父さんと同じ集落の出身だからな」

「じゃあさ、連れてって。私、ちゃんと知らなきゃいけない気がする。パパのこと――魔王って、どういうものなのか」

 まだ身体は動かないが、それでも、気持ちだけは逸っていた。本当なら、今すぐにでも知りたい。自分が何もわかっていないという事実を、日に日に突きつけられるから。それに、少しでも早く知らなければならないとも思う。

 このままでは、世界中が壊れてなくなってしまうような気がするから。

「行くか。エザフォス様と父さんが生まれた集落に――トルメンタに」

「トルメンタ……」

 それが、魔王の生まれた場所。自分の内側に存在する、普通の魔力とは違う何か。それが始まった場所に行けば、もう少し何か、わかるかもしれない。

 それが何かはわからないが――

「でもその前に、まずはゆっくり魔力を回復させなさい。たくさん食べて、たくさん寝て」

 ルビアに頭を撫でられる。その手のひらは――

「……なんか、トゥルマリナに撫でられてるみたい……」

 そう呟いた次の瞬間には、セラスの意識はふうっと飛んで、眠りの底についていた。

 だからセラスは、その後のことはわからなかった。

「……ルビア。今気づいたことは――エザフォス様のことは、もう、何も言わないで欲しい」

 オニロがそう口にしたということは、知らないままだった。


***


 首都を隅々まで歩き回ったラティオとトゥルマリナは確信した。もはやこの土地には、本当にわずかも、精霊が残っていない。

「……理が完全に変わってしまってるな。これはさすがに、マズいかもしれない」

「ええ、そうね……」

 首都から離れる街道を歩きながら、ラティオはしかめ面で小さく唸る。

「しかも結局、兵器をどこで作っているのかはわからなかった。間違いなく、資材を運び込んでいる様子はあるのに」

「結界が張られてる?」

「厳密に言うと、結界『らしきもの』だろうけどね。ただ、精霊の結晶を利用しているなら、作れる可能性は十分にある」

「もう少し私たちが強ければ、見破れたんでしょうけど……」

「まあね。ただ、それだけ強力なものを人間が作っているっていう事実を知れただけでも収穫だ。だとしたら、調査の対象を変えればいい」

「どうやって?」

「兵器そのものを見つけるのが難しいなら、兵器を作っている人間の動向を探ればいいんだ」

 新たな作戦を頭の中に浮かべながら、しかし、ラティオの表情は晴れない。

「……これは、一部の人間と戦争になるかもしれないな」

 呟いた言葉は風に紛れて、虚しく霧散して消えていった――


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