第29話 傷を力に
街中に戻ったセラスが見たのは、轟々と燃える建物だった。
「……え?」
「な……んだ、これ……」
オニロも絶句する。見渡す限り炎の海。人間たちは逃げ惑い、そんな人々を――人間たちは気づいていないが――火の精霊が追い回し、炎を放つ。その炎が壁に当たり爆発し、建物は崩れ、炎に包まれる。それがあちらこちらで同時多発的に発生し、人間たちは逃げ場を失ってその場に崩れ落ちる。
まるで地獄だった。だが、その地獄をセラスは知っていた。
――上空から見せつけられた、炎の海。
……セラス自身の暴走により、焼かれた村。
忘れかけていた自分の罪が、雪崩のように押し寄せてくる。
耳に残る悲鳴が、目の前で響く音と重なって脳内がかき回されるような感覚に陥って――セラスはその場に膝を突いた。
「セラス!?」
「……村、が……」
「え?」
「焼けたの、村が。私の、せいで……」
「……ああ」
オニロは小さく息を吐き、頷いた。あの日の光景を見せに連れて行ったのはラティオだ。いい加減に現実を見ろ、と。焼け焦げ、血を流し、絶望に暮れる人々の様子を突きつけてきた。セラスだけを連れて、自分の力がどんな結末をもたらすかを見せるために。
その場にオニロはいなかった。それでも彼だって何をしに行ったのかは聞いているだろうし、きっとオニロなら、想像できてしまうはずだ。
瞼の裏にあの日の惨状が甦る。呼吸がうまく出来なくなってきた。視界がチカチカして、目の前がクラクラして――崩れ落ちそうになる。
「落ち着け、セラス」
倒れる直前。オニロの腕がセラスを抱える。顔を地面にぶつける直前でかろうじて引き上げられて、ハッとした。急に視界が明瞭になって――再び、オゲーラの街が燃えているのが目に入る。
「……ここは、お前が燃やした村じゃない」
その言葉に、セラスは振り返る。炎は激しく燃えている。あちこちで爆発が起こり、石造りの頑丈な建物も冗談のように崩れ去り、嘆き、怒り、狂乱、あらゆる感情が飛び交い、混乱が起こり、そして――
――オ……ォォォ……オォ……ォォォ……オオオオ……!
不気味に響く怨嗟の呻き。そこに生の気配はない。これは――死した後にその命を蹂躙された精霊たちの悲鳴だ。
その呻きに呼応するように、再び爆発が起こる。
「精霊たちが怒ってる……!」
「火の精霊は気性が荒いからな。けど、急にこんな勢いで暴走するなんて……」
――オ……ォォォ……オォ……ォォォ……オオオオ……!
再び呻きが駆け抜けて行く。その数は、ひとつではなかった。あちらこちらから、無数の声が入り乱れるように聞こえてくる。
「……もしかして」
セラスはハッとして、近くにいた人間の腕を掴む。
「ねえ、今日、街で何か特別なことやった!?」
「と、特別なこと……?」
「機械をいっぱい使ったとか、そういうこと!」
「あ、ああ……今日は、湯田の汲み上げの実演があったんだよ。こんなでっかい機械を四台置いて、一気にぐおーって温泉を汲み上げられるって。首都から仕入れた道具のお披露目会だったんだ」
「……やっぱり」
セラスが息を吐いた瞬間、再び爆発が起こる。ひいっ! と悲鳴を上げて人間は逃げ去っていった。爆風に乗って瓦礫が舞ってくる。オニロがセラスの腕をつかみ、崩れた建物の裏側に引き込んだ。
瓦礫から身を守りながら、セラスはひとつ大きく息を吐いた。
「めちゃくちゃ大きい機械を動かそうとしたら、それだけ大きな結晶が必要になるよね?」
「ああ。じゃなかったら数を多くするかだろうけど……どっちにしても、原因はその機械だな」
「精霊の結晶を大量に使って、火の精霊をものすごい怒らせて……ああもう! なんで人間はこんなことするのよ!」
「知らないからだろ。結晶が何なのかも、精霊がどういうものかも」
「でもさ、魔族は精霊や人間のこと研究してたんでしょ!? なのに、なんで人間は魔族や精霊のことを研究しなかったわけ!?」
「それは――」
と言いかけて、オニロは首をかしげる。確かに……、と。不思議そうに首をかしげた。
だが、そんなことを呑気に考えている場合ではない。
――再び、爆発。その爆風に乗って、声が聞こえる。
「鎮まりなさい、火の精霊!」
「ッ! ルビアの声だ!」
オニロと顔を見合わせ、セラスは急いで駆けだした。精霊の気配とルビアの魔力がぶつかる場所へ、逃げ惑う人間をかきわけながら、とにかく、早く――
「ルビア!」
ようやくその場所に辿り着いたときには、ルビアは顔は煤まみれでところどころ火傷までして、ふらふらの状態でそこに立っていた。
肩で息をしながらルビアが振り返る。
「あなたたち! ついてきちゃったの!?」
「そりゃ、あんな風に出てったら追いかけるに決まってるだろ」
オニロがルビアに駆け寄り、火傷の痕に手をかざす。
「癒しの風よ――」
魔力を注ぐと同時に、その傷がすうっと消えて行く。ルビアは目を見開いた。
「あなたも回復魔術が使えるの?」
「擦り傷を治す程度のだったら。俺はどこでも精霊を呼べるわけじゃないから、父さんみたいなことは出来ないよ」
「それでも、助かるわ。この状態じゃ精霊を鎮めるのにどれだけかかるか……」
「っていうか、無理じゃないのこれ!? だって、ここを治めてもすぐ別の場所で暴走するから……!」
「忌々しいけどその通りなのよね。一気に抑えられるならいいんだけど――ッ!」
――オ……ォォォ……オォ……ォォォ……オオオオ……!
怨嗟が暴風のように押し寄せてくる。同時に、まるで火山が噴火するように爆発が起こる。地割れが起き、建物が崩れ、それが――
「ルビア、危ない!」
「――ッ!!」
ルビアの頭上に、瓦礫が降り注ぐ。大きな塊が、いくつも、いくつも、いくつも――
――そのままルビアが押しつぶされそうになってセラスは咄嗟に――
「やめてよ!!」
叫んだ。
自分の魔力を全て、勢いよく、何も考えずに放出して。
それは衝撃波となって空気を震わせ迫り来る瓦礫を押し流しルビアの周囲から消滅させる。いや、それだけではない。
――オ……ォ……オォ……ォ…………ォ………………
怨嗟の念が、まるで浄化されるように、消える。
暴れ狂っていた火の精霊たちも、一瞬にして大人しくなり、セラスの周囲にひれ伏すように集まってくる。
「え……なに……?」
困惑するセラスに、倒れ込んでいたルビアが呟いた。
「魔王の力……」
――魔王。
その言葉に、セラスは一瞬息が止まった。魔王。魔族の中で唯一四大精霊全てを従えることのできる、特別な魔力の持ち主。通常は御することのできないはずの闇の精霊さえも召喚し、取り込んでしまうほどの存在。
その力が、今、セラスが無意識に放ったものだというのだろうか。
自分の両手をじっと見つめ、セラスは浅く呼吸を繰り返す。俄には信じがたい。だが、否定するには今起こった出来事が、非現実的すぎる。
「……ねえ、オニロ」
「なんだ?」
「魔王って……もしかして、ただ魔力が強いだけじゃなくて、もっと特別な力があったりするの……?」
セラスは尋ねる。だが、オニロは首を横に振った。
「わからない。だって、その力を持ってるのはエザフォス様とお前だけなんだから。知るわけないだろ」
「……そう」
人間が精霊を知らないように、魔族であっても――それがオニロであっても、魔王の力のことは知らない。
だが、今セラスが放ったものは、普通の魔術ではなかった。いや、魔術ですらなかった。もっと本能的な――自分の内側からあふれ出てくる、特別な何かだった。
もしもこれを、自分の意志で引き出せるのだとしたら。
「オニロ、お願いがあるの」
「なに?」
「今、わーってやったやつ、私、もう一回やりたい」
「……って、言われても、俺にはやり方はわからないぞ?」
「それはいい! 私、なんとか自分で見つけるから。でも、見つけられるかわからないから、その間に、また火の精霊が暴走するかもしれないから……」
自分でも考えていることを整理できない。何を言っているのかも、グルグルと回ってしまってはっきりしない。
それでも一つだけ、オニロに言えることがあった。
「私が集中できるように、私のこと、護って!」
オニロを真っ直ぐに見据えて、セラスは言った。彼にだったら、背中を預けられるから。彼だったらきっと、どうにかしてくれるから。だから、必死でオニロに縋る。
そんなセラスに、一瞬驚いたように目を見開いてから、オニロは柔らかく口角を上げた。
「任せろ。お前の背中は、俺が守ってやる。だからお前はとにかくさっきのをやってみろ」
「……ッ! うん!」
セラスを背にして、オニロが立つ。あちらこちらで爆発が起こるし、怨嗟の呻きも聞こえてくる。
それでも、セラスはその全てから意識を遠ざけ、自分の身体の内側だけに集中した。
あとのことは、オニロが全部、どうにかしてくれるから。
セラスはゆっくり、深呼吸した――




