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【毎週金曜更新】魔王の娘、世界を統べる  作者: 木原梨花
第四章 火の章―相棒

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第27話 あの日、苛烈な恋を 前編

 トゥルマリナは、この近隣では初めて生まれた二属性の魔力を持つ魔族だった。人間からは少しでも魔力を持って魔術を使えば恐ろしい兵器のようなものだと思われ恐れられるが、本来ひとつしか持たないはずの魔力を複数持つ者は、魔族の中でさえ恐れられる。トゥルマリナが産まれたときにはその魔力の大きさに母親が耐えきれずに産んですぐに死亡、父親も幼いトゥルマリナを制御しきれずに疲弊して同じように死に――残された姉と二人で暮らすしかなかった。

 火の精霊と地の精霊。この二つは相性がいい。火の精霊の住まう土地にはだいたい火山が分布していて、火山には岩肌や溶岩がある。だからトゥルマリナはこの土地で暮らすことは好きだった。それでも、自分をどう扱ったらいいのかわからずに戸惑う姉との生活は、心地いいものではなかった。

 そんなときに現れたのが、自分と同じように二つの属性を身に宿した男――ラティオだった。

「あはは……ごめんね、突然目の前に転移してきたら驚いて当然だ」

 思わず攻撃魔術を放ってしまったトゥルマリナを前に、ラティオは平然と笑っている。若干火傷をしているが、ただそれだけ。命に別状はなく、魔力が乱れた様子もない。

 ――その事実が、トゥルマリナを慄かせる。

「ラティオ……って、言ったわね、あなた」

 わずかに距離を取りながら、トゥルマリナは尋ねる。実際のところは名前などどうでもよかった。ただ、目の前にいるこの男が、トゥルマリナの魔術を真正面から受けても命を落とさなかったこと、そして、空間転移の魔術を使えるということが、恐ろしいのだ。火の精霊が守護するこの地域で、トゥルマリナよりも強い魔族は存在しない。それに、精密な制御を必要とする空間転移は相当に魔力があり、なおかつ熟練の魔族でなければ使いこなすことはできない。どちらの側面から見ても、目の前にいる男は一瞬でも気を抜けば殺されるかもしれない強い魔族という結論が導かれる。

 だからトゥルマリナは一瞬たりとも気を抜かず、眼前の男を睨め付ける。

「一体何が目的でこの土地に来たの?」

「目的か……まあ、最終的な目的は、この地にも秩序をもたらすためにエザフォスの管理下に入ってもらうっていうことなんだけど」

「エザフォス……魔王の!?」

「あはは、もうそんな風に呼ばれてるんだ? まあ、三百年もかけてあちこちに圧をかけてたらそうなるか……」

「……この土地を滅ぼす気?」

「まさか。逆だよ。混沌とした世界をある程度の恐怖で押さえ込んで、争いをなくすことが俺たちの目的。ただ――」

「……ただ?」

 ラティオは人好きのする笑みを浮かべ、ゆったりと歩いてくる。致命傷には至っていないとはいえ、火傷はそれなりに痛いはずだ。だというのにまるで気にしていないかのように――それよりも、何かを狙っているかのような表情で。

 そうしてトゥルマリナの前までやってくると、彼は平然と言い放った。

「君に惚れた」

「……は?」

 ――その日から、ラティオは何度もトゥルマリナの前に現れるようになった。


***


「君は、産まれて百年くらいって言ったっけ、トゥルマリナ」

 当たり前のように現れたラティオは、なぜか目の前でお茶を入れ、お菓子の用意をしている。その様子を半ば呆れながら見据えつつ、トゥルマリナは頷いた。

「ええそうよ。それがなに?」

「いや、だとすると今よりも混沌としていた時代のことは知らないかな、と思って」

「まあ……そうね。私が生まれた頃にはもうあなたたちが大暴れしていたから。昔は違っていたのでしょう?」

「うん。今もまあ、あっちこっちで争いはあるけど、昔はもっと酷かった。どいつもこいつも縄張り争いで殺し合っててさ。人間同士も、魔族同志も、人間と魔族も。まあ、村すらない、集落くらいしかないような時代の話だけど」

「それが嫌になって、力で支配しようとしているということ?」

「そう。エザフォスくらいの圧倒的な力があれば、世界中の全ての生きとし生けるものを――人間も魔族も精霊もひっくるめて、自分の前に跪かせることができる」

「そうかもしれないけれど……それでいいわけ?」

 訝しみながら尋ねると、ラティオは不思議そうに首をかしげた。

「いいわけ、っていうのは?」

「力でねじ伏せようとしたって、いつか反発が起こるでしょ。頭を押さえつけられたら、反感を買うし恨みも買う。いつかそれが爆発して命を狙われることだってあるはずよ」

「そうだね。それを狙っているんだから」

「……どういうこと?」

 憎まれることを狙っている、などと。はっきり言って、彼らの意図することがまったく理解できない。エザフォスに遭遇したことはないが、その力の恐ろしさはオゲーラにまで届いている。それほどの力を持つ者ならば、命を狙われたところであっさりとひねり潰せるのかもしれない。だが、いつ寝首を掻かれるかわからないような生活を、魔族の長い人生の中で繰り返し続けるなどということは、少なくともトゥルマリナには耐えられるとは思えない。

 それでもラティオは、穏やかに微笑んで語る。

「世界が混沌としていたのは、誰を信じて誰に敵意を向ければいいか、誰にもわからなかったからだ。けど、魔王という倒すべき相手がはっきりしていれば、少なくともそれ以外の連中と争う必然性はなくなる。むしろ仲良くして、平穏に過ごしたほうが魔王を討伐するための力を蓄えられる」

「……的になろうと言うの?」

「そういうことだよ。名案だろ?」

「どこがよ。愚か者じゃない。自分の命をそんな風に使うなんて……」

「力を持って生まれてきた者の定めだ――とか、エザフォスは言ってたよ。まあ実際、俺たちが産まれた集落では、エザフォスは畏怖の対象だった。みんなあいつを怖がって、近づこうともしなかったよ」

 トゥルマリナは呼吸を乱す。力を持っているからこそ、恐れられ、遠巻きにされる。それはトゥルマリナも同じだ。望んで力を持っているわけでもないのに、産まれただけで両親の命を奪い、姉からも受け入れてはもらえない。オゲーラに住む他の魔族も、人間もそうだ。誰もがトゥルマリナに怯え――しかし、気づく。

 全員がトゥルマリナに怯えているおかげで、オゲーラの周辺で暮らす人間と魔族はあまり争っていない。

「……なるほど。そういえば、確かにそうだわ。みんな私だけに怯えて、お互いのことはさほど気に留めてもいない。共通の敵がいれば争いは収まるのね」

 トゥルマリナが呟けば、ラティオは申し訳なさそうに頷いた。なんであんたがそんな顔をするのよ――と。口を開こうとしたがその直前、ラティオが身を乗り出してくる。

「でも、俺は君を怖いとは思わないよ。むしろ魅力的だと思う」

「……またはじまった」

 はぁ、と。トゥルマリナは盛大にため息をこぼした。ラティオはいつもそうだ。最初は真面目な話をするのに、途中からはこうして口説いてくる。エザフォスの覚悟だとか、その傍らに寄り添うことを決めたラティオの思いだとか。そういう話をしていた流れのまま、軟派に口説き始めるのだ。

「あなたって、結局真面目なのかクズ男なのか、どっちなの?」

「常にいたって真面目だよ。君のことだって真面目に惚れて、真面目に口説いてる」

「嘘ばっかり……」

「本当だって。……って、口で言っても伝わらないとは思うけど」

「……伝わらないわよ。私がどういう魔族か、知ったらどうせ逃げ出すってわかっているもの」

「どういう意味?」

 柔らかく微笑みながら、ラティオはじっとこちらを見つめる。まるで何を言っても受け入れてもらえそうな気がしてしまって――そんなはずはない、と、トゥルマリナは心を落ち着ける。受け入れてもらえるはずがない。どうしてトゥルマリナが姉からでさえ距離を置かれるのか、彼はまだ知らないだけだ。

 だから彼を睨み付けて、言ってやった。

「私の血は、毒なのよ」

「……毒?」

「そう。魔力が強すぎてドロドロで、万一私の血を浴びればたちまち命を落とす。だからみんな私から距離を置くの。肉親の、姉でさえ」

「へえ、毒か。なるほど、だから君は一人で過ごすようにしていたんだね」

「そういうことよ。だからあなたもこれ以上は私に近づかないで――」

「だからなに?」

「……え?」

 想像もしなかった反応に、トゥルマリナは戸惑う。目の前にいる存在が、毒を持っている。それも、意図せずとも触れてしまえば死に至るような毒なのだ。その存在を知ったら、誰だって怯えて離れて行く――少なくとも今まではそうだった。

 なのにラティオは、平然としたまま微笑んでいる。だからなに? と。これ以上の感想などないとばかりに。

 彼は穏やかに笑って、紅茶を口に運んだ。

「今のが最大級の脅しなんだとしたら、俺にとってはなんの意味もなさないことだよ」

「どういうこと?」

「俺はね、エザフォスと同じ集落で生まれて、ほとんど一緒に育ってきた。だからずっとあいつと比較され続けて、弱い、って言われてたんだ」

「……それこそ、だからなに? だわ。魔王は四属性なんて非常識な力を持っているけれど、あなただって二属性持ちでしょう?」

「それでも、あいつと並べたら弱い。ただ、あいつよりも圧倒的に優れている部分もあるんだ」

 そう言うと、ラティオは懐からナイフを取り出す。それを自らの腕に押し当て――一気に、皮膚を切り裂いた。

「ちょっと、何を――」

「癒しの風よ」

 驚いたトゥルマリナが慌てて立ち上がると同時に、ラティオは魔術を使う。ついさっきまで無風だったのに、唐突に風が吹き、この付近にはいないはずの風の精霊の気配が漂い――ラティオの傷を、あっという間に塞いでいく。

 あっけにとられて言葉を失っていると、彼は口説いていたときと同じ顔で笑った。

「俺は世界中のどこででも、風の精霊を呼ぶことができる。そして、どんな傷さえも治すことができる。まあ、病気は治せないから万能というわけではないけど――毒だったら、外傷と同じ扱いだ」

「……何を言っているの?」

「試してみない? 俺のこと」

 ラティオはそう言って、ナイフをこちらに差し出した。

「君の血を一滴、俺に飲ませてよ」

 ――ザアッ、と。激しい風が、トゥルマリナの髪を揺らした。


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