第26話 血縁
銀色の長い髪をひとつに束ねた背の高い女性――トゥルマリナの魔力によく似た気配を感じさせるその女性は、暴走する火の精霊の前に立ちはだかって片手で狙いを定めている。
周囲には怯え、困惑する人間たちが遠巻きにその光景を眺めてた。恐らくだが、護られているということは理解しているはずだ。しかし、人間たちの目に浮かぶのは恐怖と嫌悪。その光景に、胸の奥がザワザワする。
黒焦げになった機械からは、精霊の結晶の気配がする。ローカ村でも精霊の結晶を使った機械のせいで精霊がいなくなり、事故が起こるということがあった。ということは、今回も似たようなことがあったというのはセラスでも想像ができた。
「あなたたちの言いたいことはよくわかるわ。でも、鎮まりなさい」
銀髪の女性が静かに告げると、まばゆいばかりの光が勢いよく放たれる。周囲から悲鳴が上がった。セラスもオニロも咄嗟に顔を覆って光を避ける。
――感じる力は、やはり、トゥルマリナと同じ気配。荒々しい火属性の魔術。凛として力強い、屈折したところのない、真っ直ぐな魔術。
徐々に光が収まっていく。光量が落ちるのに伴って、荒れていた火の精霊たちも落ち着きを取り戻していった。ショックを与えることで正気に戻したということなのだろう。少なくとも、しばらくは暴走することはないだろう。
セラスは息を吐き力を抜く。だが野次馬の人間たちは、銀髪の女性が振り返ると怯えたような悲鳴が上がる。
「ま、魔族だ……」
「でもパパ、あのお姉さん、爆発止めてくれた?」
「あんなもの自分で暴走させているに決まってるだろ!」
「もう今週に入ってから何回目よ!」
「何もないところで爆発なんて、魔族の仕業じゃなかったらなんで起こるんだよ!」
人間たちは口々に好き放題騒いで逃げるように去って行く。取り巻いていた人間たちは、セラスとオニロを残してあっという間に消え去った。
「は……はああああ!? なんなのあいつら! 助けてもらったくせに! だいたい爆発が起きたのって――」
「落ち着け、黙れって、今ここでは!」
オニロに強引に口を塞がれ、セラスは慌てて言葉を飲み込む。幸い、人間たちは逃げ去った後で聞かれた様子はなかったが――
「あなたたち……と、いうか、そっちの男の子」
声をかけられ、セラスとオニロは身を固くする。そういえば、魔族の女性がいたことを忘れていた。だが、ちょうどいい。
セラスはオニロの手を振り払い、振り返る。オニロもまた、恐る恐る慎重に立ち上がり、振り向いた。
銀髪の女性は、紅い瞳をしていた。
「……トゥルマリナと同じだ」
思わずセラスが呟くと、彼女は「やっぱり」と言って近づいてくる。
「君、もしかして……トゥルマリナの息子?」
「っていうことは、あなたはもしかして、母さんの――」
驚きを隠せない様子で言ったオニロに、その女性はどこか優しげな目をして笑った。
「私はルビア、トゥルマリナの姉よ」
***
街から少し離れた丘の上に、ルビアの家はあった。見下ろせば街全体が見渡せる。石造りの建物が多く、ところどころに湯田があるのが見て取れる。オゲーラはもともと温泉を目的にやってくる観光客が多く、他にも熱をエネルギーとした機械が開発されてきたのだとルビアは言った。
「元々は温泉を汲み上げるために人間たちが作ったの。熱に反応する鉱石があるんだけど、それと温泉の熱を組み合わせて、水源近くだけで使われていた。それがこの街に名物をもたらして発展していったという感じね」
ルビアが入れてくれたお茶を飲みながら聞いたその話に、セラスは首をかしげる。
「そんな昔から機械があったのに、精霊たちは怒らなかったの?」
「……どういう意味?」
セラスの質問に、ルビアが逆に質問を返す。二人揃って首をかしげていると、苦笑しながらオニロが補足してくれた。
「ここに来るまでに、地の精霊が治めるローカ村と、水の精霊が治めるシムラクルムやジュピア村のあたりに立ち寄ってきたんだ。そこでは精霊の結晶を使った機械があって、その機械を嫌がった精霊たちは土地を見捨てて立ち去ってた……だからここではどうなんだろう、っていう疑問だよ」
「ああ、なるほどね。そういう意味だったら、精霊の結晶を使った機械が街に入ってきたのが二年前だから……っていうことになるかしら」
「え、じゃあ、機械そのものがダメなんじゃなくて――」
「精霊の結晶を動力源にしていることに精霊は怒っている、っていうことだな」
「そうなるでしょうね。で、土地を見捨てた地の精霊や水の精霊と反応が違うのは、火の精霊たちの性格上、っていうところかな」
苦笑いしながら、ルビアは指先を掲げ、魔術で火を灯す。その周囲には火の精霊の気配があるが――確かに、触れたら殺す、とでも言わんばかりの気迫がわずかに感じられた。
「火の精霊はとにかく気が強いの。だから静かに人間を見捨てるなんてしてくれないんでしょうね」
「なるほど……さっきも突然機械が爆発したように人間には見えてるけど、実際には怒った火の精霊が攻撃したから、っていうわけか」
「そういうことね。オニロ、あなた随分賢いじゃない。……やっぱり、本当にラティオの息子なのね」
と、ルビアは唐突に砕けた空気になり、盛大にため息を吐く。その様子に、セラスとオニロは顔を見合わせた。
ルビアはトゥルマリナの姉だと名乗った。けれど、そんな人がいるということをセラスは全く知らなかった。トゥルマリナがこの街で生まれたということを知っているオニロでさえ、まさか家族がいたなんて、と驚いていたくらいだ。
だが、彼女の魔力の気配は明らかにトゥルマリナと共通している。そして、オニロともどこか似通っていた。だから血縁だということは間違いないのだろうが。
オニロは複雑そうな表情をして苦笑いする。
「ルビアさんは――」
「呼び捨てでいいわよ。千五百歳くらい離れてるけど、伯母と甥なんだから」
「じゃあ、ルビア。その……父さんと母さん――ラティオとトゥルマリナって、なんかヤバいことやらかしてこの街出ていったとか?」
尋ねたオニロに対して、ルビアはスッと目を逸らした。明らかに何かをやらかして出て行った、という様子だ。
「……ごめん。あんまり聞かないほうがいいことなら――」
「いや、いいんじゃないのかな。息子に話すようなことかっていうのはあるけど、全部知られて気まずい思いをすればいいのよ、トゥルマリナも、ラティオも」
「なんか、厳しいね?」
セラスが首をかしげると、ルビアは肩を揺すって笑った。
「そりゃね。もー、無茶苦茶なもの見せつけて街を出て行ったんだから。千百年前、まだ魔王が世界を統一する前のことよ」
「パパが魔王じゃなかった頃、っていうこと?」
「そうなるわね。まあ、千百年前だと、もう半分くらいは支配してたけど」
懐かしそうに目を細め、ルビアは窓の外に視線を向ける。まるで、過去の姿がそこにあるかのように。
「世界がぐっちゃぐちゃで、あっちこっちで戦争をしているような時代に私は生まれたの。ちょうど、魔王やラティオと同じくらいの頃ね。私は火属性しか使えないし、大して強いわけでもない。でも、この土地とは相性がよかったから、両親と一緒にこの辺りのもめ事を治めながら生きてきたの」
「戦争しに行ったりはしなかったんだ?」
「そういうことする魔族も人間もいたけどね、本当は戦いたくなんかないのよ。昔はこの辺はただ暑いだけで暮らしにくかったし、手の届く範囲を護っておけばそんなに襲われるようなこともなかった。それでも大変なのは変わらなくて……両親が怪我をして、長くは持たないかも、ってなった頃に、自分たちの血を残そうとしてもう一人子どもを産んだのよ。それがトゥルマリナね」
「親の都合で子どもを産んだの?」
驚くセラスに、オニロは苦い顔をする。
「魔族は割とそういうタイプが多いよ。なんせ、寿命がめちゃくちゃ長いから。何か理由がないと産むのを躊躇うんだってさ」
「へえ……」
「まあ、そんな感じで都合で産んだのはいいものの、トゥルマリナが想像以上に魔力の強い子として生まれちゃって。両親はそのまま死んじゃったから、残されたのは私とトゥルマリナの二人だけで、自分より強い子なんてどうやって面倒見たらいいかわかんなくて……まあ、あんまり仲良くなかったのよね」
「母さん、気が強いしなあ……」
「でも、ラティオにはなんだかんだで甘えるでしょう?」
「あー、それはあるかも。まあ、基本的には父さんが尻に敷かれてる感じだけど」
「でしょうね。先に惚れたのはラティオの方なんだから」
「そうなの!?」
セラスは思わず身を乗り出す。逆にオニロは「うわあ」と呟いて身を引いた。その両方の反応をおかしそうに笑いながら、そうよ、とルビアは頷く。
「ちょうど手分けして世界を見て回っているときだったみたいで、ラティオはこの街にひとりで現れたの。で、トゥルマリナに侵入者と勘違いされて攻撃を受けて――なんでか知らないけど、それで一目惚れしたらしいのよね」
クスクスと笑いながら、ルビアは目を細める。
そうして彼女が語り始めたのは、ラティオとトゥルマリナの出会いの物語だった。




