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【毎週金曜更新】魔王の娘、世界を統べる  作者: 木原梨花
第四章 火の章―相棒

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第25話 炎の大地

 魔王城を世界の起点として考えると、首都は魔王城から最も遠い位置にある。かつて混沌としていた世界を力と恐怖で統率したのが魔王・エザフォス。その魔王が居城として選んだのが、人間が住むには過酷すぎる土地――闇の精霊が守護する土地だった。だから人間たちの代表となった者はそこから最も遠い土地を拠点に選び、人間の秩序で人間たちを纏めるようになった。

 それがこの首都だ。

「……しばらく来ないうちに、随分と変わったのね」

 声を潜めてトゥルマリナが呟く。その意見に関しては、ラティオも同感だった。首都から少し離れた場所に転移して、そこからゆっくりと様子を見つつ歩いてきたが、どこにもかしこにも機械があり、駆動している。恐らくそのほとんどはまだ石炭を動力とするもののようだが、それでもそこかしこから不協和音のように精霊の結晶が潰れる気配が漂っていた。

「パッと見た限りでは、完全に生活の一部になっているっていう感じだな。まあ、あれば便利なのはよくわかるんだけどな」

「水を清潔にして、火を起こし、高い土壁を作ることができる……まあ、これだけ出来るようになったんだから、他と比べて人が集まってくる理由も理解はできるものね」

「まあ、とはいえ、っていうところはあるけど――」

 ラティオは嘆息し、宿の前で立ち止まる。今日のところは一旦ここに泊まって、もうしばらく調査を続ける算段だった。

 人間の夫婦が旅行で立ち寄った、と装えるような高級な宿の一室に、ラティオとトゥルマリナは腰を落ち着ける。しかし、気持ちのほうは全く落ち着かない。

 この土地には、精霊の気配がほとんどないのだ。

「いつからこんなことになっていたのかしら」

 トゥルマリナも疲れ果てたようにため息を吐く。精霊の気配がしない土地で魔族が暮らす事は相当な負担になる。人間と魔族を比較したときの大きな違いは魔力を持っているかいないか。その魔力の供給は精霊から行われているようなものだ。だから精霊が近くにいなければ、必然的に自らの体力をただ削り続けることと等しくなってしまうのだ。

 エザフォスやセラスであればあるいは、精霊がいなくとも生活できるのかもしれないが――それを確認してもらうには、どちらかを連れて来なければならなくなる。それはリスクが大きすぎた。

「首都以外の土地で精霊の結晶を使った機械が見られるようになったというのが、現時点の調査によればおよそ二年前。ということは、首都ではその数年前には開発されて、使われるようになっていったと考えられるんじゃないかな」

「そういえば、ローカ村の炭鉱で事故が起きたのが一年くらい前だったわよね?」

「うん。それより更に一年くらい前には炭鉱に機械が導入されたらしいから……となると、精霊がその土地を見捨てるまでにかかる時間は一年くらい、っていうところか」

「それでローカ村の事故に繋がった……というのは、理解できるわ。でも、じゃあ首都はどうしてなんともないの?」

「それなんだよねえ……」

 ラティオは苦い顔で肩をすくめる。それに関しては、首都をぐるりと歩き回ったことでだいたい目星がついていた。ただ、あまり認めたくない事実でもある。

「……機械さえあれば、精霊が存在しなくても人間は生きて行けるんだよ」

「え……?」

「首都を見てわかっただろう? 今のこの土地で機械を使っていない場所はない。そういう土地で、人間は平気で生きている。むしろ昔よりも便利になって、活き活きとしているくらいだ」

「なら……人間には、精霊は必要ない?」

「土地を護ることさえ機械が担ってくれるんだから、そのとおり、っていうのが結論だ」

 トゥルマリナが考え込む。魔族としては、当然だろう。

 人間が暮らしやすい場所ができる。それはもちろん結構なことだ。ただしそれが、争いを招いたりしなければ、の話だが。

「……やっぱり、早く見つけたいね。人間が作っている兵器がどこにあるのか」

「そうね。もしもその兵器が、争いのために使われたら――」

 世界は再び、混沌の中に落ちてしまう。その頃の惨状を人間は既に知らないからこそ、恐らく彼らは容易に引き金を引けてしまう。最悪な状況ばかり想像するのもいかがなものかとは思いつつも、悪い方向に想定してその要因を潰していくのはラティオの昔からの性分だった。だから――

 ――コンコン。

 窓ガラスを叩く音がして、ラティオは思考をふと止めた。

 窓際に、小鳥が止まっている。

「あれ、オニロ?」

 それはオニロが定期連絡で寄越している魔術の小鳥だった。だが、連絡は魔王城にいるエザフォスにしてもらようにしていたはずなのだが。

 ラティオは訝しみながらも窓を開けた。すると舞い込んできた小鳥がパッと一枚のメモに姿を変える。トゥルマリナもまた寄ってきて、そのメモを覗き込み――硬直した。

《ジュピア村でリーリエ様の遺言をセラスが知った。けど「あのこと」はまだセラスは知らない。言わなきゃいけないタイミングがあるなら父さんたちに任せる》

 と、ここまではいい。問題はその先だった。

《で、父さんや母さんのことも気になってきたから、二人の過去も曝いてくるから、覚悟しといて》

「う、うわぁ……」

 ラティオは思わず頭を抱えてしゃがみ込む。トゥルマリナもまた落ち着きなく頭を掻いていた。

「曝いてくるって……あの子、何考えてるのよ!」

「ジュピア村から移動したなら、今はオゲーラに向かってるところか……?」

「嘘でしょ!? 本当に私の過去を曝く気……!?」

 青ざめるトゥルマリナに、ラティオが言えることは何もなかった。彼女にしても、自分にしても。息子や息子の友人に知られるにはあまりにも痛い話しかないが――

「……まあ、いつかはそういう日が来るよなあ」

 諦観と共に呟くことしか、ラティオには出来ないのだった。


***


 馬車から降り立った瞬間、吹き付ける熱風にセラスは思わず息を呑んだ。

「うわ、あっつ……!」

 街に来る途中から、じんわりと汗を掻いているのはわかっていた。しかし吹き付けてくる熱風は呼吸すら躊躇ってしまうほどで、こんな気候の場所に来るのは産まれて初めてのことなのだ。世界は広い、ということの意味を、身をもって感じる。

「ここだよね、オゲーラって」

「ああ。火の精霊が守護する地域なんだが……」

「うえー、こんな暑いのって、火の精霊の地域だから?」

「いや、他よりも多少熱いとは聞いてるけど、ここまで酷いとは……」

 オニロは汗を拭いながら息を吐く。それは周囲を歩いている人たちも同じのようだった。セラスたちと一緒に馬車から降りてきた中には上着を脱ぎ始めた人もいる。ダラダラと流れる汗を拭いながら、灼熱地獄のような街を歩いて行く。

 石畳の街は緑も少なく、しかし、ローカ村のように荒廃した雰囲気はない。人口もそれなりに多いのかひっきりなしに人が行き交い、ただ、不思議な匂いが漂っている。

「ねえ、この匂いなに?」

「硫黄だよ。この辺は火山が近くにあって、そのおかげで温泉も湧いてる。で、その温泉には硫黄が混ざってて、この独特な匂いが充満してるっていうところだな」

「へえ……まあ、嫌じゃないけど、一生かいでたら変になりそう」

「確かに、俺もそこまで得意じゃないなあ」

 苦笑いをしながら、オニロは周囲を見回していた。行き交う人々、建物、商店で売っているもの――家の中にある、機械。

「……やっぱりあるね、機械」

「ああ。シムラクルムと同じくらいの規模っていう感じだな。街の大きさも同じ感じだし」

「けど、火の精霊の気配は結構あるよね」

「そうなんだよな。元々このくらいなのか、それとも減ったのか、それはわからないけど――」

 と、小声で話していた、そのときだった。

 ――ドォォォォォン!

 地響きと共に爆発音が轟いて、人々が一斉に振り返る。セラスもまた、音のした方に視線を向けた。

 瞬間、目に付いたのは炎と煙。

 そして、荒れ狂う火の精霊の気配。

「オニロ、これ……!」

「暴走してるな」

 オニロが走り出す。セラスも慌ててその背を追った。この爆発は、人間たちは気づいていないようだが、明らかに精霊の暴走によるもの。我を失った火の精霊が、次から次へと爆発を起こしている。だとすれば、まずはそれを宥めなければ爆発は止まらない。

 角を二回曲がり、街のはずれに辿り着く。そこには黒焦げになった機械と、荒れ狂う火の精霊の気配、そして――

「……魔族?」

 セラスは呟く。その場所には既に、魔族の女性がいた。銀色の髪をひとつに束ねた背の高い女性。その気配は――

「ねえ、オニロ……」

「……ああ」

 オニロも同じことに気づいたのか、驚いたように頷いた。

 目の前にいる女性の気配は、トゥルマリナによく似ていた。


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