第24話 何を知るべきか
シムラクルムの街に戻りジョリーの家を訪ねると、彼は勢いよく飛び出してきてセラスの手を握った。
「ありがとう!」
報告をするよりも先に感謝されるとはさすがに思わず、二の句が継げずにあっけにとられる。だがそんなセラスやオニロの反応など気にも留めずに、ジョリーは興奮したように続けた。
「リーリエ様の魔力が一瞬ものすごく増幅して、その後セラス様の魔力に変わった。ってことは、結界を張り直してくれたってことなんだろ!?」
「ああ、なるほどな」
「え、どういうこと?」
「ジョリーはこの辺に住んで長いから、リーリエ様の魔力の気配がわかってたんだよ。よっぽど強い魔力じゃないと個性なんて出ないけど……まあ、リーリエ様もセラスも間違いなく最強クラスだからな」
「オニロ様もそれは同じだ。セラス様の隣にいたらわからないかもしれないけど、あなたはリーリエ様と同じ……いや、もしかしたらそれ以上の魔力を持っているよ」
そう言われた瞬間、虚を突かれたようにオニロが目を見開く。その反応が、セラスには意外だった。とっくに自覚していると思っていたのだ。産まれたときからの記憶があるだとか、覚えたことを忘れないだとか、セラスと大して年の差がないのに繊細なコントロールが必要な魔術を当たり前に使えるだとか。どれも簡単にできるようなことではないのはセラスが身をもって知っている。
だがオニロにとってはそうでもないのかもしれない――過去のラティオが、やたらと自虐的だったように。
「なんか、オニロってやっぱりラティオに似てる」
「は? なんだよ急に……」
「わかんないならいいんだけどね。とにかく、オニロが強いから私は助かってるってこと!」
セラスの言葉にジョリーもまたその通りだと言いたげに頷く。オニロだけが、納得出来ない様子で首をかしげていた。
「水の精霊が早速戻ってきてるんだ。やっぱりみんな、リーリエ様のことが好きだから、その気配が残ってる場所に留まりたいと思うみたいだよ」
「でも、機械は街にあるまんまなんだよね……?」
「……ああ。だから、もしかしたらまたいなくなってしまうかもしれないんだけど」
ジョリーは不安げに眉を寄せたが、すぐに気合いを入れ直したように拳を握った。
「だから、どうにかできる方法がないか、探ってみるよ! このまま人間のやりたい放題にしてたら、精霊も魔族もみんな滅びるかもしれないし」
「確かに、それは困るかも……」
「あながち冗談じゃないっていうのも厄介なんだよな」
「そうなんだよ……だから、何かわかったらセラス様たちに知らせる。魔王様たちのほうが情報は圧倒的に多いだろうけど……それでも、きっと何かの足しになるはずだ!」
「それって……味方になってくれる、っていうこと?」
セラスは恐る恐る訪ねる。だが、ジョリーは何を言っているんだとばかりに驚いた顔をして、笑った。
「僕は最初からセラス様の味方だよ!」
屈託のないその笑顔に、セラスは安堵して、つられて笑った。
***
ジョリーの家を出て、宿へと戻る。その道中、突然歓声が上がった。
「見て、蜃気楼よ!」
「連続で!? こんなの何ヶ月ぶりだよ……!」
あちらこちらで歓喜の声が聞こえ、湖の周辺にたくさんの人が集まってきた。
セラスとオニロも湖に視線を向ける。そこには、心なしかくっきりと浮かび上がる、森の奥の神殿があった。
「……本当に、水の精霊が戻ってきてくれてるんだ」
「だな。ひとまず、しばらくはこの辺りは大丈夫そうだけど――」
「機械を使い続けてる以上、ずーっとは保たないよね」
「ああ。そのときはまた結界を張り直せばいい……とはいえ、だ」
オニロは考え込みながら人混みとは反対方向に歩き出す。セラスもその後に続いた。その間にも、どんどん人は集まってくる。こんな場所で、うっかり聞かれては困ることを話せない。
宿に戻り、しっかりと鍵をかけて、それから改めて口を開く。
「やっぱり、機械の動力に関して、どうにかできないのかっていうのは探らないといけないと思うんだよな」
「私もそう思う。だって、世界中にはもっといっぱい街とか村とかがあって……首都、っていうのもあるんでしょ?」
「で、その首都で機械は作られてるはずだ」
「だとしたらさ、いつまで経っても終わらないじゃん。精霊がいなくなるだけでも村が滅びそうになるのに、人間は全然気づいてないし」
「まあ、感知できないものをわかれって言うのも無理かもしれないけど……」
オニロは眉を寄せながら、わずかに声を低くする。
「便利にするだけ、で終わるとは思えないんだよな」
「……どういうこと?」
「いや……まだちょっと、俺も確証があるわけじゃないから、いったん保留しとく」
「なによそれー」
「あんまり中途半端なこと言いたくないんだよ、混乱させるだけだし」
「ふーん。ま、オニロがそう言うなら、任せる」
と、あっさりと引き下がるとオニロは驚いたような顔をしてセラスを見る。
「珍しいな、聞き分けがいいなんて」
「うーん、なんか、オニロってやっぱりすごいなって思ったから。だから、オニロが得意なことはオニロに任せて、私は別のこと考えればいいかなーって思ったの。パパとラティオのこと見たからね」
笑うセラスに、オニロは目を瞠った後、どこか満たされたような様子で力を抜いた。
「……そっか」
たったそれだけ。けれど今までで一番オニロに近づけたような心地がして、嬉しかった。
「で、なんだけどさ」
セラスはポンと手を叩く。
「私、パパたちの昔のこと、もっと知りたい。なんかこういう都合のいい神殿とか他にないの?」
「お前なあ……言いたいことはわかるけど、もっと別の表現があるだろ?」
「そういう細かいことは私は苦手だもん。オニロに任せる!」
「さっきはちょっと感動したのにもうこれだよ。けどまあ、俺も気になってたのは同じなんだよな」
オニロはポーチから世界地図を取り出す。どこがどこなのかセラスにはよくわからない。だがオニロは迷うことなく一カ所を指差した。
「ここが今いるシムラクルムの街。で――」
スーッと指を右下のほうへ移動させていく。街道らしき部分をぐねぐねとなぞりながらしばらく移動させ、やがて文字の書かれた場所でその指を止めた。
「オゲーラ……?」
「そう。火の精霊が守護する地域。火山の街オゲーラ。温泉が湧いてるっていうことで観光地になってる場所でもあるんだ。シムラクルムよりも少し小さいけど、世界全体で見たら大きい街だな」
「ここに行くの?」
「そうだ。シムラクルムから馬車でだいたい四日。もう一カ所、行ってみたいと思ってる場所よりもここから近いからな」
そう言って、オニロは笑った。
「オゲーラは、俺の母さんの――トゥルマリナの産まれた場所だよ」




