第22話 千年前、神殿の記憶 後編
「それじゃああなたたちは、世界が今どういう状況なのかを調べてるんだ?」
神殿にエザフォスとラティオを案内したリーリエは、早速彼らが訪れた理由を聞いた。
「そう。なんかもう、どこもかしこも気を抜いたら殺されるっていうような状況だろ? このままだと、人間も魔族も最後の一人になるまで殺し合って絶滅、みたいになりそうだなと思って」
「確かにね……それじゃ困るからこの村も結界を張って外から人が入らないようにしてるんだし」
「見事だったよ。エザフォスじゃなかったら結界があることにも気づかないで素通りしてた。この辺りがあまり荒れていないのもリーリエがいたからだったんだな」
ラティオの言葉にエザフォスも頷く。どうやらエザフォスはあまり言葉を発さないらしい。その分をラティオが説明し、エザフォスは頷くか首を振るかで意思表示するのだ。仲が良さそうだというのは第一印象でわかったが、改めて話をしてみると、彼らは二人で一人というくらい、寄り添って過ごしているように見えた。
けれど、だからこそ疑問が浮かんでくる。
「私は結界で村を護ることにしたけど、それはエザフォスにだってできたはずでしょう? それなのに、故郷を出て世界を調べることを選んだのはなんで?」
それは素朴な疑問のつもりだった。他意の無い、ごく自然な問い――の、つもりだった。
しかしエザフォスは表情を曇らせ俯いて、ラティオは困ったように笑った。
「君が村を護ろうと思えたのは、たまたま村人が優しくて、君も村を好きだったからだよ」
「……エザフォスは、そうじゃなかったの?」
「違った。俺たちが住んでいたのは地と風の精霊がどちらも入り交じっているような地域で、おかげで精霊も魔族もバチバチだったんだ。地も風も、そこそこ短気な精霊たちばかりだからさ。ただでさえ火種がくすぶっているような場所に、圧倒的に強い魔力を持ったエザフォスが産まれたんだ。それはもう大混乱。エザフォスが子どもの頃はともかく、十年も経つ頃にはいつ殺されるかわからない状態になってたよ」
ラティオはまるで面白い話でも聞かせるように笑いながらそう語った。けれど、それを笑いながら話せるようになってしまったということが、彼らの苦労を物語っているようにしか思えなかった。
「……ごめんなさい、私、全然知らなくて」
「知らなくて当然だよ。こんな穏やかな場所に住んでるんだから、そっちのほうがいいことだ。水の精霊はやっぱり穏やかでいいなあ」
「……世界中がこうなれば、いい」
「だな。その方法が何かないかって、ずーっと探し回ってる。それが俺とエザフォスが旅をする理由だよ」
「そう……」
閉ざされた村で、結界を張って、世界との関わりを拒絶して生きてきた。だが、その外側ではこんな風に傷つきながら生きている人たちが存在したのだ。そのことがリーリエには衝撃的で仕方がなかった。エザフォスがどうしてラティオ以外に心を閉ざしているように見えるのかも、推し量れるような気がする。
だからこそ、彼らのことを――彼らが求めていることを、一緒に追ってみたくなったのだ。
「ねえ、私にも一緒に探させてくれない?」
「……一緒に?」
エザフォスが首をかしげる。リーリエは力強く頷いた。
「そう、一緒に。世界中が争う理由を消し去ることができるような方法を」
「それは、俺たちとしては願ってもない申し出だけど……村は、いいの?」
「ええ。結界は一度張ってしまえば百年は保つもの。だから百年に一度、張り直しに戻って来れば大丈夫。エザフォスくらい強い魔族でもいない限り、この結界は破れないわ」
「なるほど。だとしたら破られることはそうそうないね。俺の知る限り、エザフォスの次に強い魔族は君だよ、リーリエ」
「でしょ? 私のほうがラティオより強いから、きっと役に立つはずよ」
「その一言は余計だけど?」
ラティオには半眼で見つめられたが、リーリエはコロコロと笑って済ます。そんな二人の会話を見ていたエザフォスは、しばし俯いて考え込み、やがてゆっくりと顔を上げ、リーリエの目を真っ直ぐに見つめ、口を開いた。
「いいのか?」
「ええ。私は、あなたと一緒に探しに行きたい。あなたが穏やかに過ごすことができる場所を」
「……そうか」
頷いたエザフォスは、ほんの少しだけれど、微笑んでいるように感じられた。その笑みが、迷子が家を見つけたような安堵感に満ちていて――だからリーリエは心を揺さぶられたのだ。
この人の心を護ってあげたい、と。
旅に出る理由はそれだけで十分だった。
***
――光が収束し、やがてうっすらと辺りを照らす程度の光量へと落ち着く。
けれどまだ今見たものを見失うのが嫌で、セラスは必死に手を伸ばし――けれどそこにはもうその幻影がないことに気づき、肩を落とす。
「……ママ」
空中に伸ばした手をギュッと握り、瞼を閉ざす。そこにはまだ、幻影の中で笑うリーリエの姿がはっきりと刻み込まれていた。
「蜃気楼……と、同じ原理だったんだろうな」
オニロが呟く。
「水の精霊は、幻影を見せるのが得意だ。蜃気楼も、元はといえばその魔術で見せているものだからな」
「じゃあ、今のは……」
「この場所の付近であった、リーリエ様の記憶の一部……それを、水の精霊が俺たちに見せたんだ。たぶん、お前の魔力に反応して」
「私の……?」
「リーリエ様の血筋だからだよ。この場所は、リーリエ様が結界を張っていた神殿……ってことは、リーリエ様の魔力がそのまま残っている場所でもある」
「だからママのこと、見せてくれたの?」
セラスは天を仰ぎながらそう尋ねる。すると水の精霊の気配が清かに動いた。どうやら「そうだ」と言っているらしい。
「……やっぱり精霊には、愛着を持つ相手っていうのがいるんだろうな。人間でも、魔族でも。そういう相手が見つかると、ずっと寄り添い続けてくれるんだ。その子どもに対しても」
「じゃあ、今ママを見せてくれたのは、私のためなの?」
もう一度尋ねる。その瞬間、セラスの身体の周りに柔らかく精霊の気配が寄り添ってきた。
そうだよ、と。言ってくれているのだろう。
今まで一度も精霊の気配を探ろうなんて思ったことはなかった。魔王城の付近は闇の精霊の守護する地域で、四大精霊を感じることが少なかったからというのは大いにある。だがそれ以上に、自分の中にある属性の気配がごちゃごちゃで、ひとつひとつを意識するような余裕がセラスにはなかったせいでもあるのだ。
地の精霊を感じて、水の精霊たちのいる場所へ足を踏み入れて。その気配も、心も、性格も、みんなバラバラなのだと知った。だからセラスは、ゆっくりと息を吐く。
「……なんか精霊って、可愛いね」
「はは……そうだな」
セラスは目を細め、自分に寄り添う気配を感じる。まるで自分に懐いてくれているようで、護ってあげたい、という感情が込み上げてくるのを強く感じる。
もしかしたら、リーリエがエザフォスに対して感じたのも、似たような気持ちだったのではないだろうか。
先ほど見た幻影を瞼の裏に描きながら、セラスはフッと微笑んだ。
「ねえ、オニロ」
「ん?」
「結界の張り方、私に教えて。ママが護ったこの場所を、今度は私が、護るから」
そう告げた瞬間、オニロは安心したように笑った。近くにいた水の精霊たちも、キラキラと水しぶきを上げながら舞い喜ぶ。
「ああ、やろう。俺が教えるから、二人で、一緒に」
「うん!」
セラスは元気よく頷くと、大きく息を吐いた。
母の気配を感じるこの場所で、母と同じ魔術を使う。
そのことで一歩、母に近づくことが出来たらいい――そう願いながら、セラスは自らの内側を流れる魔力にそっと意識を向けた。




