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【毎週金曜更新】魔王の娘、世界を統べる  作者: 木原梨花
第三章 水の章―母の影

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第18話 来訪者

 突然現れた少年は、見た目には十五歳程度、オニロよりも少し幼いかという雰囲気だった。だが、身に纏う魔力の量は圧倒的で、外見と実際の年齢に大きな差があることがわかる。

 セラスは身を固くした。魔王城に住んでいた魔族以外を見るのは初めてなのだ。人間のほうは既に魔族への反応をいくらか見てきたが、魔族が魔王の一族に対してどういう態度に出るものなのかは想像が付かない。へりくだるのか、敵視するのか。父が睨みを利かせていたのは人間だけでなく、他の魔族に対してもだということを聞いているだけに、なおさら。

 重たい沈黙が流れる。オニロも最初の一言に迷っている様子だった。緊張しているのがその背中を見るだけでもわかる。経験量はセラスと大して変わらないと言っていたが、これもきっとそれが原因なのだろう。

 何をどうしたらいいのか。セラスとオニロが警戒心を露わにしていることに気づいたのか、水色の髪の少年は急にプッと吹き出し笑い出した。

「ごめん、いきなり威嚇したから怖がらせちゃったか。安心して、君たちに何かするつもりはないから」

「……信用できるかよ、そんなの。いきなり特大の攻撃魔術仕掛けてきておいて」

「まあ、それはそうだ。でもこっちも必死なんだよ。下手に出て舐められると、殺されるかもしれないから。けど、本気で君たちを傷つけたりはしない――そんなことをしたら魔王に殺されちゃうからね」

 今度は別の意味でハッとする。わざわざ魔王の名前を出した。つまり、セラスとオニロがどこの誰なのか、知っているということだ。

 オニロはしばらく考え込んでいたが、やがてすっと道を空ける。

「とりあえず入れよ。話は中でゆっくり聞く」

「ありがとう。それじゃあ、お邪魔します」

 少年が部屋の中に入ってくる。

 その周囲にいる水の精霊の気配はどこか柔らかくて、どうやら悪い人ではなさそうだとセラスはようやく肩の力を抜いた。


***


 彼はジョリーと名乗り、既に二百年ほど生きているのだと言った。

「魔族って成長速度が人によって違うだろ? 僕は困ったことに、とにかく身体が育つのが遅くて。普通だったら人間でいう中年の時間がめちゃくちゃ長くてだんだん年老いていくっていう感じなんだけど」

「そもそも成長してない、って感じだよね。私より見た目若くない?」

「やっぱりそうだよなあ……セラス様はもう十五だろ? それより若いってことは、十歳ちょいに見えてるっていうことか」

 ジョリーはがっくりと肩を落とし、ため息を吐く。最初こそ攻撃魔法など仕掛けてこようとしていたが、話してみればかなり人の良さそうな雰囲気だった。

「それで? 威嚇して、俺たちが下手に手出ししないようにして、何を言いにきたんだよ」

 こんなにいい人が相手なのに、オニロはずっと警戒心を剥き出しにしていた。ここ数日のオニロは少し負の感情が面に出過ぎなような気もする。今までこんなに怒ったりする彼を見てこなかったのに。

 もっとも、ジョリーにとってはオニロは「そういう子」という風に見えているのかもしれない。さほど気に留めた様子もなく、ごめんって、と笑っている。

「威嚇したのは悪かったよ。でも、魔王の娘に会うのは初めてだったからさ、もしかしたら出会い頭に殺されるかもしれないって思って……とにかく話を聞いてもらわなきゃ、この街の状況を知ってもらうこともできない」

「この街の状況?」

 不機嫌そうな表情のまま、オニロはジョリーに尋ねる。すると今度は、ジョリーのほうも表情を翳らせた。

「……蜃気楼の回数が減ってるんだ。今までなら週に一度は見られたのに、最近は何ヶ月かに一度しか見られない」

「そういえば、街の人がそんな感じのこと言ってたね」

「そう。おかげで街に来る人も減ってる……けど、それは大した問題じゃないんだよ」

「どういうことだ?」

 オニロがいぶかしげに首をかしげる。

「この街は観光業で稼いでるんだろ? だとしたら、観光客が減れば困るだろ、普通」

「普通ならな。けど、客が多少減ったとしても、仕事が効率的になってるから、むしろ儲けは増えてるんだ。二年くらい前、首都で新しく開発されたとかいう機械が入ってからさ」

「……機械」

 その言葉にゾッとして、セラスは思わずオニロの服を掴んでしまった。そのオニロも、表情を硬くしてジョリーを見据える。

「その機械って……精霊の結晶を使ってるやつ、だよな?」

「知ってたのか」

「ローカ村で初めて見たんだけどな。精霊は機械が嫌いだっていうのは聞いてたんだが……」

「厳密に言うと、機械そのものが嫌いってわけでもなかったんだよ。機械が最初に作られたのは百年くらい前だけど、その頃は精霊もさほど反応しなかった。むしろ水の精霊なんかは人間が暮らしやすくなるんならって喜んでたくらいだったよ」

 でも……と、ジョリーが言葉を止める。オニロは眉を寄せ、息を吐いた。

「機械は石炭を動力にして動いてる、って父さんは言ってたんだよな。けど、実際に俺たちが見たのは精霊の結晶を動力にしてた。あと、新しい機械が街に入ってきたのは二年前なんだよな?」

「そう。まあ、めちゃくちゃ便利になったのは確かなんだけど――」

「その頃から蜃気楼の回数が減ったんだろ?」

「あたり。君、すごいね。さすがラティオ様の息子」

 感心したようにジョリーが目を見開く。オニロはなんだか複雑そうに眉を寄せていた。セラスがラティオにそっくりと言ったときには喜んでいたのに、彼にとっては何かが違うものなのかもしれない。

 それはともかく、だ。点と点が繋がったことに、セラスは複雑な思いで顔をしかめた。

「水の精霊も、いなくなってるんだ……」

「え?」

 ジョリーが目を見開く。

「精霊がいなくなるって……どういうことだ? 精霊がいなくなるなんてあり得ないんじゃないの?」

「私たちも、前はそう思ってた。けど、ローカ村は地の精霊がほとんどいなくなっちゃってたの。……精霊の結晶を使った機械が、嫌だったんだと思う」

「蜃気楼の回数減り始めたのと新しい機械が入ってきたのが同じくらいの時期で、蜃気楼は水の精霊が起こしているものなんだとしたら――」

「だから、水の精霊がいなくなった、って……」

 ジョリーは絶望したようにため息を吐くと、ガシガシと頭を掻く。どうしたらいいんだよ、と。

「……でも、水の精霊はまだ全部はいなくなってないんだね。ローカ村は機械が二つあっただけなのに一年ちょっとで地の精霊がいなくなったのに」

 セラスは首をかしげる。オニロも「そういえば」と腕を組んだ。

「やっぱり精霊の性格の違いなのか?」

「いや……たぶん、リーリエ様の結界が張られているからだと思う」

「……え?」

 思いがけない名前に、セラスは息を呑んだ。リーリエ。それは――

「……ママ?」

 オニロもまた驚いたように息を呑む。セラスを産んで、間もない頃に病気で死んだと聞かされている。その母親の名前がリーリエ。その母親の結界が、この付近に張られている。

 そんなことは知らなかった。そもそもリーリエが生きていた頃にどんな生活をしていたか、セラスはほとんど聞かされていない。聞く機会がなかった。トゥルマリナも、ラティオも、エザフォスも、誰もが語ろうとしなかったから。

 だからセラスは思わず身を乗り出した。

「ここは、ママと関係ある街なの? ママが住んでたとか? ねえ、教えてジョリー!」

 必死で語りかけるセラスに、ジョリーも驚いたような顔をする。

「セラス様は、知らなかったのか……厳密に言えば、この街じゃなくて、近くのジュピア村のほうなんだが……リーリエ様は、ジュピア村の出身なんだよ」

 初めて聞いた事実に、セラスは呼吸も上手く出来なくて、瞼を閉ざした。


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