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【毎週金曜更新】魔王の娘、世界を統べる  作者: 木原梨花
第三章 水の章―母の影

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第17話 幻想の神殿

 シムラクルムの街の停車場は数え切れないほどの人でごった返していた。あちらこちらであれを売ってるだの、ここに泊まりなだの、呼び込みの声が飛び交っている。魔王祭を開いていたエザーレ村も人が多いと思ったが、ここはその何十倍もの人が忙しなく行き交っていた。

「……この街でもお祭りがあるの?」

 セラスは思わず尋ねてしまう。だがオニロも若干圧倒された様子で首を振った。

「この街は観光地で、だからあちこちから人が集まってくる……っていうのは本で読んだことがあったんだけどなあ」

「オニロでも知らなかったんだ?」

「あのな、俺も基本的には城から出てないんだから、知るわけないだろ」

「でもたまにラティオと出かけてったじゃん」

「それも何ヶ月かに一度とかなんだから、回数は大して多くないよ。そんなんで全部知れるほど世界は小さくない」

「え、そんな大きいのにパパひとりで支配してるの?」

「バカ、お前……!」

 スパン、と頭を引っぱたかれて、口を押さえられる。突然呼吸が出来なくなって思わず暴れてしまったが――

「どこで誰に聞かれてんのかわかんないんだから気をつけろ」

 小声で言われて、ハッとして口を押さえる。今までは周りに人がいないことが多かったから気にする必要もなかったが、確かにこれだけ人が多ければ聞かれる可能性は高くなる。

 とはいえ、だ。

「殴る必要ないじゃない」

「悪い、お前を止めないとと思ったら、つい」

「つい、で殴られるの納得いかないんだけど」

 お返しに、と勢いよく手を振り上げてみたが、あっさりと受け止められた。腹が立つ。歯ぎしりしながら捕まえられた手首を解放しようと振り回していた、そのときだった。

「おい、見えたぞ!」

 どこからか声がしたかと思うと、わっと盛り上がり、人々が湖のほうへと走っていく。

「え、何が見えたの?」

「ああ、この街なら……いや、見えてるなら行ったほうが早いな」

 口角を上げると、オニロは荷物を背負って走り出す。結局何も教えてもらえないままだということに若干の不満は感じたものの、そんなことを言っていては置いていかれる。セラスも慌てて後を追った。

 だが、行ったほうが早い、という言葉の意味は本当にすぐに明らかになった。

「なに、これ……」

 湖の上に、半透明の神殿がそびえ立っていたのだ。

 恐ろしいほどに細かな彫刻がびっしりと刻まれた外壁。高さにして十メートルほどだろうか。窓は一切なく、ひとつの石から掘りだしたかのようにつなぎ目が見当たらない。大きく三つの形に分かれていて、真ん中だけ円形の屋根、その両側には鋭く尖った三角の屋根の構造物が塔のようにそびえている。

 魔王城は、時々襲ってくるという人間たちからの防御を目的とした堅牢な建物だ。しかしこれは違う。規模としてはそれほど差はないけれど、この神殿はあらゆる者を受け入れるような柔らかな空気を醸し出していた。

 湖の周辺は集まった人々でごった返していた。しかし誰もが息を呑んで声も出せない。それほどに壮大で神聖な空気に満ち満ちていた。

 その神殿は数分間その場に留まった後、フッと霞のように消えてなくなった。完全に姿が消えてからやっと、集まった人々は歓声を上げる。

「すごい、本当に見えたぞ……!」

「何ヶ月ぶりだ? もう見られないかと思ったよ!」

「本当に見られるなんて思わなかった、すごいよ、蜃気楼って……!」

 蜃気楼。その現象が何なのかは、セラスにはよくわかっていない。ただ――

「ねえ、オニロ――」

 聞かれてはまずいかもと思い、セラスは口を動かしてその言葉を伝える。せ、い、れ、い――精霊。あの現象から、確かにその気配を感じた。

 オニロもしっかりと頷く。今、漂っていた気配は水の精霊のもの。ローカ村の地属性とは異なり、今回は彼もはっきりと気配を感じるのだ。

「……いったん、宿を探そう。この街ならいくらでも見つかるはずだから」

「うん、ちょっと今のがなんだったのか、ちゃんと話したい」

「俺もだ。とりあえず――あっちだな」

 ぐるりと周囲を見回してから、オニロはいくつか宿の看板が見える方向を指差した。蜃気楼を見ていた人たちも三々五々散っていく。その流れに紛れるように、セラスとオニロも歩き出した。

 これだけの人がいたからまるで気づかなかったが。

 ――そんな二人をじっと見つめる人影があったことには。


***


 湖畔に建つホテルの、湖が見える部屋に入って、セラスは真っ先に窓辺へと駆け寄った。

「すごー! ホント、どこまでも水!」

「だからなんなんだよその『水』って」

 吹き出しながら、オニロも窓辺へとやってくる。ちょうど太陽はわずかに傾き初めていて、キラキラとした水面の輝きがすうっとひとつの道のように続いている。魔王城の窓から見えるのは薄暗い空と岩肌の土地ばかりだった。その真反対の光景に、オニロが行っていた『世界は広い』ということの意味を少しだけ感じる。

「湖、だっけ。ここって水の精霊のたまり場みたいなもの?」

「たまり場、っていう表現が合ってるのかわからないけど、まあだいたい合ってるか。この辺りは水の精霊の守護する地域で、たぶんあの蜃気楼も水の精霊が見せたものなんだろうな」

「へえ~……ちなみにあれって、何か効果のある魔術?」

「いや、特にそういうのは感じなかったけど」

「じゃあ、見て盛り上げるだけみたいな?」

「それはあり得るかもな。水の精霊って四大精霊の中では特に人間が好きだから、人間を喜ばせようとか、観光地にしてあげようとか、そういうことを考えていても不思議はない」

「へー、なんか健気だねぇ」

 人間は、精霊のことを見ることも感じることもできない。結晶化して、初めて人の目に見える存在になる。にもかかわらず、そんな人間に喜んでもらうためにあんなに大がかりな魔術を使っているとは。

「まあでも、精霊も魔術を使えば人間に見えるものを作ることができるんだもんね」

「交流しようと思ったらああいう形でやるしかない、っていうのもあるかもしれないけどな」

「それでも、一方的に崇められたり怖がられたりするよりはずっといいような気がする」

 恐らく、それがエザーレ村とシムラクルムの街との――魔王と精霊との違いなのだろう。そもそも魔王や魔族は姿形は人間と同じ。ただ別の能力を持っているというだけで、互いに認識することは出来る。同じ言語も話している。だからこそ相容れないのかもしれない。

「……精霊ってもしかして、基本的に人間が好きなのかな?」

「あー……そういえば、ミリーのことも気に入ってたよな、地の精霊」

「他の精霊のこととか、本で読んだことないの?」

「その辺を研究した本って、そういやなかったな……まあ、そもそも魔族が人間にそういう興味を抱かないから、誰も研究しないんだろ」

「えー、もうちょっと興味持ちなよ」

「本にすら興味のないお前が言うなよ……ああでも、さっき見えた建物を記録した本なら読んだことがある」

「あれって実在するやつだったの!?」

「厳密に言えば、実在『した』なんだけどな」

 オニロは目を閉じて息を吐くと、魔力を手のひらに集中させる。

「――来い」

 短く命ずると魔力が一気に収縮し、次の瞬間、彼の手のひらに本が乗った。

「その本は?」

「城の書庫にあった本を転移した」

「あれ? 物質転移って、風の魔術じゃないの?」

「そうだよ。水と風は精霊同士の相性がいいから、この街でならなんとか使える」

 人間を転移させる空間転移と比較して、物質の転移を行う魔術は難易度が低い。とはいえ、相性の悪い精霊の守護する土地で使えるほどオニロの魔力はまだ高くはなかったはずだと思っていたが――セラスは『相性』という言葉に、眉を寄せる。そんなことは覚えていなかった。が、どこかで教わったような気もする。忘れてた、と大人たちに言ったら叱られそうだ。

 帰るまでに相性のことを改めて勉強しておこう。そんな誓いを立てている間に、オニロが本のページを開く。

「これだ。この街から半日くらい歩いたところにあるジュピア村に、遠い昔に建ってたっていう神殿。さっきの蜃気楼はこれを再現したものだ」

「へえ……」

 確かにそこの描かれた絵は、先ほどの蜃気楼にそっくりな形をしていた。遠い昔、ということは、今はもうなくなってしまったのだろか。半日歩けば付くのなら、ちょっと頑張ればその場所に行けたりするのだろうか。

 興味津々で質問をしようと口を開こうとした、その瞬間だった。

 ――コンコン。

 扉がノックされる。セラスとオニロは顔を見合わせた。

「……誰?」

「宿の人……――」

 と、言いかけたオニロが息を呑む。セラスもその気配を感じて身構えた。

 急激に集まってくる水の精霊の気配。そこから膨らんでいく、魔力の流れ。扉の向こうの、怪しげな気配。

「誰だ!?」

 オニロは扉越しに声をかけた。その瞬間、魔力の気配が霧散する。――魔術の展開を、止めたのだ。

「ちょっと、聞いて欲しいことがあるんだ……開けてもらえないかな?」

 子どもの声だった。だが、それにしては落ち着いている。魔術を使ったということは、明らかに魔族。だとすれば、見た目と年齢が反している可能性は十分にある。

 オニロはセラスにその場に留まれと手で合図して、慎重に扉に近づく。いつでも魔術を展開できるように、セラスもまた意識を集中させた。

 ドアノブにゆっくりと手をかけ、オニロは扉を開く。

 そこに立っていたのは、水色の髪をした少年だった。


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