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【毎週金曜更新】魔王の娘、世界を統べる  作者: 木原梨花
第三章 水の章―母の影

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第16話 蜃気楼の街

 良く晴れた空に、オニロは鳥を飛ばした。不自然なほどに真っ白な鳥は空高く舞い上がり、あっという間に天高く消えていく。

 その様子をセラスの隣で見上げていたミリーは、あっけにとられたようにぽかんと口を開けていた。

「すごい……手紙が鳥になって、飛んでいった。これが魔術なのね……」

「うん。ああいう細かいことをする魔術は、私はあんまり得意じゃないんだけど」

「セラスは大雑把だからな」

「でも坑道の中は調べられたよ」

「そうそう、珍しくあんな大人しい魔術使えてて、驚いた。一人であんなこと出来るようになってたんだな」

「まあ、ここだとあんまりオニロは魔術を使えないし、やるしかなかったから……」

「かもな。結局、俺が勝手にお前には出来ないって思ってただけなんだろうなあ」

 まるで諦めたような声音に、セラスは喉の奥に何かが引っかかるような感覚に陥る。だが、何が詰まっているのかがわからず、言葉にできずに息を吐いた。

「魔術も精霊も、知らないことばっかりだな……」

 ミリーは手のひらに握っていたものを見つめながら静かに呟く。黄土色の結晶がついたペンデュラム――機械から取り出した地の精霊の結晶をオニロが加工してくれたものだった。オニロの手の中にも、今は水の精霊の結晶がついたペンデュラムが握られている。

 そもそもペンデュラムは、属性違いの土地で簡単な魔術を使うために作られたものだ。だからセラスは持っていないし、たとえ持っていたとしても大がかりな魔術は難しい。自分が最も得意とする魔術ならどうにかなる、という程度のものだった。ましてや人間が持っていても、何の意味もないものだ。

 それでもミリーはほしいと言った。その意図は、完全には理解できるわけではないが。

「ミリー、本当にこの村に残るの?」

 尋ねると、彼女は深く頷いた。

「もうこんなことになっちゃったら、村は元に戻らないかもしれないけど……まだ残ってる人もいるし……お父さんもあの性格でしょ? 今更もう新しい街で暮らせるわけないし」

 そう言って笑いながら、彼女は山の方へ振り返る。

「それに、離れたくないの。……母さんから」

「……そっか」

 母さんから、離れたくない。それがどういう感じなのか、セラスには理解ができなかった。

 母親の顔も知らないセラスに、理解できるわけがない――そのことが、少しだけ寂しかった。

「あ、来たよ、馬車」

 遠くで土煙が舞っている。ローカ村から次の街まで、セラスたちはあの馬車に乗って向かう。

「とりあえず――」

 と、オニロは鳥の飛んでいった方向を見ながら言う。

「村を元に戻す、っていうのは出来ないけど、機械のことは俺の父親に伝えておいた。もしも何かしら対処したほうがいいってなったら、魔族のおっさんが来るかもしれない」

「ふふっ、おっさんって」

「ラティオ、あんまりおっさんって感じしなくない?」

「いやおっさんだろ……言うこといちいち回りくどくて大事なこと言わないし」

「それはそう」

「なんか、魔族の親子も人間の親子とおんなじなんだね」

 ミリーがクスクスと笑ったとき、やってきた馬車が停止した。馬車から降りてくる人はいない。セラスとオニロは荷物を背負って、改めてミリーに向き直った。

「元気でね。いつか、きっとまた来るから」

「うん。セラスも、気をつけてね」

 馬車に乗り込み、後ろの方に開いていた席に二人で座る。乗ったのもセラスとオニロだけだ。この間乗ったものよりも少し大きな車内には六人ほど乗っていたが、誰も村には興味を示さない。

 そんなものなんだな、と。思いながらセラスは窓から外を見た。ミリーが大きく手を振っている。

 セラスもまた、手を振った。馬車が動き出す。すぐに砂煙に包まれてミリーの姿は霞んでいったが、完全に見えなくなるまでずっと、彼女は手を振ってくれていた。

「……本当に、また会えるよね?」

 揺れる馬車の中で、セラスは呟く。しかしオニロは、曖昧な顔で笑うだけだった。


***


 コンコン、と窓が叩かれて、ラティオは書斎の窓を開く。と、同時に真っ白な鳥が飛び込んできた。オニロが送ってきた定期報告だ。

 ラティオの手のひらに乗った鳥は元の手紙に戻る。それに目を通していると、いつの間にか背後に威圧するような気配があった。

「安心しろよ、ちゃんと見せるから。ちなみにセラスはちゃんと元気だってさ」

 振り返るとエザフォスがいる。オニロから定期的に連絡がくると知ってから、エザフォスはずっとこんな様子だった。あの子が生まれてから、娘と離れて暮らすのは初めてのことだ。だから気になって仕方がないのだろう。だからといって、ラティオの書斎に居座られても困るのだが。

 手紙を手渡すと、彼は無言で受け取って読み始める。オニロも気を遣っているのか、セラスがどういう様子なのかを真っ先に書いてから重要な報告を書くようにしているようだ。我が子ながら需要がよくわかっている――と思いつつ、元気にしているセラスについての報告に見入るエザフォスを眺める。

 だがそのエザフォスの表情が変わった。どうやら問題の報告部分に辿り着いたらしい。

「……ラティオ、機械、とは」

「ああ……前に首都で魔術みたいなものが使える道具があるって説明しただろ? それが機械だよ」

「だが、石炭を動力としていると聞いた」

「そうなんだよ。俺が前に見た時には確かに石炭を動力にしてた。けど、オニロたちが見たのは精霊の結晶を使ってたらしい。どういう仕組みなのかは調べてみないとわからないけど……」

 ラティオが告げると、エザフォスは眉間に深い皺を刻んで黙り込む。元々無口な男ではあるが、この沈黙は普段とは重さが違う。

 ――世界を統べる魔王の静けさだ。

「……首都では、兵器を作っているという気配が前からあったんだ。ただ、どこで作っているのかはどうしてだか掴めなかった」

 ラティオは机から紙束を取り出し、エザフォスに手渡す。それは密かに集めてきた、首都への資材の出入りの情報だった。

「ここのところ、馬車の数が極端に減っていたんだ。兵器を作るなら本来もっと多くの資材を運び込まないといけないはずだ。特に石炭は馬車何台連ねてきても足りないだろうし、十年くらい前までは実際にあちこちの炭鉱から首都に石炭が運ばれていた。けど……」

「……精霊の結晶が動力となるなら、それほどの量は不要となる?」

「っていうことじゃないかな。精霊の結晶がどの程度のエネルギーになるのか、そもそもどうやってそんなことが可能になったのかもわからないんだけど」

 人間の進化を甘く見ていた。彼らは寿命が短く、弱く、しかし野心は強い。短い命で最大限の炎を起こそうとする種族だということは知っていたのだが、まさか精霊の死を自らの力に変えようとするなどと、想像もしていなかった。

「すぐにトゥルマリナと首都に行ってくる。その間、オニロからの定期連絡はお前が受け取っておいてもらえるか?」

「ああ……」

「にしたって、参ったな。こっちとしては、あと五十年くらいかければちょうど良く準備が出来るって思ってたのに」

 調査に必要なものを纏めながら、ラティオは思わず情けない声を漏らしてしまう。

「もしかしたら、思いのほか時間が無いかもしれないぞ、エザフォス」

 その言葉に、エザフォスは黙って手紙を握るだけだった。


***


 ローカ村から馬車で走ること二日。砂埃がなくなり、代わりに大きな川に並走する街道を走った後に見えてきたのは、一面の水だった。

「なにあれ、すごい水!」

 思わずこぼしたセラスに、隣のオニロが勢いよく噴き出す。

「すごい水、って」

「だって、そうとしか言いようがないんだもん」

「まあ、俺も本物を見るのは初めてだから言いたいことはわかるけど。あれは湖だよ」

「ああ、あれが!」

 本では読んだことがある。地図でもそういうものがあるのは見たことがあった。だが魔王城の付近には岩肌の山はあるものの、川すらもなかったのだ。どこまでも続く水面など、当然だが見たことがない。

 それはオニロも同じだ。セラスの反応を笑いはしたものの、やはりこの光景には興奮するらしい。彼の膝の上に乗った指先がトントンと機嫌良く動いている。ローカ村にいるときから少し元気がなかったけれど、久しぶりに楽しそうな顔を見たような気がする。

「街って、もうすぐ?」

「ああ。次の街は、シムラクルム――蜃気楼の街だ」


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