第15話 精霊の結晶
坑道を調査した結果をミリーに伝えると、彼女は言葉を失ったまま俯いて、沈黙してしまった。
感情が全て抜け落ちてしまったような表情で黙り込むミリーに、何を言ったらいいのかセラスには思い浮かばない。いつもならオニロが助け船を出してくれるのに、そのオニロさえ硬い表情をしたまま黙っていた。
何か言わなきゃ――と、思うのに、言葉が出ない。こういうときにはどんなことを言うべきなのだろう。慰めるべきか、励ますべきか、言い訳をすべきか。そもそも相手が何を考えているかわからない状況を知らないセラスには、どうしたらいいのかわからない。
空気が重い。この空気をぶち破るために叫び出したくなる。逃げ出したくもなる。それでもぐっと耐えて、何かを言おうと頑張ってみる――結局、上手くいかない。
……結局、最初に口を開いたのはミリーだった。
「ねえ、セラス」
「な……なに?」
「精霊って、そんなに偉いの?」
「え、偉いっていうか……」
「偉い偉くないの話じゃないんだ。精霊がいるから土地が安定して、精霊がいるから魔術が使える。そもそも彼らがいなかったら、俺たちは何もできない。だから機嫌を損ねないようにするっていうだけのことだ」
淡々とオニロが告げる。その語気の強さに違和感を覚えて、セラスはオニロの横顔を見つめた。だが彼はその視線に気づきもせずに、あさっての方向を見つめている。
ミリーもまた、床の一部を見つめたまま、こちらを見ようともしない。
「あなたたちはそれでも納得できるのかもしれない。でも、人間は精霊を見ることも感じることも出来ない。助けられているとも思えない。なのに、私たちが便利に生活しようと工夫することは認めないって、そんなの納得できると思う?」
「そもそもその認識が間違ってるんだよ」
「そのって、どの?」
「人間が精霊を見ることも感じることも出来ないってとこ」
そう言われて、ミリーは不信感をあらわにしながらオニロを睨み付ける。だがセラスには思い至るものがあった。
「結晶だ……」
「結晶……?」
セラスの呟きをミリーは不思議そうに繰り返す。
「オニロ、今って何か結晶、持ってる?」
「ああ。ちょっと待ってろ」
オニロはポーチのポケットを開くと、ペンデュラムを取り出した。先端には青い結晶がついていて、ミリーには感じられないだろうが、かすかに魔力が漂っていた。
「これは水の精霊の結晶だ」
「……ただの宝石にしか見えないけど」
「人間にはまあ、そうだよな」
「魔族には違うの?」
「うん。この結晶ね、魔力を持ってるの。精霊の魔力の塊なんだ」
「精霊の、魔力……」
「精霊そのもの、って言い換えてもいい。これは精霊の死体だから」
「え……?」
オニロの言葉にミリーは凍り付く。触れようとして伸ばしていた指先を、スッと引っ込めた。精霊の死体。そう言われたら、誰だってそうなるだろう。
「びっくりしたでしょ? 私も、最初は驚いたし……」
「び、っくり、したっていうか……え……?」
「精霊ってね、そもそもはっきりした形がないの。だから私たちも気配を感じるだけで……パパには光の塊に見えるみたいだけど」
「パパ……?」
思わず父親の――つまり魔王の話をしてしまい、セラスは慌てて言葉を飲み込む。彼女は魔族にそこまで恐怖心はないようだが、それでも魔王の身内だと知られたら厄介なことになるだろう。
幸いにも、平然としたままのオニロが言葉を補ってくれたが。
「厳密に言えば、魔族の大人たちだな。魔力をしっかり調整できるようになると、精霊が見えるようになってくる。それでも明確な形みたいなのはないらしい」
「……でも、死んだら結晶になるの?」
「ああ。その光――マナ、っていうんだが、それがギュッと凝縮して地面に落ちる。それが精霊の死なんだよ」
「そうなんだ……」
ミリーは改めてペンデュラムの結晶に視線を落とす。神聖なものを見るように、じっと。
「……あれ?」
彼女が首をかしげる。
「どうかしたの?」
「これ、私、見たことがある」
「結晶を?」
「そう。えっと……どこだろう。確か――」
ミリーはしばらく考えた末に、わかった、と顔を上げた。
「二人とも、一緒に来て!」
そう言ったかと思うと勢いよく走り出す。セラスとオニロは顔を見合わせ、慌ててその後を追った。
***
坑道の付近の小屋までやってくると、ミリーはそのうちのひとつの扉を開く。ガタガタと音を立てながら開いたその中には、ゴツゴツとした金属で出来た道具が転がっていた。
「これが機械よ。あの日、鉱山で使ってなかったやつ」
初めて見るその物体に、セラスもオニロも目を見開く。箱のような形状で、セラスの腰くらいまでの大きさがある。箱の下に車輪が取り付けられているのはだからなのだろう。車輪があれば、大きかろうと重かろうと押して移動することができる。箱の前面には大きなドリルが設置されていて、その先端は煤けている。これが鉱山を掘っていたのだろう。
「……あれ。なんかこれ、魔力の気配がする」
セラスが呟くと「やっぱり」とミリーは息を吐いた。
「この機械、動力部分に宝石を使ってるの」
「え……?」
「首都で作られたもので、私も原理はよくわかってないんだけど……宝石が、動力源になってるんだって。その宝石をカンッて叩くと動き出して、ドリルの部分が山を砕くの」
「ミリー、動力ってどの部分にある?」
オニロが尋ねるとミリーは側面にあった扉を外した。ずっと動かしていなかったせいか錆とほこりの嫌な臭いがするけれど、その真ん中にはっきりと魔力の気配がある。
黄土色に輝く、手のひらサイズの結晶――
「……地の精霊の結晶だ」
はっきりと感じた。地の精霊の気配。ただし、もう命はない。その死の結晶をいくつも集めて解かして固めて手のひらサイズにしたもの。それが、機械の真ん中に収まっていた。
「……信じらんねえ」
オニロの声が震えている。そこには明確な怒りと嫌悪が滲んでいた。セラスも同じだ。後頭部を殴られたような衝撃で、クラクラする。今すぐにでも、こんなことを考え出した人間を滅ぼしてしまいたくなる。その衝動を抑え込むのに、セラスは胸元で拳を握った。
「だから、精霊が怒ったんだ……」
ミリーが呟く。大きな結晶を機械の中から引っ張り出して、大切そうに、胸に抱いた。
「そりゃ、怒るよ。こんなことされたら……」
ポロポロと、彼女の瞳から涙が溢れる。次から、次へと。ついさっきまで、精霊を見たことも感じたこともなかった人間だというのに。
セラスのそばに、ふわりと温かな気配が漂う。感じたことのある気配にセラスは振り返る。
形は見えない。しかし、確かにそこに存在した。
「地の精霊だ……」
ミリーが顔を上げる。オニロも驚いて振り向いた。
「いないって言ってなかったか?」
「今まではそうだったよ。今だって、いっぱいいるわけじゃないけど……でも、いる。感じる」
そのひとかたまりの気配はふわりと移動して、ミリーに寄り添うようにして動きを止めた。
「……ミリーのこと、心配してるのかも」
「私を……?」
「あるいは、感謝……かな。ごめん、何を言ってるかとか、そういうのはわかんないんだけど……でも、たぶん、ミリーのこと好きだと思う」
それは直感でしかない。ミリーに寄り添う精霊は何も語ってはいないのだ。けれど、きっと間違ってはいない。
ミリーは宙をじっと見つめる。胸元に押し抱いた宝石を大切に握って、そこにいる気配をどうにか見ようとするように、黙っていた。
「……ごめんなさい。私、精霊のことを見ることも感じることもできないけど」
どこかにいる地の精霊に語りかけるように、ミリーはそっと手を伸ばす。
「私、やっぱりここで暮らしたいの。この村で……母さんが眠る、この山のそばで。だから……お願い。どうか、どこにもいかないで……」
伸ばされたミリーの手を取るように、地の精霊の気配がその手のひらを撫でた。
「たぶん、いいよ、って言ってる」
「……本当に?」
「うん。ずっと、ミリーのそばから離れない」
「そう……」
安堵したように微笑んで、ミリーは結晶を握り締めた。そんなミリーを抱き締めるように、地の精霊の気配が彼女をそっと、柔らかく、包み込んだ。




