第13話 消失の理由
ミリーはじっとセラスのことを見つめている。助けてと、まるで縋り付くように目を逸らすこともなく。
その視線に耐えられず、セラスは顔を背ける。それを拒絶と受け取ったのだろう。ミリーは悲しそうに呟く。
「出来ない……かな」
「それ、は……」
出来ない――こともない、とは思う。恐らく、なぜこの崖崩れが起きたのかということを調べれば理由はわかるはずだ。先ほどから感じている胸の裏側がぐちゃぐちゃになるような感覚も、きちんと原因を探れば精霊が消失したこととの関係も見えるかもしれない。
それでもセラスは「うん」とは言えない。
――もし、失敗してしまったら。
……瞼の裏から燃え盛る村が、まだ消えない。
ミリーはしばらく押し黙っていたが、やがてふっと微笑んだ。
「ごめんなさい、変なことをお願いしてしまって。そうだよね、魔術だって、できることとできないことがあるんだよね」
「そ、う、だけど……」
「そうなんだけど、ひとつ聞かせてもらってもいいか?」
唐突に聞こえた三人目の声に、セラスもミリーも驚いて振り返る。
「お……オニロ!? なんで――」
「そりゃ、セラスが勝手に出て行ったんだから、ひっそり追いかけるに決まってるだろ。もしかしたらその子がセラスを殺すかもしれないんだし」
「はぁ!? なんでそんな失礼なこと――」
「ううん、その通りだと思う。相手が魔族でも油断させれば殺せるかも、みたいなこと考える人間、結構いるし」
「いるんだ!?」
「いるよ。ふふ、本当にセラスって箱入り娘だったんだね」
もう何度されたかわからない反応に、セラスは苦い顔をするしかできなかった。ここに来る道中でなんとなくそういう会話になっただけだというのに、まさかここまで何度も言われる羽目になるとは思わなかった。
オニロはゆっくりと近づいてくると、一歩だけセラスの前に出て止まる。
「で、君に聞きたいことなんだけど」
「ミリーよ。あなたはオニロよね?」
「うん。まあ、たぶん俺のことはセラスからある程度は聞いていると思うんだけど……なんで君は、魔族の力を借りようと思ったんだ?」
尋ねると、ミリーは少しだけ緊張したように身じろぎした。セラスにはその反応の意味がわからない。魔族が嫌われることもあるのはわかったけれど、エザーレ村のように友好的な人だっている。ミリーもそういうタイプだったというだけなのではないのだろうか。
しかしオニロは警戒を隠そうともせず、じっとミリーの返事を待っている。その圧は、セラスですら言葉を発せないほどだった。返答によってはミリーの命を奪うのでは――そんな恐怖すら覚えて、指一本動かせない。
ミリーは何度か深呼吸をしてから、ギュッと拳を握って顔を上げた。
「もう魔術の力を借りなきゃ、解決できないと思ったの」
「なんで?」
「……原因が、わからないんだもの。みんな、ただの事故だったって……事故で鉱山が崩れたんだって言うけど、なんだか違うような気がして」
「気がするだけか? 根拠はなく?」
「……うん。でも、変だもの。鉱山って、すごく硬いの。何百年も崩れたことがなかったし……それが何の前触れもなく崩れたりする? 前兆があったならわかるけど、そうじゃなくて、急によ!?」
ミリーは完全に塞がれた坑道の入口に手を添えて、声を震わせる。
「もうこの村が元に戻らないのはわかってる。それでも……なんでこんなことになったのかは知りたいじゃない。じゃなかったら、どうして母さんが死ななきゃいけなかったのか……」
「え?」
思わず聞き返してしまったセラスに、ミリーが視線を向ける。その瞳が潤んでいるのが、月明かりに照らされて、しっかりと見える。
「……私の母さん、この中にいるの」
――オニロですら、息を呑んだ。
「事故は、本当になんの前触れもなくて……地震が起きたと思ったら、次の瞬間には坑道は埋まってた。だからこの奥には、三十人くらいが埋まってる」
「……その中に、ミリーのお母さんも?」
「うん。母さん、炭鉱で働いてたから」
「炭鉱って、力仕事なんじゃなかったの……?」
「さっきも言ったでしょ? 機械が使われるようになったら、力も要らなくなったし、時間もかからなくなった。だから女の人も炭鉱で働けるようになってね。母さん、ずっと炭鉱で働きたかったって言ってたから、すごく嬉しそうだったな」
でも、と。ミリーは俯く。
「まだ、この中に埋まったままなの」
「……原因を知りたいのは、お母さんのためってことか」
確認するようにオニロが尋ねると、ミリーは小さく頷いた。
この奥に、ミリーの母親を含めて何人もの遺体がそのまま埋まっている。だとすると、この嫌な感覚は、その思念のせいなのかもしれない。人も魔族も、死に触れると異様な思念を残すことがある。光や闇の精霊は、その思念に反応して集まってきて、変異を起こすことがある。
だとしたらこの坑道にも既に変異が――
セラスは大きく息を吸ってから、口を開いた。
「わかった」
ミリーの瞳に光が灯る。
「調べてみるよ。だから、ミリーは待ってて」
「……ありがとう」
その笑顔には涙が滲み、明るい声は震えていた。
***
ミリーは一足先に宿に戻ってもらい、夜の気配を感じる中で、セラスは埋もれた坑道の入口に手を当てる。
「……何か感じるか?」
オニロの声はわずかだけれど苛立ちを感じる。あまり感情を露わにするタイプではない。けれど喧嘩をした後にはだいたいいつもこんな感じだ。怒っているのを無理矢理押さえつけようとするように、ほんのわずかに低い声になる。今もそれと同じ声音だ。
これ以上、オニロを怒らせるのは得策ではない。だから、セラスは気をつけて言葉を選びながら返事をする。
「気配が、すごく色々あるの。えっと……なんか、もやもやっとしたような、ぐるぐるするような、変なカンジで……」
「はっきりしないな。地の精霊の気配は?」
「……うーん。感じるか感じないかでいったら……わかんない……」
「なんだそれ」
「適当言ってるんじゃないからね!? ホントにわけわかんないの。精霊の気配は感じるんだけど……たぶん、闇の精霊がかなり集まってきちゃってる」
「ああ、そういうことか」
つまり、この場所の変異はかなり進んでいる、ということだ。でなければ闇の精霊の気配をこんなに強く感じることはあり得ない。
「でも……闇の精霊以外の気配も感じはするの。けど、それが地の精霊なのか別のものなのかは、ぜんぜんわからなくって……」
「思念と闇の精霊が深く絡みついた結果か、別の変異が起きてるのか……どっちにしても、情報が足りないな」
サラサラと何かをメモすると、オニロは腰につけたポーチの中にそれをしまった。
「一度宿に戻るぞ」
「えっ!? でも変異が起きてるんだよ!? なら夜のうちに調査しないと――」
「逆だ。変異が起きてるから、今はマズいんだよ」
「……夜のほうが精霊の気配は強いじゃない」
「他の属性の精霊だったら、夜のうちにって言うよ、俺だって。けど闇の精霊だけは別だ」
「え、そうなの?」
「闇はマズい。夜に増幅する魔力の量が他の精霊の五倍以上になるんだよ。だから下手に刺激したら命を取られる。冥界の王を召喚できるくらい力があれば別だけど」
「そ……」
それは、あまり突かれたくない部分だった。勝手なことをして、魔術を暴発させて――村をひとつ滅ぼして。今だにあの音と匂いを生々しく思い出して頭が痛くなってしまうのに。
唇を引き結んだセラスを見て、オニロは満足げに笑った。
「たまには自分のやらかしたことを思い出して苦しめ、クソガキめ」
「お……オニロ! さっきのこと、そんなに怒ってるの!?」
「怒ってる。お前が夜間に闇の精霊を刺激したらマズいって知らなかったから、余計に」
「うぅ……」
「ちゃんと傷つけ。でないと何度でも同じ失敗する」
そう吐き捨てて、オニロはきびすを返してさっさと歩き出してしまった。ここまで言われて残るほど、セラスは考えなしではない。すぐにオニロを追いかけて走り出す。
「オニロ、怒り方がラティオにそっくり」
「そりゃどうも。俺はいつか父さんみたいになるのが目標だから、大歓迎」
「ねちっこくって性格悪いって意味だけど」
「つまり褒め言葉ってことだな」
「もー、いい加減赦してよ、オニロ!」
「いやだねー」
結局宿に戻るまで、オニロはずっと機嫌が悪かった。それでも坑道で起きたことのことは考えてくれていたようで――
***
翌朝、セラスはオニロと共に、再び坑道にやってきた。
――塞がれた坑道からは、ドロドロとした気配が漏れ出していて、セラスはそのおどろおどろしさに吐き気を覚えて口元を押さえた。




