第12話 崩れた鉱山
夜の村をゆっくりと歩く。夕方、ついたばかりの時にも感じたことだけれど、夜になって改めて外を歩くとその静けさにゾッとする。灯りが付く家はほとんどなく、あったとしても静まり返って夜の時間を耐えているだけ。祭で盛り上がる村から来たのも相まって、その落差で脳がぐちゃぐちゃになりそうだった。
「同じように人が住んでいる村でも、ここまで差が出るんだね……」
セラスが思わず呟いた言葉に、隣を歩く女性――宿屋の娘、ミリーはクスクスと笑った。
「あなたって本当に箱入り娘だったのね。驚くところはそこなんだ?」
「ええ? だって、びっくりするよ。たった半日馬車に乗っただけで、人の数がこんなに減っちゃうんだから」
「……そうだね。でもね、本当に、一年前まではこんなに閑散としてなかったの。むしろエザーレ村よりずっと賑やかだったんだよ」
不意に足を止め、ミリーは天を仰いだ。
「鉱山で働く人がたくさんいて、鉱石を宝石に加工する人もいっぱいいた。炭鉱のほうで働く人は顔を真っ黒にしてたけど、みんなすごく楽しそうで、笑顔で、毎日うちの店で酒盛りなんかしちゃって――全部、なくなっちゃったけど」
寂しげな呟きをどう受け止めたらいいか、セラスにはわからなかった。そもそも賑やかな酒盛りなんて、昨日エザーレ村で見たのが初めてだった。魔王城にはそもそも五人しか暮らしておらず、エザフォスもラティオもトゥルマリナも、静かに飲むのが好きなほうだ。だからお酒を飲むというのはそういうものだと思っていたのだ。
昨日見た食堂の様子をこの村にも当てはめようと想像を巡らせる。しかし、できない。この村の空気とあまりにも違い過ぎる。
「……ミリーは、またこの村が賑やかに戻ると思ってる?」
尋ねると、彼女は困ったように眉を寄せ、どうかな、と息を吐く。
「戻ればいいなとは思ってる。けど、急に山が崩れるようになって、坑道が埋まって、水も止まって、草木も枯れて……そんなの、元に戻ると思う?」
「……ごめん、わからない」
「だよね。私も、意地悪言ってごめんね。でも、セラスが興味を持ってくれたのが嬉しかったんだ。もう誰も、この村には来ないって思ってたから」
「だから私に『お願い』なんてしてきたの?」
「そうだよ。だって、あんな会話を聞いちゃったんだもん。都合がいいなって思ったから」
ミリーはフフッと笑うと再び村を歩き出した。彼女が向かっているのは恐らく鉱山のほうだろう。食えない子だなと思いながら、セラスもその後を着いて行く。
歩きながら思い出すのは、ほんの十分ほど前のことだった。
***
「いや、今すぐには動くべきじゃないだろ」
――と、オニロは呆れたように言った。夕食を終えて、宿の部屋に案内してもらった直後のことだ。
「お前さ、今何時だと思ってるんだ? こんな真っ暗になってから、鉱山まで行くって」
「だって精霊の気配がないって、絶対に変じゃん。なら、なんでなのか捜しに行かないと」
「それはそう。だけど、だったら今じゃなくていいだろ。次の馬車が来るのが三日後。それまでは嫌でも滞在しなきゃいけないんだから、明るくなって足場が見えるようになってから行くべきに決まってる」
などと言うのはオニロが確実に安全なものを求めるからだということはセラスも知っていた。昔からそうだ。念入りに勉強して、理解して、それからじゃなければ魔術を使わない。なんとなくこんな感じ、とある程度掴んだらとりあえずやってみるタイプのセラスとは真反対だ。
その結果、オニロのほうが魔術が圧倒的に上手いという結果はあるのだが。
「夜のほうが精霊の力が高まるのは、知ってるよね?」
珍しくセラスは理屈で反論してやった。オニロはすぐには返事を寄越さず、口を閉ざす。
「異変が強いときには、夜に調査をすべきだって、前にラティオから教わったことがあるけど」
滅多にやらない過去の学習の知識をセラスは口にする。オニロは今度は目を逸らした。
「オニロはここで魔術を使いこなせないかもしれないけど、私は地の精霊の加護があるから魔術が使える。だったらここでも安全じゃない」
「いや、それはない」
「はぁ!?」
このタイミングでだけ即答するのはどういうつもりなのか。――どうもこうもないが。ただセラスを否定しようとしているだけだ。コノヤロウ……と沸き上がる怒りを必死で抑えて、セラスはオニロを睨み付ける。
「私の魔術じゃ安全じゃないって言いたいわけ!?」
「実際そうだろ? まだ魔術の出力調整がヘタクソだから、繊細な魔法も使えないし、うっかり吹き飛ばしたりするし」
「そっ……それは、たまたまそうだっただけで……」
「何がたまたまだよ。俺はお前が思った通りの魔術を使えている場面を二回しか見たことない」
「二回は成功してるじゃん!」
「何百回も失敗しておいてそれ言うか?」
「ぐぬうううう……」
今度はセラスが言葉を失う番だった。なにひとつ言い返せない。成功と失敗の回数を比較されてしまえば、セラスの敗北は明らかだ。
だとしても。
「どっちにしたって三日しかないんだから、調べるなら早いほうがいいに決まってるでしょ!?」
「三日しかないから慎重にいくべきなんだろ。今日は移動で疲れてるんだから、早く寝ろって」
「もお~! いいよもう! オニロは部屋で待ってれば!?」
「おい、セラス!」
引き留めようと手が伸びてくるが、それを勢いよく引っぱたいて弾き飛ばし、怯んだ隙に部屋を飛び出した。
バタン、と扉が閉じた瞬間、ちょうど廊下にいたミリーが驚いた顔をして立っていることに気づいた。両手にたくさんのタオルを抱えて、仕事の最中だったのかもしれない。
「……もしかして今の、聞いてた?」
恐る恐る訪ねると、ミリーは申し訳なさそうに頷いた。
「うちの宿、壁が薄くて……」
「あー……いや。えっと、うーん……」
ということは、魔力が云々と話していたのも気づかれてしまっているのだろう。だとしたら、どうするべきか。なんとか誤魔化す方法を考えようとしたのだが。
「……ねえ、あなたにお願いがあるの」
そう言ったのは、ミリーのほうだった。
***
鉱山の近くへと向かうと、ボロボロになった小屋の数が増えてくる。
「この小屋って、鉱山の人が使ってたやつ?」
「そう。道具とか、食料とか、水とか、そういうものを置いてたの」
「へえー……スコップと、あのとんがったやつはなに?」
「ツルハシ。昔は一番大事だったやつなんだよね」
「昔?」
「二年くらい前にね、首都のほうに行ってた人が、機械っていう、勝手に動いてくれる道具を買ってきたの。今まではガンガンツルハシで岩を叩いて掘りだしてたんだけど、機械を置くだけで勝手に掘ってくれるから、めちゃくちゃ便利になったんだ」
「へー、すご。それって魔術を使ったやつ?」
「ううん、魔力のない人間でも作ったり使ったりできるやつ! まあ、私には仕組みがよくわかんなかったんだけど」
機械――というのは、全く聞いたことがなかった。だがなるほどとも思う。魔族だって、魔術を使うのは生活を便利にするためというのが最も多い。だとしたら、人間が魔術に近いものを作っていてもおかしくはない。
「その機械って、今はないの?」
「うん……全部、使えなくなっちゃったから」
寂しそうにこぼしたミリーは、真新しい土が積もった場所の前で立ち止まった。まるで掘り起こされたように、一部だけ色味が違っている。
「ここ、って……」
「昔の坑道。一年前、急に地震が起きて土砂崩れが起きて、機械も一緒に埋まっちゃったんだ」
――ゾクリと背中に冷たいものが走る。異様な空気を感じて、セラスは思わず息を呑んだ。
わずかに後ずさるセラスのほうに、ミリーが向き直った。
「あなた、魔族なんでしょう? 魔族なら、なんでこんなことが起きたのか調べられるんじゃない?」
「調べられるかどうか、は……」
「お願い! 今まで一度も事故なんか起きなかったの。その鉱山が急に崩れるなんて絶対何かあるのよ! 私もずっと調べてきたけど、全然わからなくて……だから、助けて! 魔術でこの事故のことを調べて!」
――それがミリーの願いだったのだ。しかし、セラスの魔術でそんなことが可能なのか。
ただ確かに、この場からは街の中では感じなかった奇妙な気配を感じる。その気配とは、一体何なのか――
心臓の音が高鳴るのを感じながら、セラスはその場に立ち尽くした。




