第11話 土煙の街
その村は、ほとんど人の気配がしなかった。
建物は多くあるから、恐らくもともとは賑やかな村だったのだろう。だがその半分は灯りもなく、窓ガラスすらない家もある。
馬車を降りてから人の話す声も聞こえない状況に、セラスは眉を寄せた。
「この村、もしかして滅びた……?」
「いや、それなら馬車が走ることもないだろ、さすがに」
そうは言うものの、オニロもこの村に人がいるのかは半信半疑なのかもしれない。辺りをぐるりと見回してから、うーん、と腕を組み考え込む。
「……ひとまず、今日泊まる場所を見つけるか」
「もし見つからなかったら?」
「まあ、仕方がないから空き家をちょっと拝借するしかないかなあ」
「そうなるよねぇ。まあ、野宿よりはいいか……」
城で暮らしていた頃には、ひと晩を過ごす場所がないというのは想像もできなかった。まだ家出をしてから三日も経っていないというのに、滅茶苦茶だとセラスは思う。
「セラス、やっぱり精霊の気配は感じないか?」
「うん、全然。たまに呼びかけたりしてるんだけど……」
眉を寄せながら、セラスはもう一度魔力を集中させてみる。しかし、地の精霊が応える気配は全くなかった。
「エザーレ村で地の魔術を使ったときは、ちゃんと地の精霊の気配があったから、たぶんここだけいないんだと思うけど……そんなことある?」
「うーん……」
オニロは再び考え込む。しばらくそのまま黙り込んでいたが、やがて首を横に振った。
「基本的には、精霊のいない場所っていうのはないはずなんだよ。少なくとも千年以上観測されてない」
「じゃあ、パパたちが産まれた頃は? それなら千五百年前でしょ?」
「その頃のは記録がないんだよ、そもそも。魔族が長命って言ってもエザフォス様と父さんが一番の長生きだし、人間のほうも記録してた連中っていないっぽいし」
「えー、不便。ちゃんと記録しておいてくれればよかったのに」
「お前も無茶苦茶言うな……今すぐ知りたいなら父さんに連絡して城に連れ戻してもらうか?」
「それは無理。別の方法で考えよう」
あっさりと拒否すれば、だろうな、とオニロは笑った。
「とはいえ、どうするか――」
と、話を続けようとしたときだった。セラスは視界の向こうに宿屋の看板が揺れているのに気づく。その窓からはうっすらと灯りが漏れていた。
「オニロ、宿、人がいる!」
「お、本当だ。ということは少なくとも廃村じゃないってことか」
「宿の人に何があったのか聞いてみようよ」
「そうだな。まあ、話してくれればだけど……」
乾いた風がセラスとオニロの間を駆け抜けていく。
舞い上がった土煙は二人の視界を曇らせた。
***
「……こんな村に、何をしに来た?」
宿の扉を開けて早々に言われたのがその言葉だった。セラスはすぐには返事が出来ずに思わずぽかんと口を開ける。
「な、何しに、って……」
「旅の人間がたまたま立ち寄るような村じゃない。見ただろ、廃墟を。だってえのに、こんなところに来るなんて、怪しいやつらめ」
剥き出しの悪意がセラスに向けられる。まさか宿の主からそんな言葉をかけられるとは思わなかった。昨日泊まった宿は女将が優しくて、魔族だとわかっても親切にしてくれたというのに。
形にならないモヤモヤが腹の内に燻っていく。唇をキュッと引き結んだセラスの肩を、オニロは苦笑いしながらポンと叩いた。
「移動の最中だったんだよ。馬車が普通に出てるから、てっきり普通の村なんだと思って。なあ、何かあったのか?」
オニロは平然とした顔でそう言って宿の主の顔色を窺う。それでも男は警戒した顔を見せていたが、やがて小さく息を吐いて宿の奥を指差した。
「今日の馬車で来たんなら、まだメシ食ってないんだろ。入んな」
「お、なんか作ってくれんのか?」
「金は払ってもらうぞ」
ぶっきらぼうに言い放ち厨房へと消えて行く。その様子に、セラスは再び口をぽかんと開けるしかできなかった。
「警戒してるなあ……」
ぼやくように呟いたオニロの後ろから、「ごめんなさい」と若い女性の声がした。
「ここ最近、急に街の様子がおかしくなっちゃって。それでピリピリしてるのよ」
長い赤髪を三つ編みにしている彼女は、先ほどの男とはまるで雰囲気が違う。一応歓迎はしてくれているようだった。それでも決して気を許している様子はなくて、「こちらへどうぞ」と案内をしてくれながらもほんのわずかに距離がある。やはりエザーレ村の女将とは全然雰囲気が違った。
食堂に案内されても人影は全くない。どこからか砂埃が入ってくるのか、丁寧に掃除をしている気配は感じられるのに、テーブルにはうっすらと砂が積もっていた。
「ごめんなさい、ちょっと汚くって……」
「これって、砂だよね……? 家の中まで入ってきちゃうの?」
「ええ。大工のおじさんが言うには、最近急に乾燥してきて木材が縮んじゃってるんだって」
「それで隙間ができて、ってことか」
「うん……元々はこんなんじゃなかったんだけどね」
テーブルの上を拭きながら、彼女は諦めたように笑う。
「鉱山の街だから岩肌は多かったんだけど、緑もあったし、野菜とかもそこそこ採れてたの。なのに、この一年で急に植物が枯れ始めて、雨が降らなくなって……」
「急に? 何かあったとかないのか? ほら、火山が噴火したとか、デカい地震が起きたとか」
「まったく。そういえば雨が降らないなーって気づいたときにはもうカラッカラ」
テーブルを綺麗にし終えた彼女は、苦々しい顔をセラスたちに向ける。
「そんな状態だから、お出しできる食事も選べないような状態なの。今父さんが作ってるから……あと、部屋も今掃除してくるわね」
どうぞごゆっくり、と言い残して彼女はパタパタと去っていく。その背中を見送りながら、セラスとオニロは「うーん」と唸った。
「地の精霊がいなくなったせいだろうな」
「やっぱりそうなんだ?」
「ああ。精霊は魔術を使うのを手伝ってくれるだけじゃなくて、その土地を豊かに保つ力もあるからな」
「だとしたら、どうして地の精霊がいなくなったのかを考えなきゃいけないけど……」
本来存在しなくなることはないはずの精霊がいなくなった。それは一体何故なのか――この地が嫌になったから? この場所に飽きてしまったから? それとも――
「……誰かに殺された?」
と、セラスが呟いた瞬間、オニロが息を呑んだ。
「え、待って。私今、変なこと言った?」
「いや……変じゃない。変じゃないから……まさか、って思って」
「どういうこと?」
「あったんだよ、確か、そういうことが」
「ホント!? いつ? どこで? どんな風に?」
「いきなり言われても思い出せるわけないだろ! 俺だって今気づいたのに」
「ならなんとか思い出して。これ、だいぶヤバいことでしょ!?」
「ヤバいよ。ヤバいから中途半端な知識で動くのはもっとヤバいってことだよ」
「えー、そこはもう、コレかも、くらいで探し回ったほうがよくない?」
「いやー……」
オニロは苦い顔で首をかしげるだけで頷いてはくれない。そうだった、とセラスは思い出す。彼は石橋を叩いて壊すくらいの慎重派なのだった。この家出だって、ラティオと念入りに話し合って準備をした末のものなのだから。
作戦を立ててくれるのはありがたい。けれど、動けなくなってしまうのは困る。そもそもオニロは地の精霊を感じることは出来ないのだ。もしかしたらそれも彼の腰を重くしているのかもしれないけれど――
それなら自分が動くだけだ。セラスは内心覚悟を決めて、窓の外へ視線を向けた。
相変わらず風が吹く度に、街中は土煙に包まれていた。




