第10話 乾いた大地
ガタガタと揺れる馬車に揺られ、セラスは窓の外を見る。木製の客室には十人ほどが乗れるはずだが、今はセラスとオニロしか乗ってはいなかった。エザーレ村の魔王祭はあと二日ほど続く。ひと晩だけの滞在で村を離れるのは、セラスたちだけだったのだ。
「……あの子たち、どうなったかな」
窓から景色を眺めながらセラスは呟く。オニロは手紙を書く手を止めて、小さく息を吐く。
「どうかなあ。正直、一朝一夕で解決するような話じゃないからな」
「同じ村に住んでるのに、なんであんなに違うんだろ」
「それを言ったらお前とエザフォス様だってそうだろ?」
「う……」
「身も蓋もないけど、そういうもんなんだよ」
「……なんかなあ」
胸の奥がモヤモヤと気持ちが悪くなってくる。納得出来ないし、飲み込めない。城の外に出てからずっと、こんな感情になってばかりだ。
オニロはしばらくそんなセラスを見つめていたが、ポンポンと頭を叩くと再び手紙を書き始めた。便せんの下の方まで文字でびっしりと埋めてペンを置くと、飛行機の形にそれを折る。
「セラス、窓開けて」
「え? あ、うん」
言われるがままに窓を開く。両側を木々に囲まれた街道は緑の生きる匂いがした。その風が吹き込んでくるのを感じていると、オニロは便せんの飛行機を外に飛ばす。
「風に乗り、城へ――」
その言葉に応えるように、便せんの飛行機は小鳥へと姿を変えて、パタパタと高く飛び立っていった。木々に紛れてあっという間にその姿は見えなくなる。
「ラティオに?」
「そう。定期報告の手紙」
「次の行き先も書いたの?」
「いや、書いてない」
「報告しなくていいの?」
「別にいいよ。母さんはもしかしたら、うるさく言うかもしれないけど」
クックと肩を揺すりながら、オニロは窓から空を見上げる。
「父さんたちは、本当は俺たちの居場所なんてわかってるんだから。いちいち細かく伝えなくてもいいだろ」
「……オニロって、わかりにくい反抗の仕方するよね」
「別に反抗してるつもりはないんだけどな。大人の思うとおりのことをするのがやだってだけで」
「そういうのを反抗期って言うんだと思うけど?」
指摘するセラスに、オニロは口の端を上げる。
「この馬車ってどこに向かってるの?」
「ローカ村ってとこらしい。確か、鉱山の村だとか女将さんが言ってたな」
そう言いながらオニロは本を手渡してくれる。栞が挟んであるページを開くと、ローカ村について、気候や特産、地形などが記載されている。
「その本が書かれたのは百年くらい前だから、今は変わってるかもしれないけどな」
「こういう本あるんだ」
「世界中の土地を調査するって、結構重要なことだからな。王都の連中が必死になって調査して、本に纏めてるんだけど――」
と、オニロは少しだけ意地の悪い笑みを浮かべる。
「まあ、実際にはここに書かれてないけど重要なことがある」
「え、なに?」
「この土地が地の精霊の加護を受けているってこと」
「あー」
なるほど、とセラスは頷く。昨日滞在したエザーレ村は闇の精霊が加護する一帯で、次に向かうのは地の精霊が加護する地域。人間に感じ取ることは出来ないが、魔族にとってはその違いは重要だった。
「……っていうか、オニロ大丈夫なの?」
「なにが?」
「オニロは地属性の魔術は使えないでしょ。だったら、地の精霊の加護がある地域って、居づらかったりしないの?」
「うーん……まあ、正直言うとちょっとな」
彼は苦笑いしながら別の本を鞄から取り出す。こちらは魔族によって書かれたものだった。土地を守護する精霊たちと、魔族との関わりについて研究されている。その本をぱらりと開き、彼は一カ所を指差した。
「四大元素の精霊の加護は、魔術の成功率に関係するっていうのは知ってるよな?」
「知ってる。トゥルマリナにめちゃくちゃ叩き込まれたもん。魔術を覚えるっていうのは基礎を知るってことだー、とか言って」
「母さん、細かいことうるさいタイプだからなー。でもまあ、だったら話が早いわけだけど」
オニロの指先は四大元素を図解したものを示している。地、水、火、風、四つの属性はそれぞれ精霊の加護を受けて魔術を使う。ただ、そこで問題となるのが精霊の気分によって魔術の精度に差が出るということだ。
「精霊って、自分の支配してる土地で別の属性の魔術を使われるの嫌いだもんね」
「そうなんだよ……闇と光の精霊は気にしないでいてくれるんだけどな。あいつらは自分を高位の存在だとか思ってるから」
「下々の者が何をしようと気にしない、的な?」
「そう。でも、四大元素はお互いにライバル視し合ってるから。これで俺た地属性も使えるっていうんなら、他の属性を使っててもそこまで機嫌損ねないんだけど……」
「なんか、厄介よね、精霊って」
そんなくだらない理由で争われてもこちらは迷惑なのだが。セラスはため息をこぼしながら、改めてローカ村について書かれた本に視線を落とす。
鉱山の村で、石炭と宝石を掘り起こして村の産業としている。エザーレ村からは馬車で十時間。朝出発して、夕方ようやく到着するという距離だ。エザフォスやラティオのように空間転移の魔術が使えればもう距離など考えずとも良いのだが、空間転移が使えるのはあの二人だけだ。魔力は十分なトゥルマリナでさえ、技術的に相性が悪くて使えない。それくらい人を選ぶ魔術で――だからこそ、追いかけてこられたら一番恐いトゥルマリナから逃げられているとも言える。
「この村で、何を見るの?」
「さあ、何も決めてない」
「は? じゃあなんでローカ村を選んだわけ?」
「一番早く乗れる馬車がこれだったんだよ。どうせ目的地があるわけでもないんだし、流されるまま行けばいいんじゃないか?」
「てきとー……」
半眼でオニロを見つめるが、彼は気にした様子もない。こういういい加減なところは、この幼なじみの弱点だと思っている。それに黙ってついてきた自分が悪いのもわかっているが。
とはいえ、目的地がないのも事実だ。世界を識ろうと思うなら、流れるままに移動するのも正しいことなのかもしれない。そういうことにしてセラスは再び窓の外に視線を向けた。
まだ太陽は天高くに輝いている。到着までは、相当の時間がかかりそうだ。
***
夕暮れ時になって、ようやく馬車は村の近くへとやってきた。窓の外にはゴツゴツとした岩山がいくつも並ぶのが見える。きっとあれが鉱山なのだろう。
木々も少なくなり、茶色の土が踏み固められた道が続く。乾燥しているせいなのか、馬車が走ると土煙が舞っていた。もうだいぶ前に窓はしっかり閉めたのに、それでもわずかに砂粒が入ってくるほどだ。
「なんか住みづらそうな場所じゃない?」
「こんだけ乾燥してるとなあ。水不足もそうだけど、あんまり野菜とか育たなそうな感じだよな」
「だからさっきから廃墟みたいなのが多いのかな」
「いや、あれは鉱山で働く人たちの道具小屋だと思うんだけど――」
と、言いながらオニロは口を閉ざす。眉間に深く皺を刻んで、考え込んだ。
「……なあ、セラス。地の精霊の気配って感じるか?」
「え?」
突然の問いに首をかしげる。
「あ、そっか。オニロは地の精霊はわかんないんだ」
「そう。意識を集中させて、呼びかけてみてくれ。俺たちじゃはっきりとは会話できないと思うけど、それでも声くらいは聞こえるはずだから」
「わかった」
頷いて、セラスは意識を自分の内側に集中させる。地水火風、四つの気配のうち「地」の魔力に視線を向けて、そっと、語りかける。
――ねえ、いる?
しかし。
「……あれ?」
「どうした?」
「なんか……声、聞こえない」
失敗したのだろうか。セラスはもう一度瞼を閉ざし、語りかけた。ねえ、いる? いたら返事をして?
……それでも声は聞こえなかった。
「ねえ……ここ、地の精霊がいない、かも」
「……そうか」
もしかしたら、オニロは気づいていたのかもしれない。だとすると、今見ているこの景色は――
夕日に染まる岩山と砂埃。まるで生命の気配を感じないその光景。
セラスは胸の奥で冷たいものを感じて、息を呑んだ。




