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変化


 西暦2730年7月 地球統合本部会議室


 会議室には、統合本部からコウゾウ・オオカワ本部長、レジェ・シノハラ作戦司令長官、そして中央研究所からノーリス・ノジマ所長、カオリ・マシス主任研究員が集まっていた。

 マシスからの報告書をもとに、シヴァル計画の今後を話し合う予定だ。

 「それでは、始めましょうか。まず、マシスさんからでよろしいでしょうか」

 シノハラが確認すると、ノジマは頷きながらマシスに視線を送った。

 マシスが手を乗せた端末パネルを操作すると、それぞれの前にあるモニターにいくつかの波形が表示された。

 「一番下が現在の『時の波』です。ご覧の通り、上の初期の波に比べ波形がかなりはっきりとしたものになっており、消えることなくずっと継続しています」

 マシスは表示を変えた。

 「次に、海洋生態学研究室のハンズ・サクマ教授からの報告書です」

 モニターに小さな魚のような生き物が映った。

 「これは海洋に生息するムタという3センチほどの小さな魚の一種です。海岸線付近ではどこにでも姿を見かけるようなごくありふれた生物ですが、数ヶ月前から突然姿を消したようです。生息域を変えた可能性もあるので、サクマ教授はあらゆる場所で生息の確認、さらに死滅などの痕跡を調べましたが、全く見つからなかったそうです。つまり、存在していなかったかのように消えた、と言うことです」

 マシスはオオカワを見ると、

 「これらは、明らかに干渉による変化だと言えます」

 断言するような口調で言った。

 オオカワは少し考えたのち口を開いた。

 「過去への干渉によるこの時代の変化というものは、例えば砂漠地帯に突然に草木が生い茂るようなもっと大きな変化を考えていたのだが、そんな小さな生物がいなくなったことが変化と言えるのかね?」

 オオカワの質問は何もマシスの意見を馬鹿にしたようなものではなく、素直な疑問だった。横に座るシノハラも同じことを思っていた。

 「本部長のおっしゃる通りだと思います」

 ノジマがオオカワの考えに同調するように話を始めた。

 「確かにこの小さな生物は、いてもいなくても我々の生活に何ら影響のないものです。しかし、それが全く痕跡を残さず消えた・・・。成れの果て物質の影響で遺伝子変異を受け発生したこの生物は、残念ながらその起源までは分からないのですが、そこから派生するすべての生物までもが消えているそうです。たとえその生物を取り巻く環境が大きく変わったとしても、それほどまでに完全に消し去ることは不可能だと言えます」

 ノジマは少し考えたのちポケットから古びたボールペンを取り出した。

 「これは、今ではもうほとんど見かけなくなった筆記用具のボールペンです。小さな生物がいなくなったのは、このボールペンがこの世界からなくなったようなものです。しかし、今では使われることのないこのボールペンがなくなったところで、私たちの生活に全く影響はないでしょう。ところがこのボールペンの使用目的から派生した全てのものが無くなったとしたらどうでしょう」

 オオカワもシノハラも、ボールペン以外の筆記用具を思い浮かべた。

 過去にはサインペンとか万年筆とかがあっただろう。その後電子入力でタッチペンが普及した。筆記用具とは入力装置だ。そう考えるとキーボードもその仲間なのかもしれない。ならば今使われる端末パネルもそうだ。

 オオカワもシノハラも小さな生物が身をもって示した変化の大きさに気付いた様子だった。

 「そうか、ならばひょっとして」

 シノハラが何か思い出したようだった。

 「今まで全く水のなかった砂漠地帯に突然水量が豊富な川が出現したとしたら、それは一つの変化として考えられますか?」

 シノハラはポケットから携帯端末を取り出すと、先日農業プラントに行った時の画像を皆に見せた。 

 透き通る水が、深く沈んだプラントの電源設備を覆っていた。そしてその川の流れのはるか奥には薄らと緑色に輝く山肌が見えた。

 「これは・・・」

 ノジマが驚きながらマシスを見た。マシスも驚きの表情でノジマを見ていた。

 「まさしくその変化じゃないでしょうか。この方がオオカワ本部長の期待する変化に近いですね」

 マシスはオオカワに笑顔を向けた。

 「単純な地殻変動では、このような水は出ないでしょう」

 ノジマが太鼓判を押すように付け加えた。

 「始まったと見ていいか?」

 オオカワが念をおすように言った。

 「はい」

 ノジマもマシスも大きく頷いた。

 「やっと彼女たちを帰してやれるな」

 オオカワは一瞬ほっとした表情を見せたが、すぐに気を引き締めるようにシノハラを見た。

 「帰還の準備をすぐに始めてくれ」

 「分かりました。それとこのことを公表する時期は」

 オオカワは少し考えた後、マシスにまず質問をした。

 「T-デバイスのチャージにはどれくらいかかりそうかな?」

 マシスはすぐに端末を操作すると、モニターにその結果を表示した。

 「回収には送ったとき以上のエネルギーが必要です。生活インフラへの供給を保ったままだと最低でも1ヶ月はかかります」

 「チャージ完了のタイミングで公表しよう」

 「そのことですが」

 ノジマがオオカワの言葉を遮るように話し出した。

 「ヴァリアブルシップが戻ってくることを知った人々は、作戦の成功を喜び、今の環境が大きく変わることを期待するでしょう。しかし、作戦は成功でも環境がいつどう変わるかまではその時点では分かりません。すぐに現れない変化や、ひょっとしたら何も起こらないことに期待を裏切られたと感じるかもしれません。そのとき、その裏切られた気持ちはどこに向くでしょう」

 それは、戻ってきたヴァリアブルシップの乗組員たちだ・・・。

 皆が同じことを思った。

 「彼女たちは我々が想像できないくらいの体験をして、やっと戻ってくるのです。そんな彼女たちを守ってやるべきです。現時点での公表は控えましょう。人々が満足できるような変化が現れた時点で公表して英雄にしてやればいいのです」

 ヴァリアブルシップで過去に行ったものたちは、そこでどんな経験をしたのだろう。そしてどんな気持ちで帰る日を待ったのだろう。

 考えても考えても、ここにいる人々にはそれが浮かぶことはなかった。

 「ノジマ君の言う通りだ。研究所はノジマ君に任せるので、必要な人員だけに伝えてくれ。こちらは・・・」

 オオカワはそう言いながらシノハラを見た。シノハラはオオカワの言いたいことがわかったように頷いた。

 「こちらは、この二人でいいだろう」


 

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