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プライオリティ


 2086-06-05 ヴァリアブルシップ メインルーム


 「25、28、31、1、3、4、そして今日。船の姿勢制御が頻繁に行われるようになっています」

 重苦しい雰囲気のメインルームで、アイナ、アス、シロウは大型モニターの表示を見ながらユーリの説明を聞いていた。

 「それに伴って、チャージ使用量も著しく増加しています。これは姿勢制御の回数の増加だけではなく、姿勢制御の規模が大きくなっていることも原因しています」

 ユーリはモニターの表示を変えた。チャージの総量を示したグラフは、ここ数日で一気に下がっていた。

 「今のこの状態が続けば、リザーバーを含めてもあと3ヶ月ほどでチャージが底をつきます」

 ユーリは不安そうな顔をしながらも淡々と言った。

 姿勢制御が頻繁になれば当然チャージの減少も激しくなり、いつかは無くなってしまうことはみんなが理解していた。しかし、具体的な数字が目の前に迫ってくると、やはり不安な気持ちが強く湧き上がってきた。

 「新しい巣も先日の敵の総攻撃で卵も幼体もほぼ全滅状態だ。この辺りが潮時かもしれんな」

 3日前、敵が凄まじい数の自爆型ドローンを巣内に突入させていた。

 アイナはため息をつくと、シートバックに体重をかけるように深く身を任せた。

 「こんな状態じゃ、こちらはもう何も出来ん。スミレの活躍であの2機のアルビオンと輸送機もかなりのダメージを受けたはずだ。動けんのは向こうも同じだろう」

 急に振動が伝わった。

 揺れはすぐに治まったが、また船の姿勢制御が行われたことに違いなかった。

 「こちらの状況を統合本部に知らせる方法はないのでしょうか?」

 アスはその答えがないことは分かっていたが、それでも何か突然その方法が現れないか期待した。

 「回収時には紐が引っ張られるわけだから、逆にこちらが引っ張る、とか」

 シロウも言っては見たものの、無理だということはわかっていた。

 それ以上、何も意見が出なかった。

 再び小さな揺れが感じられた。

 「あの・・・」

 揺れがおさまり口を開いたのはユーリだった。

 「あの、船の姿勢制御は泡の不安定さが原因だと思うのですが、この泡ってあたしたちが元いた時代のものですよね。その泡が不安定になっているってことは、もしかして元いた世界が不安定になっているってことじゃないでしょうか?」

 ユーリの言葉に3人はハッとし、それぞれ考えを巡らせた。

 「そうだな。その通りだ」

 みんなの思うことは一緒だった。

 泡の不安定さは、干渉の影響で変化が起こっている証拠だと。

 「だから、あたしたちを送り出した研究所の人たちはその変化に気づいているはずです。そして、きっとあたしたちの回収に動き出します」

 ユーリの言葉は力強かった。

 「ユーリがそんなことを言うなんてな。成長したな」

 アイナはそう言ってユーリに笑顔を向けた。

 「ほんとだ、驚いた」

 「ユーリの意見に同感だ」

 みんなの言葉に、ユーリは照れ臭そうに顔を赤らめた。





 その日の深夜 ヴァリアブルシップ食堂


 薄暗い食堂で、アイナはいつものようにアルコールを飲んでいた。

 そこにいつものようにアスが入ってきた。

 「節電ですか?」

 いつもと違い部屋に明かりは灯っておらず、非常灯だけだった。

 「それもあるが、この方が落ち着く」

 アスはカップボードから自分のグラスを取り出すと氷とアルコールを入れた。すると横からアイナが空になったグラスを出してきた。

 アスは笑いながらアイナのグラスにもアルコールを注いだ。

 「ありがとう」

 二人はいつものように向かい合って座った。

 「昼間のユーリのことはどう思う?」

 アスが一口飲んだのを見てアイナが聞いてきた。

 「ユーリの言う通りだと思います。泡の不安定さは変化の現れと言っていいでしょう。隊長は何か別の考えなのですか?」

 「いや、そのことではなく、ユーリ自身のことだ」

 アスはアイナの言っている意味が分からないような表情で首を傾げた。

 「きっと、不安で一杯なのだと思う。けど、そんなことを見せずに逆にわたしたちを励ますようなことを言うなんてな」

 アイナは改めて感心したように言うと、グラスを口に運んだ。

 アスはシロウの存在がそうさせたのだろうか、と根拠もなく思った。

 それならば、喜ばしいことだ。

 しかし・・・。アスは自分の存在を考えると、何か気持ちが落ち込んでしまった。

 「せめて、ユーリだけでも帰してやりたいな」

 その意見にはアスも賛成だった。

 「全員が帰ることができればいいのだが、そうならなかった時のために、優先順位を決めておくべきだろうか」

 アルコールの入ったアイナは普段と比べて口数が多かった。アスはそれが嬉しかった。

 「ユーリが最優先でいいよな」

 「はい」

 「次は、アスとシロウでジャンケンだな」

 「何言ってるんです。隊長には帰って報告する義務があります」

 「報告なんて誰でもできる。わたしはいい」

 アイナはグラスのアルコールを一気に飲んだ。

 アイナのその投げやりとも思える飲み方に、本当はまだやり残したことがあるのではないかとアスは感じた。簡単に諦める隊長ではない・・・。

 「でも、ユーリが最優先なら、その次はシロウですよ」

 アスの言葉に、アイナは笑っていた。

 その時、姿勢制御のために船が揺れた。

 隊長を絶対に一人にはさせない・・・。

 日常的に慣れっこになったその揺れの中で、アスはアイナにその想いを寄せていた。



 

 その夜、アスは夢を見た。それは過去の記憶だった。

 まだ軍の名残があった頃、アスは複座型の戦闘機に乗り飛行訓練を行なっていた。その時後部座席でアシストしていたのが先輩のアイナだった。

 そして訓練を終え、間も無く基地上空に差し掛かるというところでトラブルが起こった。

 それは、鮮明な記憶として夢の中で再生された。


 「トラブル発生。エンジン停止しました」

 「失速に注意。速度落とすな。エンジン再始動」

 「エンジン再始動します」

 「・・・だめか」

 「はい、始動不能です」

 「エマージェンシーコール。こちら飛行訓練中のVF002。エマージェンシーコール」

 『こちら統合軍中央基地管制塔。エマージェンシー確認。どうした』

 「VF002。エンジン停止。再始動するも始動せず。滑空着陸を行う。許可を」

 『こちら中央基地管制塔。直ちに緊急体制をとる。どの滑走路も使用可能だ』

 「VF002。了解。・・・・、ということだ」

 「自分は滑空着陸の経験がありません。操縦を代わっていただけますか?」

 「何を言っている。パイロットはお前だ。やれ」

 「しかし・・・」

 「うろたえるな!基地は目の前だ。十分降りられる。ただしチャンスは1回だがな」

 「・・・」

 「ベイルアウトに逃げるなよ。ここでは落とせん」

 「は、はい」

 「速度が落ちている、機首を下げろ」

 「はい」

 「早めに進入コースをとれ」

 「はい」

 「よし、進入コースはこのまま」

 「はい。ギアダウンします」

 「ばか。まだ早い。ギリギリでいい」

 「機首を下げろ。怖がるな」

 「はい」

 「速度を落とすな」

 「・・・」

 「よく耐えた。ギアダウン。機首を上げ滑りこめ」

 「!」

 「よし、降りた。エアブレーキ」

 「はい」


 「お疲れ、よくやったな」


 そこにはアイナの笑顔があった。


 そこで夢は終わった。

 その時に見たアイナの目は、目覚めた後もしばらく残っていた。




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