スミレ
2086-04-09 ヴァリアブルシップ メインルーム
「輸送機確認。STです。スミレの位置上空を旋回しています」
生殖個体スミレの位置に特異性輸送機のマーカーが現れた。
ユーリは、やっぱりか・・・、と心配そうにモニターに映るマーカーの動きを追っていた。
アイナたちは大型モニターでその様子を見ていた。
「S-1が降下したみたいです」
「位置を特定されたか?」
シロウが心配そうに聞いてきた。
「スミレのマーカーがはっきりしません。おそらく敵にも位置がわかっていないのではないでしょうか」
先日小型飛行機が通過してから、スミレは見つかったのがわかったかのようにその存在を消していた。
「このまま見つけられずに帰ってくれればいいのだが」
この生殖個体が敵に見つかったとしても、なんら状況が変わるものではなかった。だがそれはユーリが長く観察を行ってきた個体で、ある意味特別な存在だった。出来れば戦闘に巻き込みたくないとアイナは、いやアスもシロウも同じように思っていた。
ユーリも祈るようにアルビオンのマーカーを見ていた。
緊張した時間が過ぎてゆく。
「あ・・・」
ユーリが悲しそうな声を出した。
モニターにスミレのマーカーがはっきりと表示されてしまったのだ。おそらく敵も感知しただろう。
敵のマーカーの動きが急に速くなった。
「ユーリ、入るか?」
アイナがインサートするかユーリに聞いた。
ユーリは顔を歪めながら首を横に振った。
「自分が入ります。いいかユーリ?」
シロウがユーリに確認すると、ユーリは大きく首を縦に振った。
「動かすことは出来んが、新型アルビオンの記録は取れるだろう。あまりいい役ではないが頼む」
スミレが特殊個体でない以上、アルビオンに倒されるのは明らかだった。
シロウがコクピットへと向かうと、アイナもアスも自分の席に座りヘッドセットをつけた。
『準備よし。いいぞ』
シロウの声が届く。
「スミレにターゲット固定。シロウ、インサート。その後モニターに視界を共有します」
少しして、壁の大型モニターにスミレの見ている世界が映し出された。
その直後、土煙が上がり周囲の木々が粉々に飛び散った。
「輸送機から狙撃されましたが、外れたようです」
続けて土煙が上がり視界を妨げる。いくつも爆発が起こった。
『銃弾を浴びせられてるようだ。これじゃ、もう保たん』
シロウが諦めたように言った。
モニターを見つめるユーリの顔が徐々に悲しみを帯びてくる。
しかし、アルビオンの激しい銃撃にも関わらず、スミレは存在し続けた。
風が吹き土煙を消し去ると、スミレの視界にアルビオンが映った。
「あの銃撃を耐えたのか?!」
アイナが驚きの声を出した。
ゆっくりと視界が動く。するとスミレはアルビオンに向けて飛び上がった。
スミレの動きは鈍重でアルビオンは簡単にそれを避けた。スミレの着地と同時に木々が飛び散り土煙が舞った。
土煙のぼやけた視界の中、スミレが振り下ろす巨大な爪が見えた。
『かなり動きが鈍い。アルビオンは簡単に攻撃を避けています』
視界が爆炎に包まれた。
ライフルを撃ち続けるアルビオンの姿を爆炎が隠す。
爆炎が途切れた。アルビオンがリロードしたようだ。
スミレはアルビオンを見続けていた。
アルビオンが一瞬戸惑いを見せる。激しい銃撃にもかかわらず存在し続ける巨体に恐怖を感じたのかもしれない。
その直後、視界がぶれ、スミレの腹部あたりで強烈な爆発がいくつも起こった。
「輸送機からの狙撃です」
ユーリの声は少し震えていた。
それでもスミレは怯むことなく目の前のアルビオンにゆっくりと近づいてゆく。
「ミ、ミサイルです・・・」
ユーリが絶望的な声を出した。
凄まじい爆炎がスミレを包んだ。数発のミサイルが全弾命中したようだった。スミレはのけぞるように空を見上げた。
『まだ、耐えています』
シロウの声が伝わる。
スミレの視界から爆発の煙が消えるとすぐにまた爆炎に包まれた。
輸送機から放たれたミサイルが、再び全弾命中していた。
「これでもまだ大丈夫なのか。生殖個体とはこんなものなのか」
アイナはスミレに畏敬の念を感じていた。繁殖のために体はこうも変化するものなのか、と。
『もう1機、アルビオンが降下してきました』
すぐに2機のアルビオンからの銃撃が始まった。
スミレの視界が爆炎でぼやける。それでもスミレはアルビオンに向かっていた。
アイナたちにが感じるのはスミレの視野だけで、音も、振動も、スミレの痛みも感じることはなかった。しかし、それでもスミレを包む爆炎の凄まじさが十分すぎるほと伝わってきた。
「もう、やめて・・・」
ユーリが震えながらモニターから目を逸らした。
すると一瞬爆炎が弱くなった。
視界に刀を振り上げ飛びかかるアルビオンが映った。視界が揺れる。首に刺したようだ。
その直後、視界が大きく流れ、一瞬スミレの長い尾が見えた。
尾を使ったスミレの一撃だった。
すぐに視界が止まる。
その視界の中で、両足が切断されたアルビオンが飛ばされていった。
さらに、スミレの尾がもう一機のアルビオンの腹部を直撃する。
腹部から白い液体が吹き出し火花が飛んだ。
巨大な尾の力に負けたアルビオンはそのまま地面に叩きつけられ、土煙を巻き上げながらめり込んだ。
「やったのか」
アイナがシートから乗り出した。
『まだ1機アルビオンが生きています』
シロウの声と同時に、両足を切られたアルビオンがもがきながらライフルを撃ってきた。
さらに空中からは輸送機が機銃を撃つ。
爆炎に包まれるスミレの動きは確実に落ちてきていた。しかし、それでもなお地面にめり込んで動きを止めたアルビオンに視線を向けていた。
「とどめを刺すつもりだ」
アイナはいつの間にかシートから立ち上がっていた。
スミレの視界が高くなった。アルビオンに最後の一撃を与えるために立ち上がったのだ。
「すごい・・・、な」
アイナは瞬きもせず、じっとモニターを見つめていた。誰もが目の前のアルビオンは終わりだと思った。
「輸送機が!」
ユーリの叫ぶ声がメインルームに広がった。
同時に大きな衝撃を受けたかのように視界が急に大きく流れた。
巨大な爆炎がスミレの視界を覆った。
倒れ込むように地面が迫る。
「スミレ・・・」
ユーリの絶望の声。
スミレが最後に見たものは、太陽光パネルの上を滑って行く潰れた輸送機だった。
ユーリは映像の消えたモニターを茫然と見つめていた。
アイナがユーリに近付き肩に手を寄せた。
「名前を付けただけあるな。いい働きだった」
ユーリは目に涙を蓄えながらアイナを見た。
「自分がインサートした子が消えるのは悲しいものですね」
しばらくして、シロウがコクピットから出てきた。
シロウを見て立ち上がったユーリの背をアイナは優しく押した。
ユーリとシロウが近づく。
「ありがとう・・・」
そう言ってユーリはシロウに体を寄せると、大きな声で泣き出した。




