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安定剤


 西暦2729年4月 地球統合本部 メディカルセンター トーコ・サリアンのオフィス


 オフィスのソファーでカオリ・マシスが少し落ち着かない様子でコーヒーを飲んでいた。そこに急にドアが開き、トーコ・サリアンが入ってきた。

 「ごめんね遅くなって。診察が長引いちゃって」

 トーコは自分のデスクからタブレット端末を取るとマシスに向かい合って座った。

 「結果を先に言うと、カオリの不眠は成れの果て物質とは関係ないよ。発現の痕跡もないし、血液の数値も問題ないからね。過労だね」

 マシスはトーコの言葉に安心しながらもまだ疑問が残っていた。

 「でも、過労なら疲れているはずだから、かえって眠くなるんじゃないの」

 「ああ、体だけが疲れているならね。カオリは体よりも頭を使ってるんじゃない?体は眠ろうと思っていても頭が過度に活動を続けているから覚醒しちゃうんだよ。研究、うまく行ってないんじゃない?夜に目が覚めたときにそんなこと考えだすと余計に眠れなくなるよ。まずは頭を休めなきゃ。安定剤出すから飲んでみて」

 トーコはマシスに見えるように端末をテーブルにおいた。そこには検査結果の数字が並んでいた。どれも正常の範囲内にあった。

 「今、どんな研究してるの?」

 「送り出したヴァリアブルシップになんとかして連絡が取れないかと」

 「え? 連絡を取る手段って、もしかして全くないの?」

 トーコは驚きの表情でマシスを見た。

 「最初はここまで長くかかるとは考えていなかったからね」

 「まぁ、確かにそうか・・・」

 「向こうでの様子も知りたいし、きっと彼女たちもこちらの様子がわからないのは不安だと思うから」

 そこで、マシスははっとしたように表情を変えた。

 「そうだよね。アス君も行ってるじゃない。ごめん。トーコの方がよっぽど不安だよね」

 「まぁ、あいつは好きで行ったようなものだから・・・」

 トーコの冷静な反応に、マシスは少々戸惑った。

 「好きで・・・、行ったの?」

 「あはは。あいつは単純だから大丈夫だよ。それよりも船の電源は大丈夫なの?」

 トーコはごまかすように笑うと、話題を変えた。

 「ああ、チャージはまだ大丈夫。フルに使っても5年は保つから」

 「5年か。長いね」

 「それまでには、帰ってくるよ」

 「そうだね」

 「でも、そんなにも長い間、いくらメディカルカプセルを使ったとしても、閉鎖された空間で正常な精神状態を維持できるものなの?」

 マシスは普通の生活を送っているにも関わらず不眠症を感じているのに、それよりももっと過酷な環境で果たして人は生きて行けるのか疑問に思っていた。

 「おいおい、メディカルセンターの先鋭スタッフが作り上げたメディカルカプセルを侮るなかれ」

 トーコはニヤリと笑い胸を張った。

 「そんなにすごいの?」

 「セロトニンをはじめ体内のあらゆるホルモンを適切に調整してる。これによって精神状態は安定し、場合によってはハッピーに感じるようになるよ」

 「だったら、人類全員にそれを使ったら滅亡が迫ってもその直前までハッピーでいられるんじゃない」

 予想もしなかったマシスの言葉にトーコは一瞬考えた。

 「そうだね。それいいかも。今度提案してみようかな。それと、プロトタイプが残っているから、薬をやめてカオリも使ってみる?」

 マシスはすぐに首を横にふった。

 「いや、いい。薬ちょうだい」

 トーコはちょっと残念そうに笑いながら端末を手にすると、そこへ処方箋を入力した。

 


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