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第二十話 ギルドの最終会議と、予期せぬ標的(ごちそう)



翌朝、国境街の空気は昨日までとは一変していた。

 北東の森から流れてくる風には、どこか獣の脂の匂いと、焦燥感が混じっている。

 アルルは身支度を整えると、昨夜のうちに預ける手はずを整えていたマリィの家を訪ねた。

 庭先では、クロノとオズが並んでしゃがみ込み、文句も言わずに黙々と草むしりに精を出していた。昨日、勝手な真似をした罰として、マリィから「今日一日、家の手伝いをして反省すること」と厳しい条件付きで留守番を言い渡されているのだ。

 その後ろでは、白黒のロバのハナが、二人の働きぶりを監督するように立っている。ハナは足元に生えている草には目もくれず、二人がむしって山にしたばかりの新鮮な草だけをシャクシャクと美味しそうに平らげていた。

 そればかりか、食べるペースにむしる作業が追いつかないと、ハナは「早くしろ」と急かすように、クロノの背中の服を器用に歯で引っ張って催促している。


「ちょっとハナ、服は食べちゃダメだってば! 今抜いてるから……あ、オズ! そっちの美味しそうな草は僕が抜くところだぞ!」

「知るかよ、早い者勝ちだろ!」

「ふしゅん!」


 罰を受けているはずなのに、子どもたちとロバのやり取りはどこか微笑ましく、張り詰めていたアルルの頬も自然と緩んだ。


「クロノ、行くわね」

「……うん。いってらっしゃい、アルルさん」


 クロノは立ち上がり、泥だらけの手を振った。

 マリィが家の奥から腕まくりをして顔を出し、力強く頷いた。


「大丈夫よ、アルルさん。この子たちは今日一日、私の目の届くところでしっかりしごく……じゃなくて、反省させるから。草むしりが終わったら、次はハナちゃんの念入りなブラッシングと、水汲みと薪割りが待ってるわよ!」

「助かります、マリィさん。……クロノ、マリィさんの言いつけを守って、いい子にしているのよ」

「わかってる。……アルルさん、絶対、無事で帰ってきてね」


 少しだけ不安そうな、けれど昨日よりもずっと成長した目で見送られ、アルルは一人、冒険者ギルドへと足を向けた。



◇  ◇  ◇



 ギルドの扉を開けた瞬間、刺すような視線の束がアルルを射抜いた。

 広場にいた冒険者たちが円陣を組み、低い声でアルルの噂を囁き合っている。


「おい、あれか。昨日、街のゴロツキを三人まとめて瞬殺したっていう『飴売り』は」

「細腕の女じゃねえか。どうせメイヤーの身内かなんかで、手柄を盛ってもらってんだろ」

「国境封鎖のせいで仕事がねえ時に、素人に中衛を任せるなんてよ……。メイヤーも焼きが回ったか」


 隠す気もない嘲笑と不信感。

 アルルは表情一つ変えず、彼らの間を通り抜けて中央の地図が広げられた長机へと向かった。伯爵家で冷遇されていた頃に向けられた陰口に比べれば、この程度の野次はそよ風のようなものだ。

 机を囲んでいたのは、重装備の男たちが五人。今回の討伐隊の主力となる冒険者たちだ。その中心で、バンダナ姿のメイヤーが地図を指差していた。


「来たか、アルルさん。……おい、野次はそこまでにしろ」


 メイヤーが鋭い声で周囲を制したが、目の前に立つ巨漢の冒険者が、鼻で笑ってアルルを睨みつけた。



「本気かよメイヤー。中衛ってのは部隊の『要』だぜ。こんな、戦場も知らねえような水飴売りを置いて、俺たちの背中を預けろってのか?」

「彼女の腕は私が保証する。文句があるなら、討伐の後にしろ」

「ケッ。死んでから文句は言えねえんだよ」


 男は腰の戦斧をガチリと鳴らし、アルルを威圧するように一歩踏み出した。アルルは男の瞳を真っ直ぐに見返し、静かに、氷のような声で言った。


「私が邪魔なら、おとりにでも使えばいいですよ……ただし、私が動く前に死なないでもらえるかしら。死体は、魔獣を呼び寄せるだけだから」

「……てめえ……っ!」

「でも、皆さんがいるから私の出番はないんじゃないかしら?」


 アルルはチラリと、冒険者たちの武器を見やった。


「使い込まれて手入れの行き届いた斧や剣。それだけで皆さんの実力がわかりますよ。私のことはあくまでも、補助や傷の手当てをする水魔法使いくらいに思っていてくださいな」

「……はぁ?……」


 氷のような威圧から一転、さらりと自分たちを持ち上げたアルルの発言に、冒険者たちはすっかり毒気を抜かれたようだった。その絶妙なタイミングを見計らい、メイヤーが軽く手を鳴らした。


「よし、会議を始めるぞ」


 アルルの不思議な空気感で、いつの間にか荒れそうだった場が収まっていた。メイヤーは淡々と説明を開始し、地図の北東、深い森の一点を指した。


「現在の報告によれば、スカルラプターの群れは五十を超えている。連携の取れた群れだ、一対一のつもりで戦えば確実に食い殺されるぞ」

「五十……多すぎるな」


 先ほどの男が顔を引き締める。


「それだけじゃない。このスカルラプターの異常発生に押し出される形で、森の深部から『グリムベア』が手前まで降りてきている可能性が高い」


 その言葉に、部屋全体が凍りついた。

 グリムベア。常人の倍以上の巨躯を持ち、鋼のような毛皮と厚い脂肪を持つ大型魔獣。一撃で家屋をなぎ倒すほどの破壊力を持ち、熟練の冒険者でも死を覚悟する相手だ。

 周囲が青ざめ、戦慄が走る中、アルルだけは密かに胸を高鳴らせていた。


(グリムベア……メイヤーさんが言っていた、美味しいお肉。体力がやたらあるから、短期勝負を仕掛けないといけないわね)


 冬に備えた最高級の脂。身の締まった赤身。

 脳内ではすでに、昨日買い込んだ雑穀と新鮮な熊肉のステーキ、そして水飴を隠し味に使った甘辛い煮込み料理のビジュアルが完成していた。


(肉が多すぎて、ハナだけでは運びきれないかもしれないわ。市場で大きめの保存袋を買い足すべきだったかしら)


 悲壮な決意を固める冒険者たちの中で、一人だけ「お肉の運搬方法」を真剣に悩んでいるアルル。その致命的な温度差に気づく者は誰もいない。

 メイヤーはアルルを見据えて続けた。


「配置は予定通りだ。アルルさんは中衛。前衛がスカルラプターに囲まれそうになった際の間隙かんげきを埋め、後衛へ抜ける敵を阻止する。一番走り回る役目だ。……できるか?」

「……ええと、まずは足を狙って……」

「……アルルさん?」

「え? あ、わかりました」


 アルルはグリムベアをどう美味しく仕留めるかという対策に夢中で、かろうじてメイヤーの話を聞いていた状態だったため返事が遅れたが、メイヤーは深く追求せずに頷いた。


「よし。明日の夜明けと共に出発する。各自、抜かりないように準備しろ」


 会議が解散となり、冒険者たちが舌打ちをしながら散っていく中、先ほどの巨漢の男がアルルの肩をわざとぶつけるようにして通り過ぎた。


「おい、飴売り。足手まといになったら、魔獣の前に放り出してやるからな」

「……お気遣いありがとう。時に切り捨てることも大切だと教わりました。覚悟はできていますので大丈夫です」

「教わったぁ?」

「はい。私はミグラスのゴルゴダ出身なんです。あそこは騎士を輩出する事で成り立っている領地なので、幼少期にそういう厳しい合理性を教え込まれていますから」


 アルルがしれっと返すと、男は何故か納得したような顔をして去っていった。

 男はゴルゴダという地名こそ知らなかったが、「騎士を輩出する土地の苛烈な教え」という理由を聞いて、この女の座った肝に妙に納得したのだ。一方のアルルは、あれだけいきり立っていた男たちが急に大人しく引き下がった理由がわからず、不思議そうに小首を傾げた。


 ギルドを出ると、空には重たい雲が立ち込めていた。

 森の奥には、厄介な群れと、そして「最高のごちそう」が待っている。

 アルルはギルドの階段を下りながら、マリィの家で子どもらしく罰を受けているであろうクロノの顔を思い浮かべた。


(待っててね、クロノ、ハナ。明日の夜には、今まで食べたこともないような最高のお肉を持って帰るから)


 愛用の剣を一度だけ強く握り、アルルは決意を新たにした。

 守るべき家族のため、そして自分の胃袋のため。

 ちょっとズレたアルルの本気の狩りが、いよいよ始まろうとしていた。



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