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第十七話 魔獣の種類と、市場の出店許可証



 国境の街の市場は、想像していた以上に賑わっていた。

 広い通りの両脇には色とりどりの天幕が並び、乾いた香辛料の匂いと焼きたてのパンの香りが混ざり合っている。荷車を押す者、身振り手振りで値段交渉をする商人、威勢の良い呼び込みの声——様々な音が、風に乗って慌ただしく行き交っていた。

 クロノはきょろきょろと辺りを見回している。


「すごい……お祭りみたいだね」

「国境封鎖の影響かもしれないわね。足止めされている滞在者が多いって、マリィさんが言っていたでしょう?」


 アルルは露店に並ぶ穀物袋を覗き込む。

 大麦。雑穀。乾燥豆。

 水飴の仕込みに使えそうな材料は一通り揃いそうだ。値段も悪くない。


「これと……あと、この雑穀もいただけるかしら」


 店主の男は手際よく袋を量りに乗せながら、アルルの顔を見て言った。


「姉ちゃん、旅の商人かい?」

「ええ。少しの間、この街に滞在することになりそうで」

「なら、今のうちに必要なもんは買っときな。封鎖が長引くと、あっという間に値が跳ね上がるぞ」


 なるほど、とアルルは小さく頷いた。

 やはり、市場の人間の生の情報は何よりの財産だ。

 クロノはその横で、別の店に並んだガラス瓶をじっと見ていた。


「アルルさん、この瓶、底が厚いよ。熱い水飴を入れても割れにくそう」


 店主が感心したように眉を上げる。


「へえ、坊主も商売の手伝いをしてるのか」

「うん、僕、前に瓶を割っちゃったことがあるから……」


 クロノが少し恥ずかしそうに頭を掻くのを見て、アルルは思わず微笑んだ。

 結局、その分厚い瓶もいくつか購入した。

 買い込んだ荷物をハナの背に括り付けながら、アルルは満足げに息を吐いた。


「いい買い物ができたわね」


 その時だった。


「もう街には慣れましたか?」


 振り返ると、そこにはメイヤーが立っていた。

 今日は軍服ではなく、落ち着いた色合いの私服の上着を羽織っている。頭には相変わらずバンダナをぐるぐると巻いていた。


「おはようございます。今日は一日詰所でお仕事ではなかったのですか?」

「ええ。ですが巡回ついでに、アルルさんをギルドへ案内しようと思いまして。一応、隊長権限で少しだけ抜け出してきました」

「……隊長?」


 アルルが聞き返した。クロノも目を丸くしている。

 メイヤーは「あ」と小さく声を漏らした。


「言ってませんでしたっけ? 俺、国境警備隊の隊長と、この街のギルドの幹部を兼任しているんです。元々はただの冒険者だったんですがね」


 アルルは思わずメイヤーの姿を上から下まで見直した。

 確かに、よくよく観察してみると、魔法が苦手なアルルでも分かるくらい、彼から漏れ出ている魔力は濃く力強いものだった。どうりで、一時滞在許可から家の手配まで、色々と融通が利くはずだ。


「もしかして、いつも頭に巻いているそのバンダナも……」


 メイヤーは苦笑して肩をすくめる。


「まあ、魔力の圧を隠す意味もあるんですが……この髪色だと色々と不便なんですよ。平民のくせに魔力が強くて目立つので、隊長だと分かるとあちこちで相談事や陳情で足止めされますし。人手不足の今は、身分を隠しておいた方が何かと動きやすいので」


 メイヤーはするりとバンダナを外した。

 そこには、鮮やかな『浅緑色あさみどりいろ』の髪が現れた。

 確かに、この色は街中でひどく目立つだろう。アルルの空色の髪と同じだ。平民の多くは魔力をほとんど持たないため、それぞれ属性の薄い色を持つ人たちの中では、アルルやメイヤーのように強い魔力を持つ者はどうしても目を引いてしまうのだ。


「すんなり見つかって良かったです。さ、今からギルドに案内しますよ。市場の出店ルールや、討伐登録などの説明もありますから」


 メイヤーは再びバンダナを巻き直し、背後を指差して歩き始めた。



◇  ◇  ◇



 アルル達が案内されたのは、市場の喧騒から少し離れた場所にある、天秤の紋章が掲げられた石造りの大きな建物だった。

 ハナを建物横の厩に繋いで中へ入ると、忙しそうに書類を運ぶギルドの職員たちが、メイヤーの顔を見るなり次々と頭を下げる。


「メイヤー隊長、お疲れ様です!」

「お疲れ。奥の会議室は空いてるか?」


 メイヤーが受付に声をかけると、すぐに奥の部屋へ通された。

 奥の部屋には、ギルドのバザー担当者がすでに待機していた。

 メイヤーは担当者の横に座り、アルルとクロノは向かいに腰掛けた。


「現在、国境は一時封鎖中ですので、多くの商人や冒険者がこの街で足止めを食っています。一時的な人口増加で、食糧などやや不足しつつある品もあるんですよね」


 担当者は手元の書類に目を通しながら続ける。


「街では常に広場でバザーを開いていますが、今は一時滞在の商人があまりにも多いため、順番を割り振って『四日に一度』の交代制で出店許可を出しています。彼らも、お金を稼がないと生きていけませんからね」


 アルルは頷いた。


「私も、そのバザーに出店しても大丈夫なんですか?」

「もちろんです。ただし、アルルさんの場合は『討伐協力』が優先条件ですが」

「ええ、そういうお約束ですから」

「では、さっそく手続きを進めましょう。……記録を拝見しましたが、旅の途中、こまめに各街のギルドに寄ってくださっているみたいですね。おまけに、駆け出しにしては中々の売り上げを叩き出しています」


 担当者は少し驚いたようにアルルの顔を見た。

 「最近はギルドを通さず、適当に行商している人が多くて困っているんですよ」と担当者はこぼす。身元がはっきりしない、本当に商人なのかわからない者には、限られたバザーの場所を貸す事は出来ないのだという。

 愚痴をこぼしながらも担当者は手を動かし、さらさらと許可証を書き上げた。そしてそれをアルルに差し出す。


「これで、アルルさんは正式にこの街の『滞在商人』です。市場に出店する時は、必ずこの許可証を持っていて下さいね。もし同業の商人や質の悪い客と揉め事があれば、遠慮なくメイヤー隊長の名を出してください」

「何から何まで、ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ討伐の方をよろしくお願いします」


 許可証を受け取ったアルルは、ふと、聞こうと思っていた重要な質問を口にした。


「そういえば、他の冒険者と隊を組んで討伐に参加するのは久しぶりなんです。討伐隊のメンバーが揃ったら、一度皆さんと『手合わせ』のような訓練をしたいのですが」

「いつもはどうされているんですか?」

「旅の途中で、食費を浮かせる狩りを兼ねていましたから、基本は一人です。入隊試験の時に隊を組んで以来なので、集団での連携がうまくできるか心配で……」


 アルルは嫁ぐ前、ミグラスの騎士士官試験を受けて見事合格していた。もう少しで念願の騎士団に入隊という所で、理不尽な政略結婚を命じられたのだ。

 当時の悔しさを心の奥にしまい込みながら、アルルは言葉を続けた。


「あと、この辺りはミグラスとミクシリディアの魔獣が混在していると思うのですが、そこも詳しく知りたいです」

「ああ、確かにお知らせしておかなければいけませんでしたね。今回は『スカルラプター』の群れが主な標的ですが、この辺りはミクシリディアの生態系に寄っていますから、アルルさんにとっては、ほとんどの魔獣が初見になるかもしれません」


 職員はそう言うと立ち上がり、近くのキャビネットの引き出しをゴソゴソと漁り始めた。

 アルルは、隣に座っているメイヤーに向き直って質問を続けた。


「でしたら、この辺りに生息している『食べられる魔獣』も教えてもらえますか? 私たち、干し肉ばかりでそろそろ美味しいお肉が食べたくて」

「僕も! お肉食べたい!」


 ねー、と顔を見合わせて無邪気に笑い合うアルルとクロノ。

 その様子に、メイヤーは思わず堪えきれずに吹き出した。


「はははっ! 今まで色んな冒険者を勧誘してきたが、『食用の魔獣』を聞かれたのは初めてだ」

「そうなんですか?」

「アルルさんが狩ってきた魔獣のお肉、新鮮ですごく美味しいんだよ!」

「そうかそうか。……食べられるヤツだと、今の時期なら強いけど『グリムベア』がオススメかな。スカルラプターの群れに追われて、森の手前まで降りてきてるはずだ。冬に向けてたっぷり脂が乗ってるし、身が締まってて美味いぞ」

「まあ!」


 楽しみねぇ、と、まるで果物狩りに出かける前のようなテンションで笑い合う二人。

 互いの命のやり取りをする血生臭い話のはずなのに、この親子?の和やかな雰囲気が面白くてたまらず、メイヤーはしばらくクスクスと笑いが止まらなかった。

 やがて笑いがおさまるのを待ち、メイヤーが討伐の本格的な説明を始めた。


「ええと、アルルさんも加わってもらえたので、あと三人くらい腕の立つ冒険者を勧誘出来たら、一旦全員集まってもらってから討伐隊の編成をします。……それまでは、好きに過ごしていただいて大丈夫ですよ」


 国境の封鎖を一刻も早く解除せよと、王宮から矢継ぎ早に伝令が来ているらしい。「なんで魔獣が台風に飛ばされて来るかなぁ……」と、メイヤーはブツブツと愚痴っている。

 と、先ほど引き出しを漁っていた担当者が戻ってきた。


「お待たせしました。こちらの紙に、ギルドのお勧め商店一覧と、依頼の受け方や魔獣のリストなどをまとめてありますので、参考にしてください」

「ありがとうございます。……あら?」


 受け取った書類に目を通していたアルルは、ふと、一枚の紙の前で動きを止めた。

 そこには、ギルドが指定した『討伐隊の合同訓練日』が記載されていた。


「メイヤーさん。この訓練の日程ですが……」


 アルルは、先ほど受け取ったばかりの『バザー出店許可証』と、訓練の日程表を見比べる。


「あー……」


 メイヤーもそれに気づき、気まずそうに頭を掻いた。

 四日に一度しか回ってこない貴重なアルルのバザー出店日と、討伐隊の必須訓練日が、見事に丸一日被ってしまっていたのだ。


「討伐隊の連携確認は必須なので、訓練は外せません。……出店は、次回の割り当て(八日後)まで待ってもらうことになりますね」

「……そうですか。討伐が優先条件ですから、仕方ありませんね」


 アルルは少し残念そうに許可証をしまった。

 その横で、クロノが「そんな……」と、この世の終わりのような顔をしてしょんぼりとしている。


「案内してくださってありがとうございました。私たちはこれで失礼します」


 メイヤーはまだギルドで残務があるというので、アルルとクロノは一足先にギルドを後にした。



◇  ◇  ◇



 外に繋いでいたハナを連れ、再び市場の通りを歩く。

 アルルは立ち止まり、ギルドからもらった商店一覧の紙を見た。


「アルルさん、何か探しているの?」

「そうよ。鍛冶屋を探しているの。討伐訓練の前に、剣を研いでもらおうと思って」


 旅の道中で使ってきたため、愛用の剣は少し刃こぼれしているし、切れ味もほんの少し悪くなっている。対峙したことのない強力な魔獣相手には、万全の体制で臨まなければ命を落としかねないのだ。


「普段の護身用なら、この短剣でなんとかなるしね」

「油断大敵っていうヤツだね!」


 クロノは空元気を出して笑い、店に並べてある野菜を物欲しそうに見つめているハナに話しかけている。

 アルルは、そんなクロノの健気な背中を見つめた。

 この半年で、たくさんの物事を覚えたクロノ。計算も得意になり、水飴を売った時にすぐお釣りを用意したりと、本当に有能な手伝いをしてくれている。せっかくの出店が中止になってしまい、本当はひどく悔しいはずなのに、わがまま一つ言わない。


(そろそろ、また新しい本を買い足してあげないといけないわね)


 アルルは心の中でそう決めた。

 ふと空を見上げると、あっという間に昼も過ぎていた。

 もう少し買い出しをしたら、何か美味しいものを買って家に戻ろう。そして夜のうちに、大量の麦芽と水飴の下準備を済ませておくのだ。

 予定が狂って出店は延期になってしまったが、アルルの仮住まい二日目も、あっという間に充実したまま終わろうとしていた。

 この時のアルルはまだ知らなかった。

 出店が中止になったクロノの悔しさが、明日、とんでもない騒動を引き起こすことになろうとは。



いつも見てくださってありがとうございます!

他の作品も始めますので、

更新ペースが週に1〜2回になります。

引き続きよろしくお願いします^ ^

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