表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/23

第十三話 少しの噂と、繋げた者



 老婆の宿を出て、数日が経った。


 塩の道は相変わらず人の往来が多く、朝と夕方は特に賑やかだった。

 白黒のロバが荷車を引き、その脇を空色の髪の女と黒髪の少年が歩く――それだけで、道行く人の視線を集める。


 「ねえ見た?あのロバ。すごく珍しいわね」

 「ああ、水飴売りだろ。薬草入りのやつ」

 「疲れが抜けるって話だよ」

 「頭痛にも効くとか」

 「ポーションみたいな効果はないけど、じんわり効いてくるのがいいらしい。何より安いのがありがたいねぇ」

 「ポーション高いもんな」


 そんな声が、すれ違いざまに聞こえてくることが増えた。


 アルルは、胸の内で小さく息をつく。

 ハナのおかげもあって、少しずつ水飴の噂が流れ始めているようだ。


 「ハナ、貴方のおかげね」

 

 アルルはハナの立髪を撫でる。

 ハナはフスンと鼻を鳴らす。


 「え?なにが?」

 「水飴よ。なんだか噂になっているみたい。白黒のロバを連れた水飴売りがいるって」

 「ハナ有名なんだ、すごいね」

 「そうね。次の街に着いたら果物を買ってあげなくてはね」


 アルルは笑った。


 ハナは、相変わらずのんびりとした足取りでポクポクと進んでいる。

 大人しく歩くと、後にりんごを貰えると学習しているのか、道端の子どもが近づいても逃げない。

 


 その日の昼過ぎ、一行はそこそこ栄えた町に辿り着いた。

 石造りの建物が増え、屋台の数も多い。

 町の中央には小さな広場があり、商人と旅人が入り混じっている。


 「ここで、少し滞在できそうね」


 宿を確保し、荷車を落ち着かせた後、アルルは露店を一つひとつ見て回った。

 鍋、瓶、金物、香辛料――そして。


 「このシーツ厚手で良さそうね」

 「何に使うの?」


 アルルは沢山の布を山積みしている露店を覗き込んだ。

 手にとって一つ一つ見ていく。


 「ハナの馬着を作ろうと思ってるの。夜は寒いでしょう?」

 「ハナが風邪引いたら大変だ」


 アルルは白黒の格子柄のシーツを買った。


 「それじゃ次は本屋に行きましょう」

 「本屋?」


 アルルは隣の露店を指差した。

 そこには本が沢山並べてある。


 「この街に来るまでにたくさんお手伝いしてくれたから、ご褒美よ」

 「やったぁ!」


 クロノは飛び跳ね、すぐに本の露店に移動した。

 小さな屋台に、簡素な棚が立てられている。

 羊皮紙を綴じた本が、数冊ずつ並べられていた。


 クロノが、ぴたりと足を止めた。


 「……見てもいい?」

 「ええ」


 許可を出すより早く、クロノは棚の前に立っていた。

 目は真剣で、まるで宝物を前にしたようだ。


 「字、ちゃんと読めるの?」

 「うん。婆ちゃんが教えてくれた。全部じゃないけど」


 指先で背表紙をなぞる姿を見て、アルルは少し迷い、そして決めた。


 「どれにする?何か知りたい事はあるの?」

 「うーん、いっぱいあるよ」

 「そっか、慎重に選ばないとね」


 クロノは本を一冊一冊丁寧に手に取り、表紙や中を数ページめくる。


 「何がいいかな、僕何も知らないから」

 「そんなことないわよ。今は薬草の種類とか水飴の作り方をちゃんと覚えているでしょう?クロノは賢いから、これから沢山のことを吸収出来るわよ」

 「そうかなぁ?」

 「そうよ」


 クロノはしばらく棚を見つめ、やがて一冊を選んだ。


 『大陸の成り立ちと魔力の系譜』


 「これがいい。知らない世界を見てみたい」

 「いい選択ね」

 「うん」


 本を包んでもらう間、クロノは落ち着かない様子で何度も袋を覗いていた。


 夜。

 宿の部屋は、ランプの柔らかな光に包まれていた。


 クロノはベッドの上で、本を膝に乗せて読んでいる。

 ハナは外の厩で、干し草を食べている音がする。


 「アルルさん」

 「なあに?」

 「アルルさんの魔力は強いんだね」


 ページを開いたまま、クロノは聞いた。

 クロノの視線はアルルの髪の毛をじっと見つめている。

 アルルは少しだけ考え、椅子に腰を下ろす。


 「どんなふうに書いてあったの?」

 「アルルさんはミグラスの民で、魔力の強い王族は瑠璃紺色、次に瑠璃色、空色、水色、薄水…って書いてある」

 「そうよ。他には?」

 「強い魔力をもつ高位の貴族は多いけれど、稀にそうでもない家系や平民に突然現れる事もあるって」


 他の国も色が違うだけで同じだって書いてある、とクロノは言う。


 「私はね、ミグラスの子爵家の長女に生まれたの。騎士の家系で、私も騎士団に入るつもりで修行しながら生きていたわ」

 「アルルさんは貴族なんだ」

 「一応ね。私は子爵家にしては強い魔力を持っていたから、魔力が弱まっていた伯爵家の役に立つためにそこへ嫁いだの」

 「役に立つ?」


 生々しい表現を避けつつ、なるべくわかりやすく説明してみた。

 クロノは何となく理解したようで、アルルは頷いた。


 「魔力の弱い貴族は良いお仕事に就けないの。だから私の力を分ける感じかしらね?」

 「ふーん、なんか凄いね。分けたら何か貰えるの?」


 アルルはクロノの無邪気な質問に思わず吹き出した。


 「ふふっ…」

 「?」

 「ごめんなさいね、想定外の質問だったから…そうねぇ、何ももらってないわね」

 「タダ働きは良くないよ!」


 働いてお金を得る事の大切さを理解しているクロノは、なぜかアルルの分まで憤慨している。

 その様子が可愛く思え、頭をポンっと撫でた。


 「ありがとう。クロノは良い子ね…そうねぇ、何も貰ってはいないけど、血を繋げる事が出来たのは、とても嬉しかったから、いいのよ」

 「どういう事?」

 「クロノがもう少し大人になったら分かるわよ」


 クロノは少しぶすくれたが、やがて気になっていたらしいもう一つの質問をぶつけてきた。


 「…アルルさんは何をしに黒の国に行くの?」


 クロノは大きな黒い瞳でアルルをじっと見つめている。


 「黒の国はね、基本的に他国の人間を国民とは認めない国なんだけど…例外があるの」

 「例外?」

 「リュシアの街で行商人の登録をしたのは覚えてる?」

 「うん、一緒に冒険者の登録もしてたね」


 クロノは何かを思い出すかのように首を傾げて上を向いた。


 「黒の国はね、二年間の商売の記録があれば、永住権の申請ができるのよ」

 「申請?アルルさん黒の国に住むの?」

 「そうよ。私は商人として申請をするの。審査はとても厳しいけど、頑張ってみようと思って」

 「それで水飴売りしてるんだね。アルルさん強いのにどうして冒険者じゃないのかと思ってた」

 「私はそんなに強くないわよ。そこそこくらいかしらね。生きる為に身につけた力よ」

 「生きる為の力」


 クロノは雷に打たれたように目を見開いた。


 「ぼ、僕も何か力をつけたい」

 「あら、沢山のことを知りたいって言ってたでしょう?知識も力よ」

 「なら僕いっぱい勉強していろんなことを知ってる人になる!」

 「そう、頑張りなさい」

 「うん」

 「じゃあその為にはもう寝ないとね。よく寝ないと勉強が捗らないわ」


 クロノは弾かれたようにベッドに向かい潜り込んだ。よほど嬉しいのか本をギュッと抱えたまま、目を閉じる。


 アルルはランプを少し暗くし、静かに立ち上がり、ベッドに横になる。

 目を閉じると、外から白黒のロバが寝返りを打つ音がする。


 ふと、先程クロノに言った言葉を思い出す。


 私は確かに血を繋げた。

 私の色を持つ、殆ど会った事のない私の子供達を。

 ペインズ伯爵家はそれ以外を私に求めなかった。

 ならばもう、ただのアルルになって自由に生きていきたい。

 

 だから私は旅に出て、行商人として水飴を売る。

 目的はまだ遥か遠いが、私はもう何も奪われる事なく生きていくのだ。


 そう決意しながら眠りについた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ