表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空は、まだ咲いていた  作者: 宇波
第一章 自衛軍士官学校 〘4〙第三期 救助試験
151/152

第八十二話 あの日の瘡蓋 1

 電車を乗り継ぎバスを降り、私たちはその地へ足を踏み入れた。


 町だ。

シャッターがいくつか下りている商店街の入り口で、私はぼんやり立ち尽くす。


 開店している八百屋に出入りする高齢の女性。

その二軒隣に魚屋。


 端っこの方に人の出入りが見当たらない時計屋があって、その向かい側に地域の憩いの場になっているであろう、レトロな喫茶店。


 町だ。

普通の、至って普通の、町だ。


 人が入り乱れているわけではない。

でも、人っ子一人いないわけでもない。


 都会みたいな雑多さは無い。

それでも確かに、そこに息はある。そこに在る。


 人の気配。

生きている気配。


 目を閉じ、気配を全身に感じる。

そうして目を開けた時、視界には変わらない商店街の姿が映る。


(普通だ)


 普通に人が行き交って、普通に人が会話して、そうして普通に生活をしている痕跡がある。


 普通の日常。

昔、そこで大災害が起こったとは思えないくらいに。


「普通だって思った?」


 立ち尽くす私の隣で、黙って私が動き出す時を待っていたあまね先輩に視線を向ける。

その視線は、すぐに真っすぐ商店街へ向けた。


「はい。ここで大規模な被害があったなんて……。信じられません」


 誤魔化すことも取り繕うこともなく、ただ、ありのまま、素直に感想を吐露する。

同じく隣に立ち尽くすあまね先輩のため息は、呆れか感嘆、それとも。


「そうよね。そう思うわよね」


 辛い過去は過去のこと。

ここに暮らす人々が、口を揃えてそう言ってもおかしくないほど普通の振る舞いに、もう一度、信じられない思いをそこに向ける。


「もっと、荒廃してると思いました」


 それこそ、人の住めないような廃墟のような。

そんな、命の気配さえ感じないほどの惨状を思い浮かべていたから、ハッキリ言って、そう、ハッキリ言って、拍子抜けした。


 言葉にせずとも伝わる想いなんてものはあるもので、あまね先輩は鼻を鳴らす。


「……二十年は経ってるもの」


 吐き出す言葉に包まれた思いは、一体どんな色をしている。

ほんの少しだけ見上げたあまね先輩の横顔は、何も感じていなさそうな顔。

 ……だけど、どこか懐かしい場所を見るような。郷愁の念すら感じる色を浮かべて彼女は一歩、歩き出す。


「二十年って、長いわよ」


 独り言ちる。

二十年は、復興して、人がまばらにでも戻ってきて、普通を取り繕うには充分な時間なんだと、独り言のように。


 先輩の独り言には、生き証人のような重みがあった。


(その時代に生きていないはずなのに)


 まるでその場で、凄惨な体験を目の当たりにしたような、そんなリアリティさえ感じられる。


 先を行くあまね先輩の背中を追い、私は小さく駆け足で歩みを進める。

 足早に急ぐような先輩は、ずっと独り言のように零している。

ここにいる私が見えていないように、まるで自分自身にでも言い聞かせるように。


「でも、二十年なんて、あっという間なの」


 あっという間だから、思いを置き去りにしてしまった人だって少なくない。

置き去りにしたまま、未だに取り戻せていない人だっている。


 そんなことを零すあまね先輩の背中に追いつくことに精一杯で、私は彼女の言う事を、深く理解できなかった。


「着いてきて」


 商店街を抜けた先。

ローカル線の小さな駅を背に、先輩はようやく私を見た。


***


 二両編成ローカル線。

平日の昼間なためか、乗客は私たち以外に誰もいない。


 流れる景色は田園風景。

田園とは言うものの、何も植えられず、背の高い雑草ばかりが生い茂っている田畑ばかりが広がっている。


 荒れた田畑の向こうには、崩れて廃墟になったままの戸建てがチラホラ。

枠組みが残っているものもあれば、完全に崩れ去り、瓦礫の山のままのものもある。


 人の気配が存在した商店街から一時間。

生活の中心から離れた場所に、過去の傷跡がようやく見えてきた。


「人が、戻ってきてないんでしょうか」


 あまね先輩の視線がちらり。

私の頬を撫でるように滑らせたそれを、窓の外へ向けた。


「……離れた人もいたかもね」


 避難したまま、新しい土地で生きていくことを決めた人だって、きっといる。

あまね先輩が言った二十年は、そんな決断だってできるくらいには長い。


「あ、あの電車……」


 線路から外れた場所に、ひとつ寂しく佇んでいるその一両の電車は、錆びついてでもいるのか、遠目に見ても古いと分かる佇まいでそこにある。


「……廃線になった車両ね」

「廃線……」

「取り戻せなかった日常(もの)だってあるってことよ」


 あの廃墟と同じよ。


 先輩は車窓の縁に頬杖をついて、流れる景色をぼんやり見ている。


 崩れた戸建ては、既に視界から消えていた。

それにようやく気が付いたのは、最終駅の到着を知らせるアナウンスが車内に流れてからだった。


「降りるわよ」

「はい」


 淡々と降り立ったプラットホーム。

人は私たち二人。それから。


「二階堂さん、で、よかったかしら?」


 隣接している改札の向こうから声をかけてきた一人の女性。


「はい。お電話差し上げました、自衛軍士官学校二年、二階堂あまねです」


 本日はよろしくお願い致します。

先輩は彼女に、深く頭を下げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ