第八十二話 あの日の瘡蓋 1
電車を乗り継ぎバスを降り、私たちはその地へ足を踏み入れた。
町だ。
シャッターがいくつか下りている商店街の入り口で、私はぼんやり立ち尽くす。
開店している八百屋に出入りする高齢の女性。
その二軒隣に魚屋。
端っこの方に人の出入りが見当たらない時計屋があって、その向かい側に地域の憩いの場になっているであろう、レトロな喫茶店。
町だ。
普通の、至って普通の、町だ。
人が入り乱れているわけではない。
でも、人っ子一人いないわけでもない。
都会みたいな雑多さは無い。
それでも確かに、そこに息はある。そこに在る。
人の気配。
生きている気配。
目を閉じ、気配を全身に感じる。
そうして目を開けた時、視界には変わらない商店街の姿が映る。
(普通だ)
普通に人が行き交って、普通に人が会話して、そうして普通に生活をしている痕跡がある。
普通の日常。
昔、そこで大災害が起こったとは思えないくらいに。
「普通だって思った?」
立ち尽くす私の隣で、黙って私が動き出す時を待っていたあまね先輩に視線を向ける。
その視線は、すぐに真っすぐ商店街へ向けた。
「はい。ここで大規模な被害があったなんて……。信じられません」
誤魔化すことも取り繕うこともなく、ただ、ありのまま、素直に感想を吐露する。
同じく隣に立ち尽くすあまね先輩のため息は、呆れか感嘆、それとも。
「そうよね。そう思うわよね」
辛い過去は過去のこと。
ここに暮らす人々が、口を揃えてそう言ってもおかしくないほど普通の振る舞いに、もう一度、信じられない思いをそこに向ける。
「もっと、荒廃してると思いました」
それこそ、人の住めないような廃墟のような。
そんな、命の気配さえ感じないほどの惨状を思い浮かべていたから、ハッキリ言って、そう、ハッキリ言って、拍子抜けした。
言葉にせずとも伝わる想いなんてものはあるもので、あまね先輩は鼻を鳴らす。
「……二十年は経ってるもの」
吐き出す言葉に包まれた思いは、一体どんな色をしている。
ほんの少しだけ見上げたあまね先輩の横顔は、何も感じていなさそうな顔。
……だけど、どこか懐かしい場所を見るような。郷愁の念すら感じる色を浮かべて彼女は一歩、歩き出す。
「二十年って、長いわよ」
独り言ちる。
二十年は、復興して、人がまばらにでも戻ってきて、普通を取り繕うには充分な時間なんだと、独り言のように。
先輩の独り言には、生き証人のような重みがあった。
(その時代に生きていないはずなのに)
まるでその場で、凄惨な体験を目の当たりにしたような、そんなリアリティさえ感じられる。
先を行くあまね先輩の背中を追い、私は小さく駆け足で歩みを進める。
足早に急ぐような先輩は、ずっと独り言のように零している。
ここにいる私が見えていないように、まるで自分自身にでも言い聞かせるように。
「でも、二十年なんて、あっという間なの」
あっという間だから、思いを置き去りにしてしまった人だって少なくない。
置き去りにしたまま、未だに取り戻せていない人だっている。
そんなことを零すあまね先輩の背中に追いつくことに精一杯で、私は彼女の言う事を、深く理解できなかった。
「着いてきて」
商店街を抜けた先。
ローカル線の小さな駅を背に、先輩はようやく私を見た。
***
二両編成ローカル線。
平日の昼間なためか、乗客は私たち以外に誰もいない。
流れる景色は田園風景。
田園とは言うものの、何も植えられず、背の高い雑草ばかりが生い茂っている田畑ばかりが広がっている。
荒れた田畑の向こうには、崩れて廃墟になったままの戸建てがチラホラ。
枠組みが残っているものもあれば、完全に崩れ去り、瓦礫の山のままのものもある。
人の気配が存在した商店街から一時間。
生活の中心から離れた場所に、過去の傷跡がようやく見えてきた。
「人が、戻ってきてないんでしょうか」
あまね先輩の視線がちらり。
私の頬を撫でるように滑らせたそれを、窓の外へ向けた。
「……離れた人もいたかもね」
避難したまま、新しい土地で生きていくことを決めた人だって、きっといる。
あまね先輩が言った二十年は、そんな決断だってできるくらいには長い。
「あ、あの電車……」
線路から外れた場所に、ひとつ寂しく佇んでいるその一両の電車は、錆びついてでもいるのか、遠目に見ても古いと分かる佇まいでそこにある。
「……廃線になった車両ね」
「廃線……」
「取り戻せなかった日常だってあるってことよ」
あの廃墟と同じよ。
先輩は車窓の縁に頬杖をついて、流れる景色をぼんやり見ている。
崩れた戸建ては、既に視界から消えていた。
それにようやく気が付いたのは、最終駅の到着を知らせるアナウンスが車内に流れてからだった。
「降りるわよ」
「はい」
淡々と降り立ったプラットホーム。
人は私たち二人。それから。
「二階堂さん、で、よかったかしら?」
隣接している改札の向こうから声をかけてきた一人の女性。
「はい。お電話差し上げました、自衛軍士官学校二年、二階堂あまねです」
本日はよろしくお願い致します。
先輩は彼女に、深く頭を下げた。




