第七十九話 放課後、嵐の前で1
「……そろそろ第三期試験だねぇ」
「そうだな」
「二人はチームメイト見たぁ?」
放課後。帰宅前の兄妹雑談タイム。
窓から見える空は夕日を隠して暗くなってきている。
冬が近付いてきているからか、日が随分短くなったと実感する。
「あれ、チームメイトじゃなくてペアって言わない?」
海は既に空になった牛乳パックを、意味なくズゴゴと吸っている。
「名簿見ればわかるだろ」
呆れた調子の陸が、二杯目の紙パック飲料にストローを突き刺す。
飲んでいるのはプロテイン。コンビニで売っているような小さな紙パックプロテインを、陸は一気に飲み干した。
「私の前は海しかいないからぁ」
「俺はすっ飛ばしたってことかよ」
空になったプロテインパックをぐしゃっと握り潰す陸。
一瞬にしてぺったんこにしてしまった。それはもう見事な平ら。
「手ぇでかぁ」
私は思わず呟いた。
「海は見たよ。伊賀くんとだったよね」
「うん。そ。忍者くん」
一体どういう巡りあわせか、前回試験でチームメイトの一人だった伊賀くんが、今回は海と一緒のペアだった。
「陸はまた翠先輩とでしょー?」
「違うぞ」
「だよねぇ。……違うの?!」
「違うわ!!」
毎回毎回同じチームでいてたまるか!
陸は叫んだ。
たしかに毎回同じチームに同じ人がいる確率なんて、とんでもない確立であることは認めるけれど。
「あ」
その後もぶつぶつ文句言っている陸は気付いていない。
背後から近寄るその気配。
「ふぅっ」
「ひぃっ?!」
情けない叫び声を上げ、右耳を抑え、陸は背後に振り返る。
陸にとっては突然耳に息を吹きかけてきた変質者。
振り返ったそこには噂の翠先輩。
やぁ。と片手を上げて、優男の笑みで立っている。
全身に鳥肌が立ったように二の腕を擦り、距離を取った陸の背中がこっちに近づいてきた。
「ぼくの話が聞こえた気がしたから、来ちゃった」
(来ないでいい)
ハートマークでも付きそうな彼女構文を話す先輩に、内心でそう返したのは条件反射。
本当に翠先輩は陸の彼氏になってしまったのでは?
そう訝しんでしまう距離感で陸に接する先輩を見て、私は陸を見上げた。
「なんだよ、その目は?!」
「陸。おめでとう……?」
「何の話だよ!!」
鳥肌治まらぬ。そう言いたげな陸が、私の発言を心底理解できないと言いたげに反応した。
「ひどいなぁ。陸はぼくと一緒のチームじゃなくて寂しくないんだね」
「距離近ぇ!!」
すすっと距離を詰めてくる翠先輩の体を押し返す陸。
先輩のあの顔は、きっと反応を面白がっている。
「ご用件は何ですか」
呆れた様子で海が陸に助け舟。
一瞬動きが止まって空いた隙。陸は海の背後に回り込んで、隠れているつもりなのか、でかい体を小さく縮めて唸っている。
「犬だ」
「犬だね」
「うちの大型犬が唸ってすみません」
海に続けて翠先輩も陸を犬認定した。
私は思ってもいない謝罪を口にし、陸の頭をわしわし撫でた。
うん。剛毛。
「実はね、伝えることがあって」
陸の剛毛を楽しんでいると、翠先輩が発言。
その内容に動きを止め、私たちは先輩に注目した。
「まず、陸」
「はっ」
陸はあれだけ言っていたにもかかわらず、切り替えてキビキビ敬礼をして次の言葉を待っている。
どうやら、しっかり上下関係が叩きこまれているらしい。
「教官から伝言だよ。陸のペアになる予定だった子の退学届けを本日受領したから、ペアが変わるって」
「はっ。承知しました。……次のペアは」
「後ほどメッセージで正式に送ると仰っていたが……。女の子だよ。陸、いたずらに誘惑しないようにね」
「今までも誘惑なんてした覚えないですけど?!」
まだまだ若い、軍人の卵然とした態度を崩し、陸は文句を言った。
それにケラケラ笑う翠先輩の視線は、今度は私に狙いを定める。
「それで、次は妹ちゃんだけど」
「はい。何ですか?」
陸と比べると随分緩い返答をしてしまった自覚はある。
それを気にしていないのか。はたまた気にはなるけどスルーしただけなのか。
先輩は私の背後。窓の向こうに見える校舎を指さした。
「君のペアである二階堂さんが、待っているって言っていたよ」
「待っている……?」
それは、どこで。
「図書館」
先輩はそう言うと、用事は済んだとばかりに背中を向ける。
「ああ。そうそう」
教室から出て行く途中、伝えることをもう一つ思い出したようで、体をそのままに顔だけ振り返り、先輩は笑みを浮かべる。
「彼女、この時期の試験は本気だからね」
「あまね先輩が、ですか?」
「うん。そう。……舐めた態度を取っていたら、殴られるくらいは覚悟した方がいいよ」
不穏な忠告をその場に残し、にっこにこの笑顔のまま、彼はバイバイと手を振った。
「……ねぇ」
「何」
「あまね先輩と気まずいんだけど」
殴られずに済むかなぁ。
弱音を零すと、二人から呆れた視線を送られた。
「空、なにをやったの?」
海の質問に視線を逸らす。
言いにくいことをしたという事実。
それを悟られ、盛大な溜息を吐かれた。二人分。
「……第一期試験、先輩たちの作戦無視して単独行動した」
白状すると、一層大きなため息。
完全に呆れられている。
「そりゃお前が悪い。怒られろ」
「えーん」
縋る間も無く、陸に突き放された。正論で。
私は味方もいないまま、図書館までの道をとぼとぼ歩いた。
断頭台にでも登る気持ちで。




