第七十八話 始まりと成り立ち
文化祭が終わって早一ヶ月。
いつも通りの日常を過ごしていた最中、鬼沢教官から突然の呼び出し。
鬼沢教官に呼ばれちゃ、行かないわけにはいかない! なんて意気揚々と教官室へ赴いた結果、用事は雑用一択だった。
「ん」
「仕分けですか?」
「ん」
いつぞやの要領で書類を分類分けしていく。
一度経験しているからか、前回よりも作業スピードは上がっている気がする。
当然それに伴って、手を動かしながら雑談をする余裕も出てきた。
「……私、すごく気になっているんですが」
横目で確認すると、鬼沢教官は作業をしながらも耳を傾けているように見える。
「どうして試験はみんな『《《戦闘》》試験』なんですか?」
私は各クラスへ配布される予定のお知らせの内容を確認する。
そこには『第三期戦闘試験のお知らせ』と書かれている。
「第一期はまあ、分かりますが」
人対人の戦闘試験。
分かりやすく武器を使い、分かりやすく人を倒す。正に戦闘試験と銘打って可笑しくない内容だった。
「でも第二期は、戦闘ってよりは密偵の側面が強かったですし」
文化祭でもあったし。
まあ、戦いに情報が重要なのは分からないことはない。
けれど、第三期試験はどう考えても、戦闘試験に繋がる要素が見当たらない。
こじつければこれもまた『戦闘』ということになるのだろうけれど……。
「次の第三期は、お知らせによれば救助試験とのことで……」
必要なことであるのは分かっている。
けれど、やはり私は、どうしてもこれが『戦闘試験』という名前と結び付かない。
「……どうして戦闘試験なんて名前が一律でついてるのかなぁって」
「昔の名残だな」
疑問をぼんやり口に出せば、間髪入れずに鬼沢教官。
授業の時の空気感で、淡々と説明を口にする。
「昔は、すべてが戦闘試験であったと聞いている」
「昔……?」
気になる単語に首を傾げた私を、チラッと横目で見た教官は、すぐに視線を前に戻した。
「……この国が、戦争をしていた時代だ」
そんなに昔。
そう、零す私に、鬼沢教官は高々数十年前の話だと言う。
数十年は長い時間だと思います。私。
内心で独り言ちるものの、教官はその数十年を《《高々》》と言った。
私とは流れる時間が違うのか、まるで昨日のことのように、ほんの少しだけ目を細めていた。
終戦したのは、きっと教官が生まれるよりも前だと思うけれど、もしかすると幼い頃に色々聞いていたのかもしれない。
教官の細まった目は、昔を懐かしんでいるようにも見えたから。
「それが時代とともに変化してきた。戦争は、長い長い情報戦に。自衛軍の中では、いつまた情勢が変わるかも分からない国外に目を向けつつも、国内の治安維持が主な業務となってきた」
災害の時に出動して、炊き出しを行っている映像なら、歴史の授業の中で、小ネタとして見たことがある。
その時はぼーっと、家に帰れなくなる人たちかわいそう、とか、災害って怖いなぁ、とか、そんなことだけ考えてた。
そんな思い出をぼんやり思い返している私の耳にも、教官の声は低く、ハッキリ届いて聞こえる。
「そんな変化があってなお、戦闘試験と銘打つ理由は、我々が将来的に行う可能性があるのが、あくまでそれが主軸となっているから。ということは聞いたことがある」
普段よりも言葉の数が多い。
慣れない長時間の語りで口が渇いてしまったのか、二回、鬼沢教官は咳き込んだ。
「お茶どうぞ」
「ああ。すまない」
買ってから、開けてもいない新品のペットボトルに入ったお茶を手渡すと、教官はそれで口を潤す。
幾度目かの嚥下の後、鬼沢教官は一息つき、ペットボトルを机に置いた。
「難しく言ってしまったが、簡単にまとめて伝統と言い換えてもいいだろうな」
「伝統……」
私は単語を繰り返す。
まるでそれが重要な意味を持っているように、何度か。
「……まぁ、それにさほど重要な意味はない。この学校の中で行われる試験の呼び方が、そうなっているだけの話だ」
鬼沢教官は言葉を区切る。
仕分けの完了した書類の確認が終わったらしい。
「ご苦労」とだけ言い、私は廊下に送り出された。
「伝統、かぁ……」
あまり深く考えたことはなかったけれど、よく考えればこの学校は戦時中に始まった。
当初は、士官を養成する学校ではなく、当時では最も効率的に戦闘能力の高い戦士を育成するための学校だったとか。
それが段々、軍の中で出世するための育成機関となり、今の士官学校が出来上がったのだという。
(あんまり歴史に興味なかったから忘れていたけど)
よくよく考えれば分かること。
私の今いるこの場は、先人たちが創り上げたもの。
死に物狂いで創り上げ、戦場に出て、その多くが戻らなかった、昔々のお話。
当時の教官は、死ぬためだけに作り上げられる戦士たちを送り出すとき、どんな気持ちだったのだろう。
それを思えば、決してのほほんとしていられる場所ではない。
先人たちの過去に思いを馳せ、私は気を引き締める。
彼らに恥じない士官になろう。と。
(そのためにはまず卒業しなきゃだけど)
肩を落とす。
正直、第一期戦闘試験の成績が、思った以上に足を引っ張っている。
後悔はないという言葉に嘘はないけれど、やっぱり重いな、と思わざるをえない。
(そうだ。お知らせを確認しないと。そろそろ第三期試験のチーム分けも出ているはずだし)
瑪瑙先輩にも叱られたし。
私は過去の失敗を繰り返さないように、学校からのお知らせを開く。
予想通り、その中の一通にチーム分けの名簿が出ていた。
どうやら今回はペア戦のようで、第一チームから順々に、二人ずつ名前が書かれている。
名前を追って名簿をスクロールする。
辿っていくにつれて、私の眉間に皺が寄ってきていることを、嫌でも感じ取る。
「……まさかぁ」
名簿の中に私の名前を発見。
その丁度一つ上。私のペアの名前が書かれていた。
『二階堂あまね』。
第一期から、ずっと気まずいままの先輩と、同じチームになっていた。




