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空は、まだ咲いていた  作者: 宇波
第一章 自衛軍士官学校 〘3〙文化の祭りに第二期試験
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閑話 月無夜の、夢の跡

 後夜祭直前、突然の登場で会場の注目を一気に攫っていった第二班の装置が撤収した。

行きと同じく、空を飛んで帰っていった。

それがどこに向かったのか、会場内にいた人々は、第二班を除いて誰も知る者はいない。


 外の賑やかさは徐々に薄れ、後夜祭も終わりに近付こうとしている、夜更け近く。

一般客は既に数えるほどしか残っておらず、生徒たちも、後夜祭実行委員と夜遅くまで騒ぐ体力がある者しかその場にいない。

多くの生徒はその場を離脱し、さっさと寮の自室へと戻っていることだろう。


 そんな会場の様子を見下ろす者が一人。

校舎内の渡り廊下。電気も付かず、暗闇のそこで、彼女は窓から見下ろしていた。


「いやぁ……。去年も思ったけど、賑やかだねん」


 窓枠に頬杖をつき、ニマニマした笑みを浮かべるその顔は、実際のところ何を考えているのか分からない異質さを内包している。


 音成瑪瑙。

二年次生、総合順位は三位を誇る上位者。


 彼女は後夜祭を眼下に固定したまま、声だけを廊下に響かせる。

暗闇の中、気配を消し忍ぶことが可能な環境下。

傍目に見れば何もいないと思われるその空間に、彼女の声が、ぽっかり響く。


「ね。そう思うでしょ?」


 カツン、カツン。

廊下の奥から靴の音。


 普段の日常と違って静かな廊下は、僅かな物音でもよく響く。

伽藍洞の廊下から、彼女の目の前に立つその人物。

後夜祭の残り光に当てられて、その姿を映し出す。


「――織姫ちゃん」


 不思議なあだ名付癖のある瑪瑙から呼ばれたその名前に、彼女はほんの少しだけ眉を顰める。


「もう慣れたものだけどさ。ほんと、あんたのそのあだ名、どこから思いついてくるの」


 未だにそう呼ばれる由来がわからないんだけど?

織姫と呼ばれたその人物は、出店の名残だろう。顔に塗りたくられた血糊を、鬱陶しそうに手で拭っている。


 二階堂あまね。総合順位は現在第十四位。


 後夜祭後に変動する可能性はあるが、恐らく二十位より下には落ちないと確信される、ある意味で安定した順位である。


「織姫ちゃんのとこ、何やってたん? スプラッタショー?」

「ばか。そんなの企画通るわけないでしょ」

「んはは。確かにぃ」


 心底の呆れ顔で思い切り眉を動かすあまね。

対する瑪瑙は、ニヤニヤ、ヘラヘラ笑いながらも、その表情を崩すことはない。


「んじゃ、も一個の候補でお化け屋敷?」

「正解。……というか、血糊じゃなくてこの格好でだいたい予想つくでしょうに」


 この格好。と示したあまねの服装は、普段は中々目に付かない、死者の装束。白装束。


「……分かって言ってたでしょ?」

「どーだろね」

「出た。いつものからかい癖」


 あまねは大きなため息と共に、自身がからかわれていることを察した様子。


 そんなあまねの様子を見ながら、表情は変わらず、「で?」と瑪瑙が一音吐き出す。


人気ひとけのない廊下。遅い時間。他の人達は寮か後夜祭。誰にも邪魔されない環境」


 ひとつひとつ、自身の置かれた状況を指折り数える瑪瑙は、折っていた指をピタリと止める。


「こんな時間に呼び出して、何?」


 もしかして、告白?

うんと大袈裟に驚くジェスチャーを行う瑪瑙は、己の言葉を本気にはしていない模様。


 まるで道化師のようなふざけ方をする瑪瑙を目の前に、苦虫を十匹も、二十匹も一度に噛み砕いたような顰めっ面をして、あまねは「言ってる場合?」と聞き返す。


「瑪瑙。あんた、あの子とペアの扱いになってから、成績ヤバいんじゃないの?」


 ヘラヘラ、ニヤニヤ。

表情の変わらない瑪瑙は、あの子? と首を傾げ、思い切りとぼける。


「……ふざけてる?」

「いんや、真剣」


 今まで変わらなかった表情が、スッと無表情に変化する。

鋭利な刃物のような表情に、あまねは冷や汗を垂らし身動ぎする。


「夏ちゃんのこと言ってるのは知ってるよ。だけどウチは、真剣に、どうしてもあの子を味方につけたいと思ってる」

「なに、ハニトラにでもかかった?」


 口角が上がり、目を細め、しかしその目の奥はちっとも笑っていない表情を作った瑪瑙は、馬鹿にした口調を吐き出す。


「ハニトラの方が、まだ分かりやすい」


 あまねは首を傾げる。

瑪瑙の言った意味が、まるで理解できないと言いたげに。


「あの子にハニトラを覚えさせたら、もしかすると自然体で、国の一つや二つは滅ぼしちゃうだろうね」


 ああ、恐ろし。

ふざけたような口調で吐き出される言葉には、妙な真実味が含まれていた。


 多少の威圧とともに上げていた口角を、ふと緩める。

はじめ、廊下から後夜祭を眺めていたような、ニヤニヤ、ヘラヘラ、何を考えているのか分からない笑みで、瑪瑙はあまねと相対する。


「それに、順位は維持できてるしねん。問題なしよん」

「……確かに維持はできてるけど、一年の時のストックを使ってるだけに過ぎないでしょ」


 あまねは瑪瑙の変わり身の速さに喉を鳴らす。

しかし、これは言わねばならないと足を踏ん張り、噛みつく勢いで喰らいつく。


「一年の時のあんたは、化け物だった」


 今でも化け物みたいな側面はあるけど。

そう口籠りながら、あまねは吐き捨てる。


「今のあんた、人間みたい」


 何を考えているのか分からない笑みのまま、相対する瑪瑙から、あまねはそっと視線を逸らす。


「たぶん、そろそろストックはなくなる頃じゃないの」

「……そーね」


 困ったような声音の肯定。

そんな声音で話すにも関わらず、『あの子』を手放す気はなさそうな様子の瑪瑙に、あまねは進言する。


「……次の試験は、瑪瑙は自分の事だけを考えて取り組んでよ」


 あまねは自身の左胸の辺りに拳を置き、瑪瑙の目を覗き込む。


「今回はあの負債、アタシが引き受けてあげる」


 瑪瑙のその目に映る彼女の顔は、一体どんな表情をしているのか。

あまねはまるで、瞳の中の己に宣言するよう、胸に当てた拳を握りしめた。


「どれだけ足を引っ張られようとも、アタシは天嶺空を制御してみせる」

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