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空は、まだ咲いていた  作者: 宇波
第一章 自衛軍士官学校 〘3〙文化の祭りに第二期試験
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第七十七話 月夜を浮かべ、海は舞う 3

「海?!」


 私たちの声が重なる。

あんぐり口を開けて、それが閉じることはなくて、でも視線はずっと海を追う。


 アレが海だと分かって尚、目を離せないのは、人々の視線を吸い込む月光のせいか。

それとも海自身の発する不思議な魅力のせいか。


 静寂はやがてざわめきに。

アレは誰だと追求する声に。


 俄に騒がしくなり始めた装置の下の世界など、我関せずと言いたげに、海はその場で踊り続ける。

まるで人に関心のない、人の理から外れた存在。

それこそ、本物の精霊と呼称してもいいほどの無関心さで、人の視線を集めながら、海はただ、踊る。


「……あれ、あの海が乗ってるやつ。相当計算されてんな」


 陸の呟きにハッと目を凝らす。

ただの舞台装置としてしか見ていなかったその装置は、よく見ると足元から薄っすら光を放っている。

それがどういう構造になっているのか、頭上から降り注ぐ、明るい月光のように見えていた。


 降り注ぐ月光を一身に浴びていたと思われていた海の姿は、実は人工的な光に照らされていたことに、陸の言葉でようやく気付く。


 よく考えればわかること。

月光がこの場に集まるはずはない。

今日は新月だ。

空から降り注ぐ光なんて、在るはずがなかったんだ。


 海自身の存在感もさることながら、人工的に作られた演出と悟らせることもなく動き続ける装置の存在。

それらが渾然一体となって、この場に、胸が打ち震えるほどの感動を届けている。


 装置を作ったのはリオちゃん先輩かな、とか。

海って、あそこまでメイクが似合うなら、女装なんかも似合いそうだな、とか。


 そんな雑念が浮かんでいることさえ意識できないまま、海に目を奪われている。


 この場の空気が書き換えられる。

そんな気配さえした。


「やられちったねぃ」


 陸の反対、隣側。

瑪瑙先輩が苦笑気味に笑っている。

その手には、減っていない焼きそばが二つ。

両手が焼きそばで塞がっている。


「やられた? どういうことですか?」


 先輩から発された言葉は、私にとって不思議な響きの言葉に聞こえた。

言葉の意味は分かるけど、どうしてその言葉が出てきたのか理解できない……そんな、不思議な感覚。


「この試験の成績決定基準は覚えているかい?」

「出し物の、一般客も含めた投票数……」

「そ。夏ちゃん、知ってるかい? 人間って、記憶が新しい方が、印象が強くなるんよ」

「そういう傾向は、確かにありますね。……あ」


 瑪瑙先輩の説明でなんとなく察した私。


「気付いた?」


 先輩はイタズラっ子の顔をして笑みを浮かべる。

そうして、その視線はゆっくりリオちゃん先輩の元へ向かう。


「まさかまさかよぅ。投票直前のタイミングを狙ってくるとは思わんかったわ」


 彼女は眩しそうなものを見る目で目を細め、清々しい声音で負け惜しみを呟いた。


「やってくれたねぃ、リオちゃんよぅ」


 機械装置のふもと、リオちゃん先輩のバッチリ決められたウインクと視線が合った。


「妙にウインクが似合っている」


 リオちゃん先輩、不思議な色気。

うむ、と頷いた私。独り言を聞いて、呆れた様子の陸。


「いいのか?」

「何が?」

「あれ。たぶん残った票、全部持ってかれるぞ」


 辺りを見渡す。

人々の視線は、様々な温度や色を持って、揺らめき踊り続ける海の方へ注がれている。


「……いいんじゃない?」


 私は海を見上げる。

これだけの視線を集める海と、視線を集める演出を作る才能がある人たちのことを羨ましく思うし、多少は悔しく思うけど。


「だって、海、楽しそう」


 それ以上に、私は()のことが誇らしかった。


 目を細め見上げる先。

装置の上に立つ海は、下からの視線に気が付いたようだ。

海は私たちを見下ろし、得意気に、勝ち誇ったような顔をした。


「生意気だな」

「そーだ、そーだ! 生意気だぞ、海ー!」


 私たちは下から野次を飛ばす。

悪意に塗れたものじゃなく、いつものじゃれ合いの延長に当たるそれ。


 私たちは久方振りのじゃれ合いの中、自然と笑みを浮かべていた。



***


「……はい、というわけで! 文化祭もとい第二期戦闘……はしてない気がするけど! 試験! お疲れ様ー!」


 カンパーイ!

高らかに掲げる私のグラスに続いて、同じように上がるグラスが二つ。


 士官学校からほど近い場所にあるファミレス。その一画。

私は、兄二人を連れて、お疲れ様会に来ていた。


「……普通こういうのって、自分のチームメイトたちとやるものじゃないの?」


 半ば呆れた様子でグラスを下ろす海。

私はしょんぼり項垂れる。


「チームメイトでの打ち上げはしないことになりましたぁ……」


 実際、今回のチームリーダーを務めた瑪瑙先輩は、次の試験までの準備期間に入って忙しそうだったし、同じく二年の黒澤先輩はといえば。


『チームに属する上では協力するが、プライベートには干渉してこないでほしい』


 そう言って突き放されてしまった。


 ならば一年のみで集まるか。

そう考えもしたけれど、チームメイトの誰もがそれだとしっくり来ないと、皆が同じ意見を持っていた。


「結局、リーダーもサブリーダーも、全員いてこそチームなんだなぁ」

「Byそらを」

「どっちだ、そらをって言った方」


 確かにそんな名前の詩人っぽい言い回しであったことは認めるけれど。


「それより海! 聞いたよ、得票率、かなり高かったって!」


 海たちのチームはぶっちぎりではないものの、上位の方のいずれかに得票率が食い込んだと、風の噂で聞いた。


「ありがと。ま、先輩たちの作戦勝ちだったよね」


 満更でもなさそうに、海はドリンクバーのオレンジジュースを啜っている。


(なんだ。飄々としているように見えても、やっぱり勝つと嬉しいんじゃん)


 ニマニマ眺めていると、「……なに」って訝しまれたから、「なんでもなーい」って、誤魔化した。


「ところでさ、結局あれ、メイクとか、海がやったの?」


 今でも思い出せる海の舞台。

白い髪は、すぐに落とせる染料で染めたかウィッグかだったらしく、今はいつもの半分この色をしている。

 海は半分この色した髪を揺らし、ゆっくり首を振る。


「ううん、違う」

「え、じゃあ、誰が」


 困惑する私に、少しだけ躊躇って、海は口を開く。


「……苅尾先輩」

「リオちゃん先輩が?!」


 驚いた。

リオちゃん先輩は、メイクの腕まで一流だったのか。


 びっくりしたままの私を他所に、海はその当時のことを思い出しているらしく、目が遠いところへ向けられている。


「一度自分でメイクをしてって言われたからやったんだけど、まるで化け物って評価されたよ」

「化け物並みの腕前って意味じゃなく?」

「物理的に化け物の見た目になったって意味で」

「逆に気になるんだけど……」


 写真ある?

問いかければ、イエスの返事。


「写真見せて?」


 お願いっておねだりポーズをしたけれど、海は鼻で笑って一蹴した。


「見せるか、ばーか」

「なぬっ?! 陸ー! 海がバカって言ったぁ!」

「ちょっとぉ、海ー。空泣いちゃったじゃんー」

「なんで声の高さを女子に寄せた……?」


 他愛ない会話がポンポン飛び交う数時間。

グラスはやがて、外側に流れる露だけ残し、空になった。




【第二期戦闘試験 成績表】

【一年次】

生徒No.171

天嶺空 18歳 女

【成績】

所属班:第三班

出店ジャンル:コンセプトカフェ

得票率:―――

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