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空は、まだ咲いていた  作者: 宇波
第一章 自衛軍士官学校 〘3〙文化の祭りに第二期試験
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第七十六話 月夜を浮かべ、海は舞う 2

「これが後夜祭」

「の、準備段階な」


 大学の学園祭も、まして後夜祭なんて来たことがなかったから、物珍しく辺りを見渡す。

きょろきょろしすぎって怒られた。ごめんて。


「……まだ一般の人もいるみたい」

「どこだ?」

「ほら、あそこ。多分高校の制服」

「本当だ」


 陸と二人、首を伸ばすようにして高校生のグループを見る。

よく見れば、子供連れの親子であったり、仲睦まじい老夫婦であったり、士官学校生に交ざってそこかしこに一般のお客さんが残っていた。


「この学校の後夜祭はぁ、一般客も参加できるからねん」


 背後から聞き慣れた女性の声。

二人揃って振り向くと、予想通りに瑪瑙先輩。


 ……両手に焼きそば、口にいか焼き。

器用にいか焼きを口の動きだけで食べ進めている先輩は、腹話術のように声を発して会話をしようとしていた。


「……食べてから喋りましょ?」

「夏ちゃんお母さん」


 もごもご、もももって、瑪瑙先輩、器用な動きでいか焼きを完食した。


「けふっ」

「口の周りタレついてますよ」


 ハンカチで口の周りを拭いて綺麗にする。


「夏ちゃんお母さん」

「瑪瑙先輩のお母さんじゃないですぅ」


 子供みたいな先輩に呆れ節。話の続きを促した。

先輩は両手に焼きそばを持ったまま、こほんとひとつ、咳払い。


「言葉のとおりだよん。後夜祭には一般客も参加できる」

「珍しいですね」


 陸が口を挟む。

先輩は頷き、なんでも。と言葉を続ける。


「一般投票締め切りがぁ、後夜祭開始の直前までなのねん。だったら、残っている一般の人たちにも観てってもらおってなったのが始まりらしーよ」

「結構な人数残ってますね」


 もしかすると士官学校生より多いんじゃなかろうか。

そう思えるほどの密度で、制服ではない人たちを見かける。

 すると瑪瑙先輩。可笑しそうに笑う。


「ああ、それねぇ……」


 何かを言いかける瑪瑙先輩の言葉を遮り、大きな音量のアナウンスが鳴った。


「士官学校生マッチングイベント! まもなく締め切りです!」

「……マッチング、イベント?」

「そうそう、これこれこれ」


 先輩曰く、学校生活を普通に送っている多数の士官学校生は、正直言って出会いがない。

学校内で出会いを探そうにも、そもそも男女比から言って偏りがあると評判の学校生活。

対して、将来有望と目されている生徒たちとの出会いを望む、一般独身女性(たまに男性)たち。


 この人たち、引き合わせたらいいんじゃない?


 誰かの思いつきで始まったこのイベント。

(もしかしたら)彼女彼氏ができるかもしれないと期待を高める士官学校生と、(もしかしたら)将来出世するかもしれない恋人をゲットできるチャンスと息巻く(主に)一般女性たちに好評の、伝統行事となったらしい。


「生徒もまだ受け付けてるってぇ。夏ちゃん、ライオンくん、興味あったら行ってきたら?」


 ニヤニヤからかいを込めた笑みを浮かべる瑪瑙先輩に、片手を上げる陸、拒否のポーズ。


「や、興味ないんで」

「私も。兄二人より顔と性格が良くないと付き合う気になれないんで」

「夏ちゃんハードル高ぁ」


 陸と同じポーズで拒否したら、何が面白かったのかケタケタ笑う瑪瑙先輩。

この様子では、言ってみただけで、彼女も別に興味はなさそうである。


 ……ただ。


(やたら見られてるなぁ)


 行き交う女性たちの目線が私たち、具体的には陸の方を見ては受付の方へ行って、肩を落として出てくる人たちがやけに多い。


「先輩、先輩」

「なんだぃ、夏ちゃん」

「アレはどういう動きですか」


 瑪瑙先輩も、陸を見て、受付行って、肩落とす女性たちを見て、大変可笑しそうに笑い出す。


「あれねぇ! ライオンくん、狙われちゃってるなぁ!」

「狙われっ?!」

「そうよん。好みの男を見つけてさ、登録していれば、あわよくばができるじゃん?」


 陸を横目で見上げる。

視線に気付いた陸は、ジトッとした目で見下ろしてきた。


「……陸」

「なんだよ」

「罪作りな男……」

「いきなり白目になるな。怖いわ」


 某、フランス革命を題材にした有名な漫画のヒロイン顔を晒してみせれば、ただ突然奇行を始めた怖い人になっただけだったらしい。会心のできだったのに。


「ところでさぁ、二人とも」

「なんですか? 瑪瑙先輩」


 じゃれ合っている最中、瑪瑙先輩が少し心配そうな声音で問いかけてくる。

私と陸は一瞬の内に普段通りの顔に戻り、先輩の話を聞く体勢になった。


「……相変わらず息ぴったりなのな」

「三つ子なので」


 陸がちょっぴり誇らしげ。

僅かに張った胸。瑪瑙先輩は眩しそうに目を細め、「そーか、そーか」と穏やかな相槌を打つ。


「仲良きことは美しき。だけど、その話は今度しよーなー」

「はぁい。それで、どうしたんですか?」


 話の軌道を戻してすぐ。

瑪瑙先輩は再びの心配そうな声色。


「リオちゃん見てないかい?」


 私と陸は顔を見合わせる。

そして首を振る。タイミングはやっぱり揃っていた。


「海も見てないんです」

「そーなん……。出しもの出してるの、見てなかったからさぁ、今回あのチーム欠席になるんかな……」


 本当に心配そうな顔。

先輩曰く、何かしらの問題が発生して出し物ができないチームが出てくることもあるらしい。

 もしかして、と不安が鎌首をもたげてくる。


「り、陸……」


 不安のまま、陸の袖をつまんで引っ張る。

陸は首を振って、大丈夫、絶対大丈夫と、根拠のない言葉を繰り返す。


 きっと陸も不安な気持ちを堪えて強がって見せているだけ。

そう伝わってくる挙動に、ますます落ち着かなくなってきた、その時。


「ン、レディース、アンドォ! ジェントォルメェン!」


 ビリビリ鼓膜を痺れさせる爆音。

思わず耳を塞いで、音の発生源を見る。


 何アレ。


 振り向いた先、思わず目が点になる。


 音の発生源は、今日一日全くと言っていいほど見なかった、リオちゃん先輩。

 金庫破り作戦のために染めてくれた白い髪は、高いシルクハットの隙間から覗いている。


 パーティーマジシャンか、そうでなければコメディ舞台のナレーター。

そんな出で立ちで、リオちゃん先輩はマイクを片手に、聞き取れる程度の爆音を持って、広場の注目を一手に集めている。


 それだけでも十分目立つ格好なのに、そちらの方へ注意が向かないのは、空から突然降り立ってきた不可思議な装置の方に目が向いてしまうから。


 金属の質感を持つ鈍色の立方体。

降り立った地面でゆっくりと回転しながら佇んでいる。


 その巨大な装置から、音楽が鳴り始める。

静かで、それでいて荘厳で。

耳に残る幻想的な音楽がなるその装置は、まるで巨大なオルゴールのよう。


 装置から音楽が鳴り始めたことを確認したリオちゃん先輩は、私たちに語りかけるように、声高らかと鳴り響かせる。


「お集まりの皆様! これより後夜祭と相成ります」


 リオちゃん先輩のナレーションに合わせ、装置が動き始める。

立方体だと思っていたその金属の塊は、たくさんの金属板が組み合わさって形作られていて、その動きでぐにゃりと曲線を描き始める。


「楽しい一日の締め括り! 笑って踊って、始めようではありませんか!」


 曲線は、天へ向かって緩やかに伸びていく。

その姿は蕾のよう。

月光を浴びて開花する直前の蕾の姿が、ゆっくり、ゆっくり先から開いていく。


「――月光より産まれ落ちた、精霊と共に」


 月下の華が、花開く。


 金属でできていると思えないほど自然な姿で咲く巨大な花は、中心に一人、人影を産み落とす。


 その人影は、流れる音楽とともに、ゆらりゆらり体を揺らす。

不規則に、しかしリズムに不思議と合っているその動き。

やがてそれは、幻想的な踊りとして動き出す。


 月光に輝く白銀の髪を揺らし、遠目に見てもわかるほど美しい姿を衆目に焼き付ける。

 女性とも男性ともつかない中性的な美貌に、集う人々は目を奪われている。


 誰もが言葉を失うその中で、私と陸はただ二人。

互いの袖を引っ張りあって、目の前の事実を確認し合う。


「ね、ねぇ、陸、あれ」

「あ、あぁ。だよな? だよな?!」


 あの華の人は誰なのか。

まさか本当に、月が齎した精霊か?


 そんな言葉が飛び交う中、振り向きざまに合った目。

私の半分。陸の半分。

同じ色彩を持つ、色違いの二つ目が、月の光に照らされた。


「海?!」

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