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空は、まだ咲いていた  作者: 宇波
第一章 自衛軍士官学校 〘3〙文化の祭りに第二期試験
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第七十五話 月夜を浮かべ、海は舞う 1

「結局、海、どっこにもいなかったんだけど?!」

「なー。あいつどこにいるんだろうな」


 向かい合って文句を言い合う私と陸。

向かいあってはいるものの、甘い雰囲気もシリアスな雰囲気もない。


 あるのは熱気だけ。

真剣勝負の最中の、熱い空気だけ。


「ヘイ、陸! 手加減してるぅ?」

「本気出したらとっくに潰れてるだろ!」

「陸が手加減覚えてる……だと?!」

「手加減してるかって聞いてきたのはそっちだろうが」


 呆れた様子の陸から、ほんの少しだけ力が抜けた。チャンス。


「うおおおおおぉぉぉ」

「倒れるかっての」


 苦笑気味にヨイショと元の位置に押し戻される。

悔しいっ。


 アームレスリング。

互いの腕を組み合わせ、押し出す力により相手の腕を盤上へと叩きつけたら勝利する、卓上の格闘技。

類似競技は、腕相撲。

 混同されがちだが、厳密にはアームレスリングと腕相撲は違う競技なんだって。

開始前に陸に教えてもらった。へぇー。


 後夜祭開始直前。

最後の客として、私は陸の出し物に来ていた。


 冷やかしのつもりだったけど、やってく? って受付の人に挑発されて、のこのこやって来た。


 陸の担当、アームレスリングの他に、瞬発力を競う指相撲とか、本格的なものだとボクシングのミット打ちやサンドバック殴りなどがあった。


 女の子でも力の差を気にせずにできる競技で、叩いて被ってジャンケンポンがあったけど、担当は翠先輩だったから、謹んで辞退した。


「おや。やっていかないのかい?」


 いつもの含み笑い。

相変わらずの何考えているか分からない優男の笑みにサブイボが立った。


「空。すげぇ顔」


 陸に指摘された表情は、ずいぶんな顰めっ面だったと言う。


 私が全身全霊で爆笑をする翠先輩との対決を拒否したため、消去法的に陸との対戦と相成った。


 尚、難易度的には一番高いところを選んでしまったらしい。

受付のお兄ちゃんが言ってた。同級生の。


「ふんぬぬぬぬぬ……っ!」

「すげぇ顔」


 陸に笑われたけど、気にすることができない。

だって、必死。公園にある鉄棒を曲げようと頑張っているみたい。

つまり、どれだけ頑張っても常人じゃあ、報われない無駄なことをしている。


 ……でも、私には他の人と決定的に違うことが一つある。


 私の名前は天嶺空。生まれてそろそろ十九年。

目の前の天嶺陸の妹で、ずぅっと一緒に育ってきた、三つ子の兄妹!


 何を言えば注意を引けるか、もうとっくに分かってる!!


「あっ! 海、いた!」

「どこだ?!」

「隙ありぃぃぃっ!」


 誰もいない廊下の方に視線を向けて、ずっと見つからなかったもう一人の兄の名前を呼ぶ。

 釣られた単純な方の兄。

その隙に腕を引き倒そうと――。


「ふんぎゃっ!」

「いないじゃんか」


 ――単純な方の兄、力だけはピカイチ。

完全に隙を見せていたはずなのに、あっという間に引き倒され、机に私の手が着いていた。


「……参りました」


 隙は作れても、フィジカルの壁は分厚く高かった……。


 勝者の名前が高らかに叫ばれる。

これで、陸の勝率が確定した。

百パーセント。陸は今日の出し物で、一度も負けなかったという。

さすが陸。


「うをぉぉぉ、手がまだ痺れてるぅぅ」


 右手首を左手首で支えながら身悶えていると、突然手のひらに冷たい温度。


「ひんやりいったい」


 痺れた手のひらにクリティカルヒット。

正座で痺れた足をツンツンつつかれているような痛みが手のひらに走り、口から漏れる唸り声。


「りぃくぅ……?」

「手ぇ痛いなら冷やしたほうがいいだろ」

「陸の善意と悪意的な結果のギャップで困惑してる」


 冷たいペットボトルを握り、更に襲い来る痺れに呻き声を上げた。


「陸」

「先輩」


 いつの間にか翠先輩が、私たちを見下ろす位置に立っている。

相変わらず気配を悟らせない身のこなし。

 陸は身体能力が化け物並みだと思うけど、翠先輩も別ベクトルに化物染みている。


「先に後夜祭の準備をしに行ってくるけど……。陸はどうする?」

「コイツの痺れが取れてから向かいます」

「そう。時間までには来るんだよ」


 振り向きざまに軽く手を振る翠先輩は、廊下を出た瞬間に待ち構えていた取り巻きに囲まれていた。


「……将来、翠先輩はあの人数の世話しなきゃいけないんだよな」

「あれ、陸も聞いたんだ」

「翠先輩といる時間が長かったからな。自然と」


 陸は目を細めて、大勢の気配がなくなった空の廊下を見つめている。


「……陸も来年には、あのくらい人集りができる?」


 問いかける。

すると陸。


「そんなのいらねぇよ」

「え?」


 思わず聞き返すと、陸は困ったような顔で笑う。


「俺にあの人数を、将来に渡って世話できると思うか?」


 私はぼんやり想像する。

たくさんの後輩や同級生たちに囲まれて、その一人一人をケアしたり、物や道理を教える陸を。


「……物教えるときに、擬音とかたくさん使ってそう」


 つまり教えるの下手そう。


 言外にそんなことを言えば、陸は思い切り苦笑した。


「な? 俺は人の世話するのに向いてないんだよ」

「確かに」


 納得した姿を見せると、額を指で小突かれた。意外に痛い。


「痺れ取れたか?」


 言われて気付く。

もうとっくに、痺れが取れていることに。


「取れたー」


 呑気に答えると、陸は立ち上がる。

その足は、廊下の方へ向かっている。


「早く行くぞ」


 後夜祭。

促す陸に頷いて、私はその後ろに続いた。


「後夜祭、何するんだろね」

「さあ?」


 他愛ない話をしながら歩く。

流石に後夜祭には、海だって来ているだろうと思いながら。

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