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空は、まだ咲いていた  作者: 宇波
第一章 自衛軍士官学校 〘3〙文化の祭りに第二期試験
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第七十二話 薬ならざる 1

「ただいま戻りました……。なにこれ」


 なにこれ。

私は目を細め、この光景を訝しむ。


「……あ、夏ちゃん」


 やっと来た。そう言いたげな瑪瑙先輩も、どこか遠慮がちで元気がない。


「いったいこれ、なにが……」


 私は困惑する。


 今、教室にはお客さんはいない。

……一人、見知らぬ人がいるけれど、彼女がお客さんであるのか、私には判別がつかない。


 その女性はタイトなツーピースのスーツを身に纏い、脚を組み、女社長のような出で立ちでふんぞり返っている。


 ワインレッドのくすんだ紅色。

吊り目がちの目を縁取る、細い黒縁のメガネ。


 まるで世の人々が想像する教育ママを具体化したような風貌の女性。


 理知的な雰囲気を携えているのに、ふんぞり返ったその姿勢で高慢な印象を与えているその女性の足元には、どういうわけか。


「……」


 小さく身を縮こまらせている星羅ちゃんがいる。

格好は正座。絨毯が敷かれているとは言え、教室の、固い床の上に、正座。


(星羅ちゃん、お客さんに何かしちゃったんですか?)


 コソコソ瑪瑙先輩への問いかけ。

彼女は首を小さく振って否定する。


 にしては、この仕打ちは常軌を逸している。

身体的に危害を加えていると認められるこの状況。

明らかにカスタマーハラスメントとかいうやつだ。


 すわ、教官に報告か。

次の行動に移ろうとしたとき、ワインレッドが歪みを描く。


「星羅」

「はいっ」


 ピシッと伸びる姿勢。

星羅ちゃんの顔からは血の気が引いている。


「これは、どういうことなの?」


 女性。もとい高慢な教育ママ。

彼女は星羅ちゃんのスカートを強く握り、引っ張り問う。

綺麗に整えられた長いネイルが食い込んで、今にもメイド服を破りそうな雰囲気さえ漂う。


 一触即発。

その言葉がぴったりなこの状況。

息をするのも忘れて、星羅ちゃんの前へ躍り出ようと一歩。


「これは、文化祭の出し物の、制服でっ!」


 しかし、その歩みは止まる。

星羅ちゃんの声で固まった。


 星羅ちゃんは、真っ青通り越して最早真っ白。

だのに懸命に、教育ママへ訴えようと言葉を吐き出している。一生懸命。恐怖を押し殺して。


 ――それなのに。

星羅ちゃんの覚悟を、教育ママはため息ひとつで封殺する。


「……星羅。そんな格好で他の方に迷惑をかけるとは思わなかったの?」


 思わず首を傾げそうになる。

迷惑って、なんだろう。

特に掛けられた覚えはないのに。


「星羅。アナタはそんな服を着ても、褒められるくらい可愛くはないのだから、せめて裏方で働きなさい。他の人の視界を汚さないでちょうだい」


(――は?)


 私の頭に湧いた一音。

気分は国民的クソアニメ、デフォルメキャラのあの二人。

 頭の中では、同じ画風の陸と海が、『ステイ』『ステイ!』『まだだ』『まだだ!』って私を抑えて騒いでいる。

GOサインはまだですか。


 沸き立つ脳内をほんの少しだけ冷やしたのは、か細く呟く星羅ちゃんの声。


「……ごめんなさい、お母さん」

「何に対してのごめんなさい? ちゃんと言いなさい。愚図なんだから」


 はくはくと、音が出ない口の動き。

空気ばっかり漏れ出るその口からは、今にも嗚咽が漏れそうで……。


「――ようこそいらっしゃいました、お客様」


 ――私は、星羅ちゃんの斜め前。

教育ママの視線を奪うことに成功した。


「……あら。真っ白な子ね。アルビノ?」

「はい。どうもそのようで。ご注文はお決まりでしょうか?」


 私が動き出した瞬間、世界は忘れていた時を刻み出す。

真っ先に瑪瑙先輩が裏方へ。

固まっていた裏から音が再び鳴り響く。


「ようこそお越しくださいました」


 桔梗院くんが冷や汗を一筋かきながら、やって来たお客さんの相手をする。

教育ママは、動き出した世界を視線で追いかける。


「……星羅。いつまで座っているの。みっともない。わたしに恥をかかせないでちょうだい」

「……はい」


 小さな返事。

理不尽な仕打ちに言い返すこともせず、星羅ちゃんはよたよた裏方へ。

 相当長い時間、正座をさせられていたらしい。

足が痺れている時の動きだ。

私はそっと、星羅ちゃんと教育ママの間に滑り込んで、彼女の視線を遮った。


「……あなた、あの子とどういう関係?」


 メニューから視線を上げずに、教育ママが問いかける。


「クラスメイトですね。……福岡さんには日頃、よくお世話になっております」

「そう」


 私の背後に瑪瑙先輩。

他のテーブルの世話をしに行くように見せかけ、私の手にお冷の入ったコップを握らせる。

 それをメニューから放して置く私になんの反応も示さずに、教育ママは「コレと、コレ」。

メニューの名前を指さした。


「ホットコーヒーとハチミツパンケーキですね。コーヒーのミルクとお砂糖はお付けいたしましょうか」

「結構よ」

「かしこまりました」


 一礼、後、裏方へ向かい、注文を通した私の足を、教育ママの声が振り向かせる。


「あなたも災難だったわね」

「……災難、ですか?」


 顔は再び教育ママ。

彼女は相手を思い遣る……表情なんてしていない。

持ちうる品でさえ隠しきれない、下卑た顔。

アレを言葉にするのなら、そうだ。優越感。

教育ママは優越感を浮かべ、だって。とワインレッドに弧を描く。


「星羅のお世話係なんて。不出来な娘だから大変でしょう?」

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