第七十一話 祭りの賑わい 4
「ママーっ!」
「えみり!! どこ行ってたの!!」
迷子センターに着くやいなや。
顔から血の気が感じられないほど、真っ青に色が抜けた女性が、教官たちを突き飛ばす勢いで押し退け、真っすぐにこちらへ走ってきた。
えみりちゃんを陸がそっと床に降ろすと、彼女もとてとて走って女性のもとへ。
「心配したんだから!」
口調は厳しく怒っているのに、えみりちゃんを離すまいと力強く抱きしめている女性。
それは子を強く心配する母親の姿。
(……いいなぁ)
遠い昔の記憶に残る姿が、えみりちゃんに重なって見えた。
「えみりを連れてきていただき、ありがとうございます」
「いえ。無事にお母様が見つかって何よりです」
深々と何度も頭を下げるえみりちゃんのお母さん。
陸は謙遜するように、体の前で手を振った。
(陸が上品?!)
私は、陸の口から飛び出してきた言葉がお上品だったことに衝撃を受け、目を見開いて無言で見上げるしか無かった。
(な、ん、だ、よ)
口パクで陸は無音を形作り、ジト目で私を見下ろした。
薄めの瞼が陸の眼球を半月型に覆っている。
(な、ん、で、も、な、い、よ、?)
私もパクパク口を開閉。
音のないコミュニケーションは、再会の喜びに震えるこの親子には見られなかったようだ。ひと安心。
「本当に、本当にありがとうございました」
この場を辞する直前になっても尚頭を下げ続けているお母さん。
えみりちゃんはじっとこちらを見上げている。かと思えば。
「えみり?」
お母さんと繋いでいた手を離し、とてとて私たちの元へ歩いてきたえみりちゃん。
「えみりちゃん、どうしたの?」
床に片膝をついて、私たちよりもうんと小さな少女と目を合わせる。
幼い子特有の、丸々と輝く無垢な目が、きょとんと私を見上げている。
「おねーちゃん」
見上げるえみりちゃんの目が、教室の電灯の灯りを映し揺らめいた。
「なぁに?」
笑みを浮かべて小首を傾げる。
するとえみりちゃん。きょとんとした顔から、にっこり満面の笑みを浮かべて、その小さなお手々をうんと伸ばして頬の横。
「ありがとー」
お礼をひとつ。
それだけ伝え、えみりちゃんはお母さんの元へ戻っていった。
「……俺、なんも言われてないんだけど」
拗ねたようにじっと見下ろす陸の顔。
私以外には聞こえない程度の声量。私は肩を竦め、とぼけて流す。
「えみり、お兄さんにもありがとうは?」
お母さんに促されたえみりちゃんは、「おにーちゃん……?」なんて不思議そうな顔。
「ぶふっ。忘れ去られてるじゃん……!」
思わず噴き出し背中をバシバシ叩く。
陸は「痛ぇ」と不満そう。
「……あっ! おっきーおにーちゃん!」
「……もしかして、大きいお兄ちゃんってところまでひとつの単語で認識されてた? 俺」
「兄弟の概念を今日覚えたみたいだからね。さもありなん」
お母さんが抱っこする腕の中。
手をふりふり、可愛く紡ぐ「ありがとー」。
陸は「ま、いいか」って呟いた。
手を振り返し、えみりちゃんたちが退室するその背中を見送る。
えみりちゃんは、私たちまで聞こえる声で、お母さんにさっきまでの出来事を報告していた。
おねーちゃんが音痴だったんだよ。とか。
おっきーおにーちゃんの肩車は、パパより高かったよ。とか。
「ママ、えみりね、えみりね」
「うんうん、どうしたの」
「えみりも、おねーちゃんとおなじね、おようふく、きたいんだ」
「あらあら。それならうんと頑張らないとねぇ」
……そんな会話だって、聞こえてきた。
「……だってよ」
陸がニヤニヤ、からかうような響きを持って伝えてくる。
「……将来有望な後輩候補ができちゃったね」
私の背筋が、自然と伸びた。
隣でも背筋が伸びる気配。二メートル超えがさらに大きくなった気配を感じた。
「じゃ、俺、そろそろ戻るな」
「了解。休憩終わった?」
「とっくに。翠先輩の反応がこえぇ」
わざとらしく体を震わせ、おお、こわ。と繰り返し言う陸は、言うほど怖がってなさそう。
「時間あったら寄るね」
「その時はボコボコにしてやる」
「お手柔らかに」
迷子センター前で手を振り別れる。
(そろそろ私も戻ったほうがいいかも)
時計を見ると三時前。おやつの時間がもうすぐ。
この時間になると、また混み始めるって言っていたから。
「……あれ?」
教室へ足を向けた、その時、廊下の向こう側。
私と同じ、クラシカルメイド姿をその身に貼り付け、長く艶のある黒髪を揺らして小走りで駆けてくる人物ひとり。
「桔梗院くん?」
桔梗院くんが、どこか焦りを滲ませて、きょろきょろ何かを探していた。
「桔梗院くん」
駆け寄り、声をかける。
「空さん」
ホッと肩を下ろした彼の、見てわかるほどの安堵感。
「もしかして、もうお客さんたくさん来始めちゃった?」
少しのんびりしすぎたのかもしれない。
申し訳ないと思い、眉を下げて謝罪する。
すると彼は、そうではないと否定した。
「……その、もしかしたら、人手が必要なことになるやもしれません」
「え。何それ。言葉だけで大ピンチだって分かる案件」
本当に何があった?
問いかければ、非常に、非常に言いづらそうな表情を浮かべた桔梗院くん。
やがて彼は、重い口をゆったりと動かした。
「……少々、癖の強い方がご来店です」




