第七十話 祭りの賑わい 3
「へー! えみりちゃんは、今日、お母さんとお兄ちゃんと来てるんだね!」
「うん! おにーちゃんが見にきたの!」
「お兄ちゃんが?」
「がっこうけんがく? だって!」
「なるほど後輩候補」
えみりちゃんがいるところは、私の目線のずっと上。
見上げなければいけない理由は陸の肩車。
陸。ずいぶんな巨人になってしまって。
陸の成長に感慨深く思っている私。視線に何かを感じ取ったのか、目を細めて見下ろしてくる陸。
「なに?」
「なんだよ」
「別にー?」
ニヤニヤ笑っていたら、照れ隠しにか鼻をつままれた。陸コノヤロウ。
陸と兄弟のじゃれ合いをしていると、肩に乗ったえみりちゃんがクスクス笑う。
「おねーちゃんたち仲いいねー」
「でしょー?」
「こいびと?」
「んっふ!」
子供の無邪気な質問に、どんな感情を抱けばいい。
一瞬の混乱の末、私は噴き出す動作を取った。
子供って想像力豊か。
まさか、私たちがそう見られてるとは思ってもいなかった。
「違ぇよ」
そんなえみりちゃんの勘違いに、意外にも陸が否定する。
「俺たち、兄弟なんだよ」
「キョーダイ?」
「そ」
えみりちゃんは、『兄弟』という単語にピンと来ていない様子。
「今、えみりちゃんを肩車しているこの人は、私のおにーちゃんなんだよ」
でも、さっきおにーちゃんって言葉を出していたから、概念としては知っているはず。
そう当たりをつけ、私は言ってみた。
するとえみりちゃん。ここにきてようやく兄弟という言葉の意味を理解できたのか、パァッと顔が輝き出す。
「おねーちゃんは、おっきーおにーちゃんのキョーダイ!」
「そうだよー」
「えみり、おにーちゃんのキョーダイ!!」
きっとえみりちゃんは、えみりちゃんのお兄さんと兄弟であると言っているのだと思う。
新しく覚えた言葉を繰り返す姿に、知らず頬が綻んだ。
(まあ、兄弟はもう一人いるんだけど)
脳裏に髪を伸ばし放題にしている、もう一人の兄の姿が浮かんだ。
「海、ほんと何してるんだろうね」
そのもう一人を話題に出せば、長兄はおどけたように肩を竦めた。
「さあ」
まるで白けたなんて言いたげな顔。
だけど、分かってる。
陸のこの顔、拗ねている。
「出店に遊びに来てくれないの、さびしーねぇ」
からかいの意を込め腕を軽めに突っつき回せば、頭を鷲掴みにされた。いだだだだ。
「陸は何やってんの?」
解放された頭を擦り、痛みが引くのを待ちながら、陸の出店を聞く。
陸は体育館の方面を親指で指し、サラリとそれを口にする。
「力試しコーナー」
「力……?」
「難易度が決められていて、挑戦者がクリアすると景品もらえるって、ミニゲームみたいなやつ」
訝しんで問うその答えは、意外と好評なんだぜ。なんて、挑発をするように上がった陸の口角。
楽しそうなその顔に、自然と私の口角も上がる。
「一般の人たちが、現役学生にどれだけ力が通じるかって、力試しに来てる人多い」
「本職来てそう。私服で」
「来てるかもな」
「陸、何やってる?」
気軽に聞いてみると、陸は右腕に力こぶを作った。
「俺は腕相撲担当」
「大丈夫? 相手の腕折ってない?」
「折ってねぇわ!」
えみりちゃんを揺らさないようにそっと叫ぶなんて器用なことをした陸。ギャンって叫んで大型犬のよう。
「後で遊び行こうかな」
「お? 俺に勝てんの?」
「無理無理無理。折れる」
「折らねぇってば!」
変に会話が途切れて不安をえみりちゃんに与えないよう、私は陸をからかい続ける。
しかし、その気遣いはどこ吹く風。えみりちゃんはつまらなそうに一言。
「あきた」
「飽きちゃった?!」
ぷぅぷぅ頬を膨らませ、陸の肩に伸びる足が、パタパタ前後に揺れ動く。
ひまひまー。なんて鼻歌みたいに訴え、その両手で陸の髪を掴んで、引っ張って、離してる。
「陸が禿げちゃう」
「禿げるか!」
ツッコんだ陸。私はそっと背中を叩く。慰めるように、優しめに。
「大丈夫。陸は禿げてもカッコいいよ」
「何目線?」
禿げてないけど。
頭を抑えて強がりを零す陸に、生暖かい視線をひとつ。
「大丈夫――。スキンヘッドになっても、陸はカッコいい」
「髪の話から離れないか?」
からかう話題が髪の話ばっかりになってしまった頃、あいも変わらずつまらなそうに不貞腐れているえみりちゃんは。
「な、な、なー」
突然、その唇を動かし、リズムを刻むメロディを奏で始めた。
あ、この歌、知ってる。
確か、日曜朝七時放送の、女の子が戦うアニメのオープニング。
小鳥遊くんが口ずさんでいたのをこっそり聞いてしまったときから、妙に頭から離れないメロディ。
それが頭上のえみりちゃんによって紡がれている。
「むー、むー、むー」
えみりちゃんに釣られて同じメロディを口ずさむ。
目線の上、えみりちゃんが無邪気に笑う声が聞こえた。
「おねーちゃん、おんち!」
「おんちっ?!」
「そのおうたは、こーだよ!」
自分よりもずっと年上の人に何かを教えられることが嬉しいと心底思っているような満面の笑みで、可愛らしい声で紡がれる歌。
えみりちゃんの退屈は歌によって誤魔化される。
その歌は、教官たちが取り仕切っている迷子センターに着くまで続いていた。




