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最初の奇跡

魔王城が現れてから、世界は「静かな混乱」に包まれていた。


だが、その混乱に終止符を打つように、魔王ヴァルザグレスはついに動いた。


対象は――災害救助。


その年、日本列島を襲った台風第7号は、九州北部に記録的な豪雨をもたらし、各地で土砂災害が多発。多数の家屋が崩れ、道路は寸断され、自衛隊と消防が懸命の救助活動を続けていた。


そこに、黒き風が舞い降りた。


報道ヘリが映した映像には、空を飛ぶ長身の男が映っていた。背にはマント、手には何も持たず、ただ両腕を広げる。直後、瓦礫の山が音もなく浮かび上がり、崩れかけた民家から人々が一人、また一人と無傷で救出された。


その姿は、もはや“奇跡”と呼ぶしかなかった。


現場にいた救助隊員は、ヘルメットを脱ぎ、しばし呆然と立ち尽くした。


「魔王……様、なんですか?」


「そう名乗っている。だが、今はそれより人命が優先だ」



彼の声は落ち着いていた。魔法で瓦礫を分解し、水を蒸発させ、負傷者を一瞬で安静状態にする。そのすべてが“異常”だった。しかし――人々は恐れなかった。


それは、彼の目に“怒り”も“支配欲”もなかったからだ。


翌日、テレビとネットは魔王一色となった。


「魔王、瓦礫の中から50名を救出!」

「医療現場に魔法導入!? 厚労省が協議開始」

「“魔王城式行政”とは何か?」


世論は大きく動いた。支持率で言えば、内閣よりもヴァルザグレスの方が高い――そんな冗談すら現実味を帯びるほどだった。


若者たちはSNSで「#魔王総理」を連呼し、ボランティア団体の中には魔王の協力を得ようと“魔導支援申請書”なる書類まで作成した。


だが、それは同時に、反発をも呼び起こした。


「ふざけるな! 国家の根幹を揺るがす行為だ!」


永田町では、ベテラン議員たちが机を叩いて怒鳴っていた。自衛隊が現場で魔王と協調したことを巡り、一部の与党議員が国会で追及を始めたのだ。


「未承認の外国存在が、無許可で救助活動? 主権の侵害に等しい!」


「だが、結果として人命が救われている。これは現実だ」

官僚たちは揺れていた。法の外にある存在が、法に縛られる人間たちより早く、正しく、誠実に行動した。その事実は、誰の目にも明らかだった。


そして――国外の反応もまた、二極化していった。


アメリカは緊急会見を開き、「魔王の力が善意で使われているうちは静観する」と表明。だが同時に、情報機関が魔王の“生物構造”と“魔力構成”の調査を裏で進めているとリークされている。


一方で、某宗教国家の過激派が“聖戦”を宣言。魔王城に向けて無人攻撃艇を放ち、途中で海自によって拿捕された。


「これはただの“災害支援”ではない」


佐倉美月は、首相官邸の記者会見で静かに語った。


「彼は、善悪という価値観を超えています。だからこそ、我々が“恐れ”ではなく“責任”を持って向き合うべきなんです。彼は、日本を、世界を変えようとしている」

魔王城の一室。ヴァルザグレスは、救助の記録を見ながら黙していた。


「……一度手を差し伸べれば、人は“次”を求める。それが正義と知っていても、時にそれは負担となる」


「それでもやるのね?」


美月が問うと、魔王はわずかに笑った。


「我は魔王。全てを滅ぼすことも、全てを守ることも選べる。ならば――選ぶさ。生の側に立つと決めたのだ」


その声に、もう“恐怖”はなかった。


ただ――この世界に“本物”が現れたという、重い確信だけがあった。


世界は、魔王に問われている。


「お前たちは、変わる覚悟があるのか」と。


――つづく


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