アンタッチャブル
魔王城が日本海に現れてから十日後、世界は変わり始めていた。
テレビ、ネット、SNS、新聞――どこを見ても“魔王”の話題で持ちきりだった。ジャーナリストたちは連日、魔王城を望む海岸に詰めかけ、ドローン規制の隙を縫って上空からの映像を世界へ配信し続けている。
黒曜石の塔。常に旋回する魔力の風。人工物とも自然物ともつかない威容。
だが、何より世間を騒がせたのは、政府が「異世界由来の知的存在との接触を確認した」と公式に発表した会見だった。
「現在、日本政府は“ヴァルザグレス”と名乗る個体と接触を試みています」
「危険性の判断には慎重を期しており、国際社会とも連携のうえ、対応方針を定めていく予定です」
総理の言葉は丁寧だったが、その表情には緊張がにじんでいた。
国内はすぐに二つの世論に割れた。
【慎重接触派】
・未知との遭遇は歴史的な機会。
・彼の知識と力を利用すれば、社会問題を解決できる。
・今は“戦い”ではなく“対話”の時代。
【排除・封鎖派】
・正体不明の魔王を国内に入れるべきではない。
・魔法という概念自体が科学や法の外にある。危険すぎる。
・もしも彼の“平和”が独裁的なものなら?
ネットでは「#魔王に政治をやらせろ」と「#魔王排除法案を急げ」が同時にトレンド入りした。
テレビでは、識者たちが口角泡を飛ばす。
「彼の力を使えば行政改革が一夜で進む? そんなのファンタジーだ!」
「ファンタジーでも、実現してるから議論してるんでしょう!」
一部の若者や貧困層の間では、むしろヴァルザグレスの“改革案”を支持する声が増え始めていた。
「だって、魔王の言ってることの方がよっぽど論理的じゃん」
「政治家より信用できるってどういうことだよ……」
国外の反応は、さらに複雑だった。
アメリカはすぐに偵察衛星を飛ばし、空母打撃群を日本近海に展開した。「未確認巨大構造物と知的存在に対する対応は“国家の正当防衛の範疇に含まれる”」と声明を発表。軍事的な威圧の意図は明らかだった。
中国は沈黙を保ちつつも、外交ルートで「魔王の存在が日本にとって利益となるなら国際的バランスが崩れる」と懸念を表明。
EU諸国は、比較的冷静な対応を見せた。特にドイツやスウェーデンは、国連を通じて“魔王との共存と国際的な管理体制”を提案。
一方で、中東の一部宗教国家では“魔王は異端の化身”と見なされ、宗教指導者が「神の敵に加担するな」と公言。極端な団体が“魔王城破壊”を掲げる声明を出し、テロの兆候まで現れ始めていた。
魔王城内。ヴァルザグレスは静かに報告端末の情報を眺めていた。
「恐れているな……理解できぬものを排除しようとする心。それは、この世界でも同じか」
佐倉美月は苦笑いを浮かべる。
「まぁ、魔王ってだけで拒否反応起こすのも無理ないわね。悪役のイメージが強すぎるし」
「我が望むのは征服ではない。だが……力がある限り、我は“恐れ”の対象であり続ける」
「でも、“希望”の象徴でもあるわ。私みたいに、あなたに可能性を感じてる人間もいる」
「それを広げよう。言葉で、行動で。そして、必要とあらば――示すべきか、我が力の真価を」
そのとき、魔王の背後で微かに空間が震えた。世界を越えてきた魔力が、再び脈動を始めていた。
世界はまだ揺れている。
だがその震源はもはや“魔王城”ではない。
それは、人々の心そのものだった。
――つづく




