伝承の継承者たち
人類の歴史が記録を刻むよりも前――
この世界には、数多の“歪み”が存在していた。
それは現実の皮膜に浮かぶ小さな傷。
空間と時間、そして理と法の裂け目。
人知れず、幾人かの人間たちが、その“歪み”に触れ、異なる次元――“神話の残滓”に手を伸ばした。
彼らは力を得た。
それは“神”とも“魔”とも称されるような異様な力。
人間が持つべきではない、だが確かに宿された力。
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「我々は“伝承の継承者”。英雄たちの意志を継ぎし者」
廃ビルの地下に再び、彼らが集っていた。
今や彼らは、自らを《記録外の者たち(レコード・アウト)》と名乗っていた。
その中心に立つのは、長い白髪を揺らす女、斉宮カグヤ。
彼女の血筋は、天照大神に連なるとされ、神話の中の“鏡”を通じて力を得た。
「神の火を宿した者。死者の言葉を聞く者。水の律動を自在に操る者。獣の王に選ばれし者……」
カグヤの視線の先には、それぞれ異なる“時代の遺産”を纏った者たちが座していた。
かつて“伝説”と呼ばれた英雄たち。
その力は、いずれも神話や歴史の裏に隠されていた“次元の歪み”との接触によって目覚めたものだった。
しかし、長き眠りから目覚めた今、彼らは悩んでいた。
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「魔王ヴァルザグレスの存在が、世界の構造を変えた。
ならば……我々は、このまま沈黙していて良いのか?」
発言したのは、鋼の腕を持つ男――“ヤマト・テツオ”。
その肉体は、古代の呪具“鬼の手”と融合し、超人的な力を振るう。
「奴は人類を救い続けている。だが、それは“自由”を侵す行為にもなりうる」
「彼が生み出す秩序は確かに理想だ。でも、それは“人間の苦悩”の否定にもなる」
カグヤが静かに答える。
「ゆえに、我らの中で意見が分かれるのは当然……」
そう――彼ら《レコード・アウト》の中にも、二つの思想が生まれていた。
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【共生派】
魔王と共に歩むべきだとする者たち。
彼の力を理解し、人類に訪れた変革の時代に適応すべきだと考える。
彼らは魔王を“異次元の隣人”として迎え入れ、協調を望む。
代表はカグヤ。
彼女は語る。
「力を持つ者には、それを正しく制御する責任がある。
魔王はそれを、我ら以上に果たしている。ならば手を取り、共に世界を支えよう」
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【抵抗派】
魔王の存在が人類の可能性を奪うと考える者たち。
善意の支配もまた“暴力”であるとし、魔王の絶対性に警鐘を鳴らす。
中心にいるのは、“影を喰らう者”クロウ。
彼は元々、紀元前のシャーマンの末裔で、闇に宿る知性を解放した異能の持ち主。
「やつは世界を壊さず、再構築している。だが、それは支配と何が違う?」
「……俺たちは“痛み”を通じて成長してきた。全てを救う力など、毒に等しい」
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どちらの派閥も、異能力者としての宿命と責任を背負っていた。
だが、魔王との“距離感”の違いが、彼らの分裂を決定づけた。
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そして、最大の謎が一つだけ残っていた。
――なぜ、あの魔王は《レコード・アウト》の存在に気づいていないのか?
その理由は、カグヤが静かに語った。
「ヴァルザグレスの魔力は“理の書き換え”に等しい。
しかし……我らが得た力は“理の外”にあるもの」
つまり、《レコード・アウト》たちはこの世界の“物理法則”から逸脱した存在。
魔王が操る魔術は、この世界の“法則上”の魔に根差しているため、彼らを正確に感知することができない。
さらに異世界由来の魔王は、この“神話の次元”――過去の異次元から繋がる力にはまだ干渉できない。
そのため、《レコード・アウト》の存在は、未だ霧の中にある。
「つまり……我らが“観測不能の存在”であるうちは、魔王は完全ではない」
だが、それは同時に脆さを意味していた。
もし、魔王が彼らの存在に気づき、敵と見なしたとき――
共生の道も、抵抗の道も断たれるかもしれない。
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その夜、カグヤは一人、夜の空を見上げていた。
黒き城塞が、遠くに輝いている。
それは月よりも静かに、しかし確かにこの地を見守っているようだった。
「ヴァルザグレスよ。
あなたが救おうとする人類の中に……あなたの“想定外”がいるとしたら、どうする?」
月明かりの中で、カグヤの手のひらに小さな“勾玉”が浮かび上がる。
それは古代より受け継がれる神霊の象徴――彼女の力の源。
そして、その一方で。
クロウもまた、都市の廃墟で不穏な動きを見せていた。
異能力者たちを一つに束ね、密かに《影の記録》という新組織を立ち上げようとしていた。
「世界を“最善”に閉じ込めるなど、狂気の沙汰だ。俺たちで、その封印を砕く」
彼は既に、魔王の“行き過ぎた干渉”に対する“反抗手段”を研究していた。
その中心にあるのは、“もう一つの次元の裂け目”――
それは魔王の到来とは別の場所に、かつて開かれた“神話の終末点”。
「ヴァルザグレス。貴様の支配が永遠であるならば……俺は永遠に抗い続ける」
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異世界の魔王によって平穏を得た人類。
だが、その裏で――
神話と伝説を背負った“異能力者”たちが静かに胎動していた。
彼らは、もう一つの“未来”を模索し始めている。
共に歩む道か。
それとも、真っ向から対立する運命か。
そして、まだ魔王は知らない。
自らが築いたこの世界に、“見えざる異分子”が生まれていることを。
――つづく。




