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夜明けを見つめる者たち

世界が変わったのは、あの日からだった。


日本海沖に突如出現した“黒き城塞”――

その上空に浮かぶ巨大な影が世界中の衛星に映し出された瞬間、人類は悟った。


「これは、神の介入か。あるいは……」


“魔”の到来であると。


**


その日を境に、世界の秩序は音を立てて崩れた。

だが、それは破滅ではなかった。


犯罪が消えた。

争いが止まった。

事故や病気が癒され、社会の歪みすら矯正されていった。


人々は魔王ヴァルザグレスの力を知り、最初こそ恐れたが、やがてその存在に“安寧”を見るようになった。


魔王の名は、やがて“救済”と同義になった。


**


一人の老人がいた。

その名を佐原義信という。元刑事。定年後は地方で静かに暮らしていた。


「信じられんよ。あれほど手を尽くしても解決できなかった事件が……一夜にして、全て解決とはな」


テレビでは、失踪事件の被害者が家族と再会する映像が流れていた。

長年未解決だった殺人の犯人が次々に自首し、その動機を涙ながらに語っていた。


「“本当の自分を、あの人が見ていた気がした”……だとさ。魔王が、だと」


義信は煙草を咥えながら、ふと遠くを見つめた。


「もう、俺たちの“正義”は必要なくなったってことか」


だがその表情は、悔しさではなかった。

むしろ、ようやく心底から誰かに託せたという、安堵の色だった。


**


一方、別の場所。

アメリカの情報機関に属するアナリスト、ジェニファー・クレインは、画面に映る数値に凍り付いていた。

「失業率、急激に低下。暴動、ゼロ。軍事支出は減少。エネルギー需給のバランスも……回復?」


それは“人間の手”では到底成し得ない速度だった。


「これは……恐怖を越えて、依存の兆候よ」


彼女は囁くように言った。


「人類は、支配されているとすら感じないまま、彼の掌にいるのよ」


そして画面を切り替えると、そこには無人偵察機が撮影した魔王城が映っていた。

時折、空に“文字のような何か”が浮かび上がっている。彼女はそれが“魔術”と呼ばれる未知の構文であると確信していた。


「これが、未来を創る存在だとすれば……私たちに“自由意志”は、もうない」


彼女は手にしたペンを折りながら、震える声で呟いた。


「彼が目指すのが“善”であっても、私にはそれが恐ろしい」


**


日本。とある小学校の教室。

教壇に立つ女性教師・南野みなみのは、子供たちに問う。


「みんなは、“魔王さん”のこと、どう思う?」


ある子は元気に手を挙げた。


「すごい人だと思う!お父さんの病気も治ったし、いじめっ子もいなくなった!」


別の子は少し首をかしげる。


「なんで“魔王”っていうの?いいことしてるのに“王”じゃないの?」


南野は微笑んだ。


「きっと、自分の過去を背負ってるからだと思うわ。“魔”という名前でも、それを越えて“善”を為す人……とっても、かっこいいと思わない?」


教室には笑顔があふれた。


だが、その窓の外。

一人の少年がじっと空を見上げていた。瞳に、紫の光が宿っている。


「……でも、先生。あの人が全部正しかったら……俺たち、考えなくていいのかな?」


彼は気づいていたのだ。

世界が善くなるほど、“選択”が奪われていくことに。


**


世界の至る所で、人々の“感情”は二極化していた。


ある者は、魔王に救いを見出し、心から感謝していた。

またある者は、その完全さに不安を抱き、“管理された自由”に疑問を感じていた。


テレビでは、魔王の言葉が配信された。


《我が力は、人を支配するためのものに非ず。

ただ、可能性を押し広げる“場”を与えるだけ――》


人々の反応は、静かに分かれていく。


**


そして。


とある廃墟となったビルの地下。

そこには、わずかに“異質な者たち”が集っていた。


彼らの身体は、人間のはずなのに――

空間に“歪み”を走らせるような、不安定な力を放っていた。


「……魔王の出現によって、我々の力も活性化し始めた。やはり、“異世界由来”か」

男の声に、少女が頷く。


「魔王がこの世界に安定をもたらすなら、私たちは……不安定の象徴ね。排除されるべき“異物”になる」


別の若者が笑う。


「でも面白いじゃないか。

世界が一色になるなら、俺たちは“もうひとつの色”になるだけさ」


彼らは“異能力者”。

過去に異界の力に接触し、常識では説明できない力を得た者たち。


魔王が到来してから、彼らの力は加速しつつあった。


「彼が“全てを救う”と言うのなら……俺たちは“救えない何か”を守る存在になろう」


地下室の天井には、奇妙な紋章が描かれていた。

魔王城の構文に似て非なるもの。それは魔術でも、科学でも、宗教でもない、“第三の知”だった。


その中心で、少年が目を開ける。


「……来るぞ。“対話”の時が」


彼の瞳に浮かぶのは、ヴァルザグレスの玉座。

彼の瞳に浮かぶのは、ヴァルザグレスの玉座。

だがそこには――不思議な既視感があった。


まるで、己の過去と未来を同時に見ているかのように。


**


“すべてを救う者”と、“すべてに抗う者”

この世界は今、静かに“両極”へと傾きつつある。


まだそれを知る者は少ない。


だが確かに、“新たな物語”は始まっていた。


――つづく。

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