40 助ける方法の話
藍鉄の姿をした妖狐は、蒼月へ向けて微笑みながら話をする。
『なんだまだ何か話すのか?』
「人は殺せない! でも、何か、他に譲歩できることはないのか?」
『そうよの………我を崇め奉っていた社の結界を解けば、考えてやらぬこともないな』
にやりと笑ったその妖狐の様子に、蒼月はどうしようもなく唇をかむ。
「その社って言うのは、どういうとこなんだよっ」
しかしそれしか方法がない。
まだ聞いていないことが沢山あるのだから。
一度蘇芳が桃をねだって、藍鉄がひとっ走り野生の桃をもぎに家を出て行ったことがあった。
「月さん、てっちゃんとお友達になってくれて、本当にありがとね」
「どうしたのさ、いきなり」
その時が、蘇芳と蒼月の初の会話だったが、共通の会話内容があった為、至って普通に話すことができていた。
「てっちゃんってね、頑張っちゃうの」
「うん? どゆこと? 頑張るのは普通だろ」
何かできないなら頑張る。
夢があるなら努力して当然。
許せているわけではないけれど、未だに妖狐という存在を倒すために剣の腕を磨いている蒼月は、勉強には精が出ていないが剣には精を出しているつもりだ。
「あのね、てっちゃんはね、限界を知らないの」
「限界を知らない?」
「そう。頑張って頑張って、倒れて初めて頑張ってるってことが分かっちゃう人なの」
悲しそうにつぶやく声。
「誰にも何も言わずに、私にだって言わずに、危険の中に突っ込んで行く人なの………あのね。てっちゃん、陰陽庁からよく呼ばれて、怖い任務について帰ってくるの。何度か血まみれで帰ってきたこともあった」
襖の向こうだから正確な表情は分からないが、きっとその眼は伏せられて、膝では拳が握りしめられているのだろうと容易に想像ができる。
「血だらけで帰ってきたてっちゃん、なんて言うと思う?」
「え? 鉄の言葉? うーん………ただいま、とか」
「うん。そう」
「へ?」
「それだけなの。絶対に弱いところを言わないの。頑張った結果だからって、話さないの」
大丈夫さ、生きてるんだから。
何度も言われてそれが当然になるのが怖くて、今話したのだと言われて、蒼月は首を傾げる。
なぜ自分に言うのかと。
「だって、てっちゃん楽しそうだもん! 私以外とおしゃべりしたこととか多分あんまりないと思うよー」
だから、てっちゃんが無理をしてるって思ったら、殴ってでもいいからそれが無理をしてることだって教えてあげて? 私は外に出られないから。
その時は何も言うことができず、確かな返答ができなかった蒼月。
―――君は、僕に騙されていたんだ
微笑んだ藍鉄の姿が脳裏に浮かぶ。
頑張って頑張って、何に頑張ってるか分からなくなってるそんな愛すべき友人。
その友人の頭に、もっと俺を信頼しろと拳を叩き付けるには、この妖狐を引きはがさなきゃいけない。
『この身体のと同じで、お前の魂もずいぶんと真っ直ぐよの』
では教えてやろうと言い、妖狐は笑う。
すっと伸ばした藍鉄の手が蒼月の額に触れた瞬間、蒼月の頭の中に映像が流れ込んでくる。
「あ………あ………」
『口で説明するよか簡単で、正しいであろう?』
魂に刻まれた記憶の転写。
そんなこと、普通の者では無理だろう。
しかし曲がりなりにも神だったモノだ。その程度、息をするようにできることの一つでしかない。
「あ、れ? でも、ここって」
『ふむ、小童は知っておるのか?』
「知って、る。知ってるかもしれない! あの山の社!!」
蒼月の顔は笑みで溢れる。
「絶対に藍鉄を返してもらうからな!」
『やれるものならやるとよい。我はこの小娘を運ばねばならぬ故』
「蘇芳にも手、出すなよ!」
『分かっておる。そうだな………この身体の家にでも居るかな』
蒼月はそれを聞いて頷くと、一気に駆けだした。
妖狐は、その姿が消えるまで見送って、足元で眠る蘇芳を腕に抱く。
『人とは脆いな』
誰に言ったわけでもないが、ただ呟かれた独り言をその場に残して妖狐の姿も掻き消えた。
「確かにね」
崩壊する家の真上で、紫煙が揺れていた。




